人質
「は?!だめ、咲久は逃げろ。体育の成績も悪いんだから」
わたしが自分も戦うと言うと、今まで落ち着いていた律が形相を変えた。
「悪くはないわ!3だし!普通だし!ってかあんな化け物と戦うのに体育の成績とか絶対関係ないだろ!」
言い合っているうちに、獣はわたしたちにどんどん距離を詰めていく。
「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!」
残り10メートルと言うところまで接近してきたその瞬間、獣がわたしたち目掛けて大ジャンプした。
ー潰される。
恐怖で足がすくんで、身体が動かない。
目を逸らしたいのに、瞬きすらできない。
もう、死ー
ーゴッッ。
鈍い音がして、獣の巨体が吹っ飛んでいった。
「は‥‥‥?」
隣を見ると、律が拳を上に突き上げている。
「り、律がやったの?」
「いや‥‥‥、咄嗟にパンチしただけなんだけど」
五秒間ほどの沈黙の後、2人で顔を見合わせ、ほぼ同時に声を上げた。
「律、強!!」
「あいつ、弱!!」
「あ、そっち?私が強いの?」
「え、どっちだ、この化け物そんなに弱かったの?」
恐る恐る、律によって吹っ飛ばされた獣に近づいてみる。
「ウ゛、ウ‥‥‥」
苦しそうな声を上げて仰向けになっている。
もう起き上がれそうにない。
ひとまず、ほっと胸を撫で下ろす。
「もう大丈夫そうだしー、ってうわああ!!」
「咲久!!」
倒れていた獣が、油断した隙にわたしの足を掴んだ。
「うあっ?!」
体制を崩して転び、ビターンと地面に叩きつけられた。
それでも獣はお構いなしに、そのままずるずるとわたしの足を自分の巨体へと引きずり寄せていくと、自らの体の前にわたしを盾のように抱き寄せた。
これはいわゆる人質というやつだ。
ってか全然弱くない、力めっちゃ強い。
全力で抵抗しているのに、全く身動きが取れない。
じわじわと、焦りと恐怖が広がってゆく。
「むりむり嫌だ!!離せえバカー!!」
「咲久、落ち着いて」
「落ち着けるかこの状況で!!」
半べそ状態で大暴れしながら叫ぶ。
生暖かい獣の吐息が身体に当たり、恐怖はもう絶頂まできていた。
「大丈夫」
「大丈夫なわけあるか!」とツッコミを入れようとして、その言葉を思わず飲み込んだ。
律をまとう雰囲気が、明らかに変わっているのだ。
上手く言えないけど、律の身体全体から黒いもやのようなものが滲み出ているように見える。
ー怒ってる‥‥‥?
「今すぐ助けるから」
そう言ったかと思ったら、律の姿が目の前から忽然と消えた。
「律‥‥‥?」
「ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「うわああ今度は何?!」
獣が突然うめき声を上げたと思ったら、徐々にわたしを掴む力が弱まっていき、再び仰向けに倒れた。
何が怒ったのかさっぱりわからない。
「咲久!怪我は?!」
「ひゃあっ!なんで律が後ろに‥‥‥?!」
前にいたはずの律が、いつの間にか獣の背後に回り込んでいた。
あの消えた瞬間、隙をついて後ろから獣を攻撃したみたいだ。
「あの、律さんさ、瞬間移動しなかった?」
「ー咲久、私は超能力者じゃないよ、頭打った?」
「いやふざけてるんじゃなくて、本当にさっきー」
「それより怪我はないんだよね?」
「あっ、それは大丈夫‥‥‥」
疑わしそうに見てくる咲久に、「本当に大丈夫だってば!」と繰り返し言う。
それよりも、瞬間移動してないとしたら、なんで律は急に消えて背後に現れたんだろう。
あんな怪物をパンチで倒せるのもおかしいし、絶対に何かある。
身体能力が異常に上がってるとか?
だとしたらさっきのは消えたんじゃなく、光の速さで全力疾走して回り込んだから、わたしには目で追えなくて消えたように感じた、なんてーそんなわけないか‥‥‥。
けど、薄々まさかとは思っていたけど、さっきの獣は確実に現実の生き物ではなかった。
もしここが異世界とかいう場所で、わたし達が転移者なのだとしたら、いわゆる「チート能力」を持っていたりするのでは‥‥‥?
いや、でもわたしは特に何もないんだよなあ、普通に律いなかったら死んでたし。
謎があまりにも多すぎてきりがない。
「ーって、律、何やってんの?!」
ぐるぐると考えていたら、いつの間にか律が獣の巨体に跨って拳を振り上げていた。
「何って、とどめを刺すんだけど」
「え、殺すの?!」
「当たり前だよ。襲ってきた挙げ句、咲久を人質にするなんて小癪な真似したんだから」
‥‥‥怒っている。
律がめちゃくちゃ怒っている。
「ちょっと待ったあ!」
律が拳を振り下ろす寸前で、慌てて止めに入る。
この獣を殺されちゃ困るのだ。
「生き物が居たってことは、水があるってことだよ!こいつに聞けば教えてくれるかも。もしかしたら人間がいる場所とかも聞き出せるかも、なんて‥‥‥あはは」
お怒りモード全開で、謎の黒いもやを撒き散らしまくっている律に、恐る恐る反抗する。
正直この獣に言葉が通じるのかと言われたら無理がある気がするが、そろそろ喉の渇きが限界なのだ。
少しの希望にでも縋りたい。
「ー‥‥‥なるほど、確かに一理ある」
律がようやく拳を下ろした。
なるべく獣を刺激せず、穏便に情報を聞き出したい。
ーなぜならわたしが怖いから。
もうあの地鳴りのする雄叫びは聞きたくない。
「あ、あの‥‥‥!!」
わたしは獣の顔の前に行くと、会話を試みたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
後書き、、何書けば良いのかわかりません。
けど毎回何かしら書きたいなあ、と思って何を書くのか考えていたら30分たっていました。(まじです)
改めて、ここまでお付き合いしてくれた読者の方、ブックマークや評価や感想をくれる方、本当にありがとうございます!
この先も、宜しければよろしくお願いします。