混乱
「律、大丈夫だよね‥‥‥?」
しばらくして目を開けられるくらいまで光が収まると、恐る恐るテントに近づく。
「おい!勝手に開けるなよ。まだ光が完全に収まってない。リツとかいう転移者が中から出てくるのを大人しく待ってろ」
テントに手を伸ばそうとしていたところをザースに怒鳴られて、思わずビクッと身体が揺れた。
「わ、わかってる‥‥‥ます」
謎な言葉で返事して、すごすご手を引っ込める。
そうこうしているうちに、光が完全に収まった。
「これ、もう出ていいんだよねー?」
テントの中からの律の声にほっとする。
ーよかった、何事もなく終わったんだ。
「ああ、出てこい」
ザースがそう言うと、テントの入り口が開き、見た感じでは何も変化がない、入った時のままの姿の律が出てきた。
「本当にこれで終わりでいいの?なんもなかったんだけど‥‥‥」
「案外何もないんじゃん」と言おうとして、わたしは咄嗟に言葉を飲み込んだ。
拍子抜けしている律とは裏腹に、他のメンバーがどよめいていたのだ。
「え、何か問題でもあった?あ、もしかして失敗した?」
「いや、‥‥‥まだなんとも、言えないっつーか。あー、とりあえずサクとかいう奴、そいつも早くやれ。もしかしたら魔術具の故障って可能性も‥‥‥まあいい、とにかく入れ」
律の問いかけに、ザースがなんの答えにもなっていない、歯切れの悪い言葉で返した。
ーいや、なんなの、何が起こったの?なんでみんなそんなに焦ってんの?
こんな反応を見た後で、何もわからないままテントに入れるほどの勇敢さは、流石に持ち合わせてない。
けど、みんなのわたしを見る目線が、「早く入って結果を見せてくれ」とでもいうように突き刺さってきて、今更「入りたくない」なんて言える空気じゃない。
アンリーヌが止めないってことは、きっと危なくはない‥‥‥んだと信じたい。
「わ、わかりました‥‥‥」
「待って、咲久」
意を決してテントに入ろうとしたわたしを、律がテントのいる口の前に立ち塞がって止めた。
「安全かどうか確認するために私から入ったのに、そのみんなの反応見た後になんの説明もなしに、はい次咲久どうぞって言われても行かせられないんだけど」
ー律‥‥‥。
ちょっとキュンとしかけてしまった。
しかけただけで、してない、本当にしてないっ。
「ああ?めんどくせえな、危ないことは無いっつってんだろ」
「ザース、やめろ。不安になって当然だよ。えっとね、魔力定着で髪色が変わるって話はなんとなく聞いたよね?2人が外を堂々と出歩けなかったのは、2人の髪色が黒だったからなんだよ。黒い髪の人なんて、この世界では割合的には1パーセントもいないから、そりゃあもう目立ちまくるわけ」
確かに、街を歩いていて髪色が黒い人なんて1人もいなかった。
「魔力定着をすると、体内の魔力量や属性によって髪色が変化するんだよ。色は属性に比例して、髪色の濃さは魔力量や強力さに比例する。例えば、炎属性を多く持って魔力量が多めの人は、濃いめの赤髪になるってイメージかな」
ーなるほど‥‥‥何その仕組み、面白い。
そしたらわたしは一体何色に‥‥‥あれ?
「じゃあなんで律は、黒いままなんですか?」
「‥‥‥そう、それなんだよ。それで僕たちは戸惑ってたってわけ」
「だーかーら、魔術具の故障かもしれないから、とにかくお前テントに入れっつってんの。理解できた?お前がどうなるか試さねえことには、故障かどうかもわかんねえだろうが。危ないことは無いっての」
待たされてイラつきを隠せない様子のザースが、事故地震並みの貧乏ゆすりをしながら言う。
「なるほどね、わかった。咲久、行けそう?」
「わ、わたしは最初から余裕だし」
「はいはい。あ、待って咲久」
「え、まだなんかある‥‥‥?」
律はわたしの質問には答えずに、無言でザースに近付き彼の前に立つと言った。
「条件追加ね。今後咲久と私のことお前って言ったら、魔力提供はしないから」
「‥‥‥ああ?!」
「どうすんの?相当珍しい事態になってるっぽいし、私の魔力への興味、さっきよりも上がってるんでしょ?この条件、呑むの、呑まないの?」
「ー‥‥‥あああもう、わーったよ。お前呼びはしねえ」
悔しそうに返したザースに律は満足げに頷くと、満面の笑みでわたしに言った。
「お待たせ、咲久!入っちゃっていいよー!」
確かにわたしもザースの「お前」呼びや「奴」呼びは少し気になっていたけど、あまりにも律らしい条件追加に思わず笑いが込み上げる。
だいぶ緊張がほぐれた。
「じゃあ、行ってくる!」
わたしはようやく、テントに足を踏み込んだ。
お読みいただきありがとうございます。
黒髪がなぜ極端に少ないのかなどの説明は、次回かその次あたりにあります。
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