突然の別れ
リリとの日々は穏やかだった。
平日は、リリが明けたカーテンから差し込んでくる光と、リリの作るスープの香りで目覚める。
帰宅したら、リリの笑顔に迎えられ、その日あったことを話しながら彼女の作ったご飯を食べる。
休日は、2人で買い出しに行く。
一週間分の食料と、お給料後だったらちょっと無駄遣いだってする。
同居を初めて1ヶ月ほど経った頃、私はリリに思いを伝えた。
「あのさ、多分私、リリのこと好き。その、もちろん人としても好きだけどそうじゃなくて、恋愛対象として好きなの。‥‥‥ごめん、一緒に住んでるのに、気まずいよね」
ぎこちない、不器用すぎる告白。
この日々が終わってしまうかもしれないと、言ってからひどく後悔したのを覚えている。
でもリリは、私を優しく抱きしめて言った。
「どうして?気まずくなんてないわ。私もエレサが好きよ。とっても嬉しい」
それからは、本当に幸せな日々だった。
ずっと夢を見ているような‥‥‥今思えば、全部幻だったようにすら思える。
毎日、毎日、家に帰るのが楽しみで、休日が楽しみで、目覚めてリリがいるのが嬉しくて、リリのご飯を食べられるのが幸せで。
ーでも、幸せは、まるで最初からなかったかのように唐突に終わった。
いつも通り帰宅すると、リリの姿がなかった。
テーブルの上には、1人分の食事がポツンと置かれていて、その横に置き手紙が置いてあった。
『エレサへ
急にいなくなってごめんなさい。でも、あなたの好意に甘えて、ずっとこのまま無償で居候させてもらうわけにはいかないわ。平民の中から魔力が強かったり優れた戦闘技術を持ったりする人が貴族街に呼ばれるって噂は知っているでしょう?実は私、少し前に招待状を頂いていたの。3年貴族街で頑張れば、ギルドのお給料の20年分くらいのお金がもらえるそうよ。この話をしたら、きっとエレサはお金なんか気にしなくていい、居候で構わないって引き留めると思ったから、どうしても話せなかったの。エレサは良くても、私の気が済まないのよ。3年後、必ずこの家に帰ってくるわ。待っていてね。大好きよ。 リリより』
こんなことになるくらいなら、就活を止めなければよかった。
私がリリの居候を望んだから‥‥‥リリの責任感の強さを知っていたはずなのに。
リリにとってこの居候生活は、ずっと罪悪感が付き纏っていたものだったのだ。
私は心の底から後悔した。
リリのいない家は静かで寂しくて寒くて、3年もこれが続くのかと思うとただただ涙が止まらなかった。
寂しさを紛らわすために私は仕事に没頭し、感情を押し殺してひたすら働き、ついにはギルド長に任命された。
でも、今思えば、「3年」という期限が付いていただけ、当時は今より断然マシだったと思う。
リリが貴族街に行って1年ほど経った頃、初めてリリから手紙が届いた。
噂では、貴族街に行っている者は下町の者との連絡・接触はいっさい禁止されているとのことだったので、予期せぬ手紙に私は喜んで飛びつく。
そしてそれを読んで、絶望のどん底に突き落とされることになる。
『エレサ、久しぶり。元気にしているかしら?怒っているかしら?今回、特別に手紙を出す許可をいただけたの。というのも、3年で帰れそうになくなってしまったから。私ね、やっぱり貴族だったみたい。貴族で生まれて、何らかの理由で下町に捨てられたのね‥‥‥みんなが噂してた通りだったわ。貴族の血が流れているってわかってしまった以上、下町に返すことはできないんですって。貴族は貴族街で暮らすって決まっているから。もう、あなたの待つ家には戻れそうにないわ。だからエレサ、私のことはもう待たなくて大丈夫よ。別れましょう。エレサと過ごした日々は、本当に楽しかった。幸せな時間をありがとう。幸せになってね。さようなら。 リリ』
頭が真っ白になった。
こんな一方的に送られてきた手紙で、別れを告げられ、もう会えないと言われ、一庶民の私にはリリのいる貴族街に手紙を送る権利すらない。
もうどうすることもできないのかと途方に暮れていた時、月に一度、貴族と接触する機会があることを思い出した。報告会だ。
一度捨てたくせに今になってリリを奪った貴族が許せなくて、報告会は毎回適当に、雑に、何の役にも立たない情報だけを報告して早々に終わらせていたけど、そこが本来なら貴族と接することすら許されない庶民の私の、唯一の貴族との接点だ。
次の報告会で、私は単刀直入に言った。
リリを返して欲しい。リリは下町で育って、リリにはリリの下町での暮らしが既にある。一度捨てたくせに勝手すぎる、と。
正直、「誰が誰に向かって口を聞いている?!」とでもブチギレられるかと思っていたが、案外そんなことはなかった。
「一理ある。しかし、すぐに返すというのは俺の判断でできることではない。そうだな‥‥‥君が、報告会を真面目にやってくれたら、報告会後に少しの間リリとかいう少女に会う時間をやろう。しばらくはそれでどうだ?ただし、今までのような雑な報告をするようであれば、もちろんリリに会わせない。君の話では、本当ならあと2年は会えないはずだったんだろう?返すことはできないが、悪い話ではないはずだ」
それから、私は月に一度の報告会を待ち侘びるようになった。
たった5分だけど、毎月リリに会って、話して触れて、その時間のために私は今生きている。
お読みくださりありがとうございます。
エレサの回想はこれで終わりです。
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価やコメントをくださっている方々、本当にありがとうございます!




