弱み
「そこまでよ律ちゃん!」
エレサに向かって殴りかかる勢いで走り出した律の腕を掴んで止めたのは、やっぱりアンリーヌだった。
「律とかいうあなた、どれだけ力があるの‥‥‥アンリーヌが魔力に頼らないと止められないなんて」
エレサが少し怯んだ様子でそう呟いた。
よくみたら、律を掴むアンリーヌの手が少し発光している。
エレサの発言から察するに、アンリーヌは自身の魔力を手に込めることで握力や腕力を補っているんだろう。
じゃなきゃ、普通の人がああなった律を止められるわけがない。
「離してよアン姉。早くこの人を始末しないと、いつ貴族に報告されるかわからない」
後一歩でエレサに届くというところでアンリーヌに止められ明らかに苛立っている律から、黒いモヤがさらに溢れ出る。
「ダメよ律ちゃん、間違ってる。自分でもわかっているんでしょう?」
「‥‥‥私は、正しいか正しくないかで動いてるんじゃない。咲久と離れることになるくらいなら、もう私は間違いだって犯すつもりでいる」
「律‥‥‥ほんと、ばかすぎなんだけど!律がエレサさんのこと殺したりしたら、わたし律とこの先一緒にいられないから!」
「なんとかする」って、まさか本当に殺すつもりでいたのか。
鳥肌がたった。
「律が人殺しになるぐらいなら、わたしは大人しく貴族街へだってどこへだって行くし!ぜんっぜんそっちのがマシだし!これ以上バカなことしようとするなら、もう嫌いになるからな!!」
わたしがそう吐き捨てると、律から出るモヤの勢いが再び弱まった。
アンリーヌが律の腕をそっと離して、肩をポンポン、と優しく叩いて言った。
「安心しなさい、律ちゃん。エレサは、通信魔法なんて高度な魔術使えないわ。だいたい、それが使えたら月に一度の報告会なんていらないじゃない。今すぐでも貴族に報告できるなんて、嘘よ、嘘」
‥‥‥確かに。
みんな、一斉にエレサに視線を送る。
エレサは悪びれる様子もなく、すまし顔を貫き通している。
ーやっぱこの人嫌いだ。
「さてと!」
どこか拍子抜けした空気の中、アンリーヌは律を半ば無理やり椅子に座らせると、いつもの穏やかで頼もしい笑顔で言った。
「あとは私に任せなさい。律ちゃんが頑張ってくれたおかげで、エレサとの交渉もなんとかなるわ、きっと」
「いや、でも任せるって、どうー」
律の問いかけに笑顔だけ残してガン無視をかまし、アンリーヌは今度はエレサの腕を掴んだ。
「話しましょう、2人きりで」
「断るわ、手を離しなさい」
「あら、どうして?私たち、お友達じゃない」
「アンリーヌには確かに厄介な討伐依頼や手が回らない依頼で助けられてる。一番と言っていいくらいこのギルドに貢献してくれていると思うわ。けど、あくまで仕事仲間よ。友達になんてなった覚えはないわ」
友達だと思っていた人に「友達になんてなった覚えはない」なんて言われたら、わたしだったら絶対ショックで立ち直れない。
っていうか今聞いてるだけでもめちゃめちゃ胸が痛い。
でもアンリーヌは、懲りている様子など全くなかった。
されどころか、さらにエレサに近づいて、エレサの耳元で何かを言った。
エレサの顔に、明らかに動揺の色が浮かぶ。
「アンリーヌ、どうしてそれをー」
「2人で飲みに行った時、エレサが話してくれたじゃない。でもそうね、あなたかなり酔ってたし、忘れちゃったかしら」
普段の優しいアンリーヌの笑みが、今はとてつもなく黒く見える。
「話しましょう?わたしは別にここで話してもいいけれど?」
「‥‥‥私の部屋に来なさいアンリーヌ。話はそれからよ」
そう言って、今度はエレサがアンリーヌの腕をがっしりと掴んだ。
「それじゃあ少し話してくるから、みんなはここで待っているのよ〜」
エレサに腕を引かれるがまま、アンリーヌが部屋を出て行った。
残ったみんなで顔を見合わせ、数秒間の沈黙の続く。
「な、なんて言ったのかな、アンお姉さん。エレサさんの耳元で」
「さあな。エレサの弱みでも握ってるんだろ」
「アンリーヌって、知り合いでもそうでなくてもだいたいの人の弱み握ってる気がするしね。情報屋より情報通で、顔が広くて、距離を縮めるのがとにかくうまいもんね」
「‥‥‥うん。あの人から溢れ出る妙な安心感のせいで、話すつもりなかったことも話しちゃうし」
ヨナ、ゴルド、サックが、3人で顔を見合わせて苦笑いしている。
「ってことは3人も、アンリーヌに何かしら弱み握られてたりするってこと?」
律がそう聞くと、3人はわざとらしく視線を逸らして口を紡いだ。
相変わらずの律の無神経ぶりに、わたしは律の頭を無言で引っ叩いた。
お読みいただきありがとうございます。
次回は、別室に移動したアンリーヌとエレサの2人の会話がメインになります。
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