エレサ
大注目の中堂々と黒髪を見せた律に、ギルド内にさらにどよめきが広がる。
‥‥‥この後にフードを取る私の身にもなってほしい。
っていうか、私は別にフードかぶってなくてもよかったんじゃないか。
よく考えたら律だって、どうせこんなふうに見せびらかすかのようにフード取るなら、最初から被らずにギルド入ればよかったのに。
「あははっ、みんなびっくりしてる」
毎度のことながら、なんでそんなに楽しそうなんだよ律は‥‥‥。
ああ、そういえばこいつ目立つの好きなんだった。
だとしたら、わざと一番注目される場面で自分のことをみんなに認識してもらおうとしてたのか。
「‥‥‥驚いた。とにかく、ここじゃ騒がしすぎるし邪魔が入るだろうから、ついてきて」
エレサに連れられて、わたしたちは受付の奥の部屋に通された。
長いソファーと机だけの、いかにも「客室」というようなシンプルな部屋だ。
「さて、いろいろ聞きたいことがあるのだけど。とりあえず、そっちの子もフードとってもらえる?」
「あ、は、はい」
もったいぶる理由もない平凡な髪色なのに、完全に取るタイミングを逃してめっちゃためた人みたいになってしまった。
絶対期待されてるんだろうなあ‥‥‥普通で申し訳ない。
フードをとると、案の定「なんだ、あなたは普通なのね」と言われた。
‥‥‥この人、なんか苦手だ。
「それにしても黒髪なんて、洗礼の儀で貴族が見逃すはずないし、今日まで噂すら立っていなかったというのも不自然だと思うんだけど、一体ー」
「エレサ。冒険者登録をするのに必要な情報は住所と素顔で、必要な条件は魔力定着済みである、ということだけのはずよ。彼女たちの身の上話はする義務は、私たちにはないはずよね」
わたしたちに対してわかりやすく興味と疑いの目を向けてくるエレサに、アンリーヌが言った。
「まあいいわ。けど、検査して異常な点が見つかったら、たとえアンリーヌの頼みであっても登録カードの発行もパーティー加入の許すことはできないから」
納得のいかない表情を見せつつも、「検査の準備をしてくるから、ここで待機しているように」と言ってエレサが部屋を出ていった。
「あの、アンお姉さん。ギルドの人って、この先もたくさんお世話になりそうだし、すごい真面目そうな人だし、わたし達のこと話しちゃってもいいんじゃ‥‥‥」
この先も、あんな警戒心と疑念と威圧のこもった目と態度で対応され続けるのはきつい。
口も硬そうだし、噂を広げるタイプでもなさそうだし、敵にはいて欲しくないけど味方にいたら頼れて心強そうだし‥‥‥話してしまっても大丈夫な気がする。
「そうね、エレサは真面目よ。ただ、真面目すぎるから話すのは危険なの。ギルドって、貴族としっかり繋がっていてね、エレサはギルドの代表として月に1度貴族に会って、その月の成果や注目の冒険者の情報なんかを共有しているのよ。エレサは真面目すぎるから、貴族に隠し事なんてできない。責任感が強いから、得た重要な情報は絶対に貴族に報告してしまうわ」
「な、なるほど‥‥‥」
「ちなみに優秀な冒険者は、貴族に勧誘されたりすることもあるわ。貴族街で本格的に実力を極めてみないか?っていうふうに。待遇もいいし、衣食住保証されて、さらに給料も高いから、勧誘されたら勝ち組なんて言われているわね。貴族街と下町の行き来は許されていないから、一度行ったら3年は帰ってこれないんだけど、3年で下町で働く30年分のお給料を得られるらしいわよ」
そんな仕組みもあるのか。
待って、それなら律が活躍すると、その情報が貴族に伝わって、律だけ貴族に勧誘されちゃうんじゃ‥‥‥。
そうなったら、わたしと律離れ離れじゃないか?!
「あ、あのそれって、拒否権はあるの?」
「もちろん。断る人はそうそういないけれど、断っても特に問題はなかったわよ」
‥‥‥ん?
今の言い回し、もしかしてアンリーヌは勧誘されたことがあって、しかもそれを拒否した経験があるような感じに聞こえた。
「もしかしてそうなんですか?」と目だけで訴えてみると、アンリーヌがお淑やかに「うふふ」と笑った。
もうこれは確実にそういうことだ。
「準備ができたわよ」
そうこう話しているうちに、エレサが戻ってきた。
住所と名前を記入する紙が机に置かれる。
「これを書いて、判を押したら検査に向かうから」
「判?私も咲久も、判子なんて持ってないんですけど」
律の言葉に、エレサは「何言ってんだこいつ」とでもいうかのような面倒くさそうな態度で言った。
「血判に決まっているじゃない」
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