警戒心
ギルドを出る頃にはすっかり陽が落ち、肌寒い風が吹いていた。
転移者なのではないか、という者もいたけど、「転移者なら、バレずに魔力定着をするのは不可能だ」ということで皆納得し、律はそこにいた冒険者達から「ただとんでもなく強い庶民」として認識された。
転移者だと思われないように髪を隠していたけど、このまま律が庶民だという噂が広がっていけば、黒髪で街を歩いても、都市伝説の転移者がいるなどと騒がれて貴族に伝わる心配もなくなるだろう。
それにしても、問題はあのレミとかいう女の子だ。
あの子は黒髪じゃない私のことも転移者だと確信していた。
しかも報告とか言ってたよね‥‥‥これ、もう手遅れなんじゃー。
「咲久ちゃん?」
「あ、ああ、はい!」
「咲久ちゃん昨日の飲み屋でいいわよね?打ち上げ」
「あ、うん!いーね!」
ボーとしてた。
そうだ、この後打ち上げに行こうっていう話になってたんだった。
「おっしゃ〜!!仕事ってのは打ち上げのために頑張るもんだよな!」
「あっははっ、多分それ、ゴルドだけだよ」
テンション高めのゴルドとサック、その後ろにアンリーヌとヨナが、そしてわたしと律も続く。
6人だと横並びで歩くのも邪魔だし、偶数なら自然と2人組になるのはもう必然の法則だけど、今最高に機嫌の悪い律と並ぶのは正直嫌すぎる。
「‥‥‥今日も濃ゆい一日だったね」
「ーああ」
「で、でも大成功だよね!」
「ーああ」
レミと会ってから、ずっとこの調子だ。
律はいつも、機嫌が悪い時前面に態度に出す。
それは、周りがどんなに祝福モードの時でも、盛り上がっている時でも。
空気を読むってことを知らないのだ。
わざとなのか、特に何も考えてないのか。
本当は律にレミさんのことも相談したいのに、律がそんなだから何やらかすか分からなくて、相談しようにもできない。
律はわたしのことを危なっかしいとかいうけど、わたしからしたら律の方がよっぽど危なっかしい。
ー‥‥‥あーもう、めんどくさい。
「もういい」
わたしがそう言って、アンリーヌとヨナの方へ行こうとすると、律が無言で腕を掴んできた。
例によって、振り解くことなんて不可能な力で。
「‥‥‥なに」
「なに、じゃないよ。どこ行くの」
「だって、こんな聞いてるのか聞いてないのかわかんない反応してくる人と話してもつまんないから。何に怒ってるんだよ、感じ悪い」
「何度言っても警戒心を持つことを覚えない咲久に対しても怒ってるし、あのレミって女にも‥‥‥あー、名前言ったらまたムカついてきた」
いやわたし警戒心持ってるし。
結構今回はむき出しにしてたし。
でも、どんなに警戒心むき出しにして構えてても、逃げる間もなくどいつもこいつも気づいたら至近距離にいるんだよ!
レミに限らず、突然抱きついてきたアンリーヌ然り、会うなり全身舐め回すように見てきたエレサ然り、そして何より誰より、律‥‥‥。
「‥‥‥1番警戒してるの律なんだけど」
「え?なに?」
「なんでもない!とにかく、せっかくの打ち上げで楽しい空気なのにその態度はない!わたしに言いたいことや、こうして欲しい、とか要望あるなら後で聞くから、今はー」
「ー!言ったね。後できいてくれるんだね?なんでも」
「‥‥‥話はなんでも聞くけど、無理な要望には応えないからな!」
急に元気になった律に嫌な予感がして、ジト目で律に付け足した。
納得いかない様子の律の視線には気づかないふりをしておく。
なんでも聞いてとは言ったけど、なんでも話すとは言っていないし、レミのことを律に話すつもりはまだない。
かといってわたし1人知っていてどう対処すればいいのか、今この状況がどのくらいまずいのかの把握もできないので、やっぱりここはとりあえずアンリーヌに相談するべきだろう。
わたしは、前を歩く頼もしいアンリーヌの背中を見て、心の中で手を合わせた。
ーまじありがとう、アンお姉さん。
お読みくださりありがとうございます。
早くお風呂回書きたいなーとか思いながら書いてました。
次話、打ち上げです。
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価やコメントをしてくださっている方々、本当にありがとうございます。




