やらかし事情
早朝。
貴族街、転移者管理棟、管理官室。
だだっ広い部屋に、ポツンと1台のデスクが置かれていて、部屋の壁は大量の本と、この棟に住む転移者たちに関する資料が並べられた本棚で囲まれている。
全転移者の管理及び、新たな転移者追加のための儀式を取り仕切り、転移者関係のトラブルの全責任を負う立場にいる、最上位転移者が、その部屋の机を使用できる。
今のこの机の持ち主は、タカノという男だ。
ドアがノックされ、タカノが「入れ」と入室を許可すると、「失礼します」という声とお辞儀の後、5人の男女が管理官室に入っていく。
管理官室のドアが完全に閉まると、一気に空気が緩くなった。
「で、なんすか、こんな早朝に。寝てたんすけど?まだ朝礼の時間まで3時間もあるんすけど」
「ほんとですよ、タカノさん。あと2時間は寝れたのに」
「ってかタカノん、顔色どしたん?めっちゃ青白くない?」
「し、心配、ですっ。無理は、良くない、ですっ」
「‥‥‥‥ねみ」
好き放題喋り出した5人は、強さのランク付けによってグループ分けされているこの国の転移者の中でも、実力・成績上位5人が集められた最上位グループのメンバーだ。
もちろん転移者全体の管理者であるタカノの方が立場も年代も上であり、彼らの失礼な言動をいつも叱責するまでが普段の一連の流れなのだが、今のタカノにはそんな気力はなかった。
「5人に頼みがある。お前らにしか頼めない頼みだ」
机に両肘をたて手を組み、俯いた状態で言う。
いつになく深刻そう項垂れているのタカノの様子に、5人の間にも緊張が走り、静かにタカノの次の言葉を待つ。
しばらくして、決心したようにタカノが顔をあげて言った。
「新入りの転移者召喚儀式に、失敗したんだ」
「‥‥‥は?」
その儀式は、使用する魔力量と魔術発動のための条件達成にかかる手間暇と金額が他の魔術と比べ物にならないため、1年に1度しか行うことができない、絶対に失敗が許されない召喚儀式だ。
召喚成功後、召喚した転移者をその日のうちに国王にお披露目するまでが毎年恒例のこの儀式の流れだった。
しかし、今年は召喚の魔術の詠唱が終わり、光が完全に消えても、その場の魔法陣に召喚されてくるはずの転移者はそこにはいなかった。
こちらの儀式に何か問題があったのか、転移者側の方で召喚される直前に何か起こって、その影響で失敗したのか‥‥‥原因は不明だが、とにかく失敗したと言うことに変わりはない。
消費された莫大な金と魔術も、失敗したからといって戻ってはこない。
「タカノん、それやば。消されるんじゃね?社会的にか、ワンチャン物理的に」
「今それ冗談にならないからまじでやめてくれ」
「国王に言ったのかよ、そのこと」
「言えるわけない。準備が遅れてまだ儀式を行なっていないことにして、隠している」
「で、でも、時間の問題、ですよねっ。ずっとは、隠し通せない、と思いますっ」
部屋に、重苦しい空気が流れる。
タカノは椅子から立ち上がって、「本題に入るんだが」と追い詰められた表情をなんとか隠しつつ、冷静を装いながら続ける。
「この召喚の術は最後までしっかり発動していたんだ。もしかしたら、この世界にはちゃんと転移されている可能性がある。いや、されているはずなんだ。おそらくなんらかのトラブルがあって、召喚されるはずの場所からズレた位置に飛ばされたのかもしれない。貴族街は全部探したんだが、それっぽい奴はいなかった。まあ貴族街にいたとしたら速攻見つかっているだろうしな。だとしたら、あとは外‥‥‥庶民が住む下町か、その辺の草原にいるかどちらかなんだ」
「でも、僕たちもでしたけど、魔力定着する前は転移者は大体黒髪で召喚されますよね。もし本当に召喚されているならすぐ見つかったり、下町の間でも話題になったりしそうですが」
「それを、下町に行って調査しつつ、転移者を捜索してきて欲しいんだ。俺は管理者という立場のせいで仕事も山積みだし貴族街を出るのは手続きも面倒でな。だが俺はお前たちの管理者だ、俺の許可があれば下町に降りることも許されている」
正式に言えば、本当は転移者は滅多なことがない限り貴族街から出てはいけないし、管理者は基本貴族外から出ることを許可してはならない。
つまり、こうやって5人に頼んでいることも、国王や王族にバレたらやばいというわけだ。
ただ、あくまで5人は管理官の指示に従っただけであり、管理官の指示は絶対だという決まりがあるため、仮にバレたとしても5人が罰を与えられることはないだろう。
「頼む、見つけてきてくれないか。しばらく、お前らの授業は俺がなんとか誤魔化して休ませる。だから1日でも早く、転移者をここに連れてきてくれ」
タカノが頭を深く下げた。
5人はお互いに視線を通わせ、頷く。
「必死さ伝わったし、まあ下町とか行ったことねえから面白そうだし、いつもの授業サボれんなら行ってやってもいいぜ」
「タカノんが死ぬのは嫌だし、うちも頑張るよー!」
「あ、あたしもっ」
「そうだね」
「‥‥‥はあ」
こうして、咲久と律が知らないところで、2人の捜索は始まっていたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
今回は初めて、咲久も律も登場しない回になりました。
近いうちに5人と2人が接触します。
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価やコメントをしてくださっている方々、本当にありがとうございます。