嘘
「さすが、綺麗にしてるのね」
エレサに連れられて彼女の部屋に入ったアンリーヌは、部屋をぐるりと見渡して言う。
「人の仕事部屋をあんまりジロジロ見ないでくれる?この部屋のもの‥‥‥特にその棚のものは触らないでよね。冒険者の個人情報とか極秘情報が入っているし、ちょっとでも動かされると何がどこにあるのか分からなくなるんだから」
「はいはい、わかってるわ。あら?綺麗なロケットペンダントね。中に入ってる写真ってもしかしてー」
「ちょっー!」
隙間なくぎっしりと書類が詰め込まれている棚の一番下の端に、僅かな隙間があった。
そこに、隠すように置かれていたそのペンダントを、アンリーヌは見落とさなかった。
お茶の準備をしていたエレサは、ガチャンッと音を立ててティーポットを投げ捨てるように置き、ロケットペンダントを取ってポケットにねじ込む。
「本当に嫌い、あなたのこと。もういいから座っててくれない?」
「あら、私はエレサのこと好きなのに残念ね」
険悪な空気が流れる中、ただエレサがお茶を注ぐ音だけが部屋に響く。
置かれたお茶をアンリーヌが一口啜ったところで、エレサの方から口を開いた。
「どこまで知ってるの?私のこと」
「全部よ」
「本当かしらね。嘘なんじゃないの?全部知ってるって嘘をついていれば、私がそれを信じて自分から事情を話してしまうとでも思っての策略なんじゃないの?」
「2年前までは貴族のことを毛嫌いして、ギルド長の大事な仕事のひとつである、1月に1度行わなければならない貴族との報告会もろくに行っていなかったそうね。貴族の圧力に負けてようやく行ったかと思えば、特に変わったことはありません。の一言で終わらせていた。ずいぶんと貴族の反感を買っていたって聞いたわ」
「ーっ!まあ、それは‥‥‥私が貴族を嫌っているのは割と知られていることだし、そこから容易にその程度のこと想像つくわよね。貴族を嫌っているのに、その貴族と面会形式で行わなければならない報告会に、喜んで出席するわけないもの」
「でもある時を境に、月に1度の報告会を待ち侘びるようになった。報告内容も不自然なほど丁寧になり、報告会以外の業務も完璧に行うようになった。エレサがくそ真面目だとか仕事ばか冷徹ばばあとか言われ出したのって、ここ最近よね?」
「な、私裏でそんなこと言われてるの?!」
エレサはハッとして赤面しわざとらしく咳払いをすると、一口お茶を口に含んで息をはく。
「まあいいわ、今そんなことはどでもいい」
「ごめんなさいね、浸透しているあだ名だから、てっきり知っていると思っていて」
「謝りながら煽るのやめてもらえる?」
アンリーヌが笑うと、エレサはキレているそぶりを見せながらも、思わず表情を緩めた。
少しだけ、空気が緩む。
「私は今のクソ真面目なエレサも好きよ。でも2年前の、リリがあなた隣にいた時のエレサも、私は好きだった。あなたの不自然な変化の原因はリリなんでしょう?」
その緩んだ空気を、アンリーヌは逃さなかった。
「リリ」という名前に、エレサは動揺を隠せていない。
ポケットに入れたロケットペンダントをキツく握りしめていた。
エレサにとっては無意識であろうその行動も、アンリーヌは見逃さない。
「そのペンダントの中の写真はリリよね。ここまで言い当てればわかったでしょう?あなたが変わった理由も、2人の事情も、どうしてリリが急にいなくなったのかも、私は知っているわ。信じてくれたかしら?」
嘘だった。
ペンダントの中がリリの写真であることは、エレサの過去や彼女の行動から考えた、アンリーヌのただの推測。
そう、アンリーヌは最初から、エレサの弱みなんて知らない。
知っているのは、エレサが親しくしていたリリという少女が突然彼女の側からいなくなったことと、それ以降エレサの様子が変わったことだけだった。
「‥‥‥嘘、私、本当に酔った勢いで話しちゃったの?絶対に平民には知られちゃいけないことなのに‥‥‥リリに何かあったら私のせいー」
「安心して、私は誰にも話してないわ。今後も誰にも言うつもりはない。けど、エレサあの時酔っていて呂律が回っていなくて、大体の事情は理解できたのだけれど、文脈もぐちゃぐちゃの説明だったのよね。だからもしかするとエレサの事情について誤解している部分があるかもしれないから、もう1度ちゃんと話してほしいの」
「そ、そうね‥‥‥えっと、ん?」
アンリーヌが諭すような優しい口調で言うと一瞬ながされそうになったエレサだったが、違和感に気がつき「ちょっと待って」と言って続ける。
「どうして改めて詳しく秘密を話さないといけないのよ。そんなの自分から弱みを晒すのと一緒じゃない」
「私、エレサが酔って全て話してしまったこと、ずっとあなたに言わないつもりでいたの。絶対に話してはいけないことを自分が酔った勢いで話してしまったなんて知ったら、責任感の強いあなたのことだから、自分のことを必要以上に責めてしまうだろうって思ったから。このことは、あなたにも、もちろん他の誰にも、言わずにいようって思ってたわ。」
「‥‥‥じゃあどうして‥‥‥」
「でも今回、2人を‥‥‥咲久ちゃんと律ちゃんを守るためには、エレサ、あなたを説得するしか方法がなかった。でもあなたは普通に説得しても絶対に折れない。事情を知っているからこそ、それがわかったの。だから、あなたの弱みを使わせてもらったわ。本当にごめんなさい、あなたを説得する方法が、そうする以外に思いつかなかったの」
「‥‥‥そう、わかった。それはわかったわ。でもどうしてもう1度私とリリの事情を聞きたいのよ」
「エレサたち2人の事情を知っていることを話してしまったことだし、もう1度2人の現状や課程についてちゃんと聞いて、2人に私ができることをしたいのよ。私、結構力になれると思うわよ?でも、それにあたって認識違いや誤解があったらいけないでしょう。誰にも言えずに、1人で抱え込んでいるんでしょう?私を頼りなさい、エレサ」
アンリーヌはそう言ってエレサの隣に座り直すと、優しく彼女の背中を撫でた。
しばらく黙ったまま大人しく撫でられていたエレサは、涙が溜まった目を隠すように俯いた。
しかしすぐに激しく目を擦って涙を蹴散らし、アンリーヌに真っ直ぐ目線を向けて言った。
「話すわ、もう1度」
お読みくださりありがとうございます。
今回は少し長めになりました。
次話はエレサの事情の話になります。
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価やコメントをくださっている方々、本当にありがとうございます!




