逆鱗
「あの野郎勝手なことばっかり言いやがって、よく記憶を消すなんて簡単に言ってくれるよなあ?!」
「本当だよ、僕たちのことをなんだと思ってるんだあいつ」
「貴族に咲久と律売るような真似して、ぜってえあれだぜ、報酬とかたんまりもらえるんだろうよ。よくぞ見つけて報告してくれたー!とか言ってよお」
「あり得るね。仕事だ、責任だ言いながら、結局は自分のためー」
「2人とも、いい加減にしなさいとさっきも言ったでしょう!」
エレサを待つ客間の雰囲気は最悪だった。
ゴルドとサックの2人は特に、今回のことに限らず普段からエレサに対して思うところがあったらしく、永遠とエレサへの不満を言い合っている。
ヨナはその2人の会話にこそ参加はしていないものの、「うんうん」と大きく頷きながら2人の正面に座っている。
アンリーヌが止めなければ、どんどんヒートアップしていく。
「大丈夫だよ2人とも。話し合いで解決できないようなら私が物理的にどうとでもー」
「もう律!!ダメに決まってるだろ!ゴルドとサックも、気持ちは嬉しいけど、そこまで悪くいうのは言い過ぎだと思います!わたしもエレサさんのこと好きじゃない‥‥‥っていうかほぼ嫌いだけど、お金のためだとか、嘘かほんとかもわからないことまで陰口いうのは、違う‥‥‥気が、します‥‥‥」
空気の悪さに耐えきれなくなって思わず反論してしまったけど、折角わたしたちのために怒ってくれているのにこんなこと言うの、わたしもしかしてめちゃくちゃ恩知らずなのでは‥‥‥。
言っている途中でそう気づき、途中からどんどん声に力がなくなっていく。
あああ嫌われたかもどうしよう、もうほんとばか。
「咲久ちゃんの言う通りよ。今の状態だと、エレサよりもあなたたちの方がひどいわよ」
アンリーヌに、「よく言ってくれたわね」と頭を撫でられた。
優しい手に触れられて、真っ青だった頭の中が血色を取り戻していく。
「まさか咲久ちゃんに叱られちまうとはな。悪かったよ」
「そうだね、僕たちが言い過ぎだった。商人は常に冷静でいないといけないのに、僕としたことがついゴルドに乗せられて‥‥‥」
「俺のせいかよ?!」
「もういいって、ほんとうるさい」
「ヨナだってずっと頷いて聞いてただろ!」
3人の言い合いがまた始まったけど、さっきまでの嫌な空気はない。
喧嘩しているのに何故か暖かい、ずっと笑ってきいていられる痴話喧嘩だ。
元に戻って良かった。
あと嫌われなくて本当に良かった‥‥‥。
「わっ、なにっ?!」
律に、急に両肩を掴まれて、引き寄せられた。
ああこの顔、めっちゃ不機嫌で納得いってない時の表情だ。
こうなった律は、なんていうか‥‥‥面倒くさい。
「咲久、なんであんな女庇うの?咲久にも転移者としての特別な力があったから良かったものの、咲久の検査結果によってはあの女、咲久から私の記憶を奪って、私だけ貴族街に送ろうとしてたんだよ、ちゃんとわかってる?」
「いや庇ったって言うか、途中から話が今回のことからずれてた挙句、ただの悪口になってたから、そんなんどんどん空気悪くなってく一方だし、止めただけだってば。それに、エレサにも何か事情があるっぽいし‥‥‥」
実際、アンリーヌがエレサの事情を知っていそうな匂わせ発言をしていたのをきいた。
きっと何かあるんだ、多分。
そう思いたい。
「それ、庇ってるのと同じだよ。咲久、エレサのこと実は良い人かもとか思ってるでしょ」
「え、いや、そんなことまだわかんないけど、エレサさんってなんか、バカ真面目すぎて嫌われちゃう委員長って感じだよね。そういう人ほど実は根は優しくて、脅すだけ脅して結局助けてくれたりー痛っ、律、ちょっー」
わたしの肩をもつ律の手に、どんどん力が入っていった。
泣いて‥‥‥違う、この黒いもやは、めちゃくちゃ怒ってる時のやつだ。
やばい、やらかした、間違えた。
「あ、律、違う!!わたしほんとにエレサさんを庇ってるとかじゃなくて、実はいい人かもって思ってた方がいいじゃん、その、気持ち的に、こんな状況だし、そう思いたいっていうー」
どうにか律の手を肩からどかせようとしてみるが、わたしの力が律に敵うはずもない。
「おわっ?!」
手をどかすのが無理ならと、身体ごと逃げようと後ずさった先にあったソファーに膝が当たり、バランスを崩してソファーにボフンと腰が落ちた。
両肩をソファーに押さえつけられている形になり、完全に逃げ道がなくなった。
「あ、あの、律‥‥‥、ごめー」
「咲久、なんで学習しないの?そう思いたいって何?この世界に来る前からのことも含めてだけど、咲久ってさ、自分の中のそう思いたいを信じて本当にその通りだったことあった?ないよね?」
「それは‥‥‥ない、けど」
「その咲久の思いたいって、咲久なりの自分が傷つかないための自衛なのかもしれないけど、結果的に利用されて余計に傷つくのって咲久だよね?そんで信じてた分、勝手に裏切られた気になるんだよ。咲久はそんなやつ。ほんと生きるの下手、みてられない。そんなんだからいつもいつもー」
「ちょっと律ちゃん何やってるの!咲久ちゃんのことを思っていってるとしても言い過ぎよ?!一体どうしたの?冗談半分に言うことはあっても、そんな咲久ちゃんが傷つくようなこと、普段絶対言わないじゃない」
アンリーヌが間に入って来てくれて、律はハッとした表情を見せて、ようやくわたしの顔を真っ直ぐみた。
すると、わたしの顔を見た律は青ざめて、バッとわたしの肩から手を離した。
わたし、どんな顔してたんだろう。
けど、今はわたしよりも、絶対に律の方が絶対に傷ついていた。
だって、あんな律の表情、今までみたことなかった。
お読み下さりありがとうございます。
今後もアンリーヌの気苦労が耐えそうにありません。
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価やコメントをして下さっている方々、本当にありがとうございます。




