血判
「血判?!」
ちょっと待って今どき血判なんて存在するの?!
いや、そもそも日本とは世界が違うから今時も何もないか。
いやそんなことどうでもいい、とにかく嫌だ。
痛いし、怖いし、サインでいいじゃんか!
‥‥‥なんてエレサの圧の手前言えるはずもなく、ただ着々と目の前に血判用のナイフとガーゼと契約書が準備されていく。
血判が嫌すぎて、なるべくゆっくり住所と名前を記入していたわたしの隣で、必要事項をさっさと書き終えた律がナイフを手にしていた。
「ちょっ、律、はやくない?!待って!」
「咲久書くの遅すぎ。書いてていいよ、先やっちゃうから」
「えっ」
そう言って、律は躊躇いもなくナイフの刃を親指に滑らせた。
律の親指にできた一本の傷から、ぷくーっと血が溢れ出てくる。
十分に血が出てから判子のところに親指を擦り付けて、ゆっくりと話すと、血でできた指紋の出来上がりだ。
ーうわあああ、ほんとに無理かも。ほんとに嫌だ。
「ねえ、あなた何してるの?」
住所の最後の一文字に1分以上かけていたら、流石にバレてエレサに詰められた。
「あ、ごめんなさい今書き終わります!」
「めっちゃ丁寧に書いたね咲久。こんな字綺麗だったっけ」
‥‥‥まあ一文字に20秒くらいかけて書いたからね。
先延ばしにしたってどうせ逃げられないんだ。
わたしは自分に言い聞かせてナイフを手にとる。
ナイフを持つ手が震えて、うまく親指の腹に当てられない。
あああもう!どんなに精神病んでもリストカットとか自虐行為だけは絶対にしなかった‥‥‥というか痛いの怖くてできなかったのに、血判なんて心の準備なしにできるわけないだろ!
「臆病者ね。もしかしてとは思っていたけど、血判ごときで怖がってるの?あなた冒険者向いてないわよ。判を押していない今ならまだ間に合うわよ、辞めたらどう?」
エレサの冷たい言葉がグサリと胸に突き刺さる。
何も言い返せずに、ナイフを握る手の震えをなんとか止めようとするが、止まらない。
早くしないと‥‥‥めっちゃ迷惑かけてるわたし。
言っておくけど、わたしは普通だから。
この世界の人たちと律がおかしいだけだから。
「咲久、目瞑って」
震えている手に、律の手が重なった。
徐々に手の震えが収まっていく。
「り、律ごめん。早くやろうとは思ってるんだけどー」
「大丈夫、力抜いて。咲久は何もしなくていい。ちょっと怖いかもだけど、目を瞑って私に任せて。すぐ終わるから」
「うっ‥‥‥わかった。なるべく痛くしないでよ」
このまま自分で切ろうと思ったら日が暮れる。
ここは諦めて律に任せることにして、わたしは目を瞑った。
「いっ‥‥‥」
指先に冷たいものを感じてすぐ、ピリッとした感覚があった。
「っつ!」
その後、紙に親指を擦り付けられる。
親指に意識を集中させすぎていて、実際の痛みはそうでもないはずなのにめちゃめちゃ痛く感じる。
「終わったよ、咲久。え、涙目じゃん、大丈夫?」
「う、うるさい!痛いの苦手なんだよ、ほっといて!」
律に顔を覗き込まれて、慌てて外方を向いて目を擦る。
「ようやく終わったの。それじゃあ魔力検査に移るから、ちょっと待ってて」
エレサが出ていくと、緊張がドッと解けた。
ヨナのこと結構苦手だけど、わたしもずいぶんエレサに嫌われてる気がする。
自分にも他人にも厳しそうな人だもんな‥‥‥わたしみたいにぐずぐずしてる人が嫌いなのかもしれない。
「あ、えっと‥‥‥律、ありがと。多分自分じゃ一生できなかった」
「あー、いいよ。ってかむしろこっちがありがとう。ご馳走様」
「ー?え、何が?」
‥‥‥なんで満足げなんだ。
理解に苦しんでアンリーヌたちに視線を送ると、妙な空気になっていた。
待たせすぎて怒らせた‥‥‥?
「なんつーか、ちょっとえっちだったな!」
「ゴルド、デリカシーね?!あと咲久ちゃんのことそんなふうに言ったら律ちゃんに殺されるってば!」
えっち‥‥‥?
本当に理解できない、なんなんだこの人たちは。
もしかして人の血見て興奮しちゃうタイプなのか?
やばい、このパーティーに入る決断は失敗だったかもしれない。
「魔力検査の準備できたわよ。2人はこっちに来て」
ドン引きしている暇もなく、エレサに呼ばれた。
いよいよ、ようやく、魔力検査だ。
お読みくださりありがとうございます。
作者の好み全開のくだりを、血判を利用して書かせていただきました。
‥‥‥次話こそ魔力検査に入ります。
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価やコメントをくださっている方々、本当にありがとうございます。




