大丈夫じゃない
「咲久、大丈夫?」
「‥‥‥平、気」
「どうみてもヘトヘトに見えるんだけど」
「大丈夫だってば」
あの後、わたしと律はとりあえず当てずっぽうに真っ直ぐ歩いてみようということになった。
歩いていれば道路に出たり、人に会えたりするだろう、と。
でも、もうかれこれ5時間は歩いているのに、草原以外何もない。
体力的な面はもちろん、こうも景色が変わらないのは精神的にもキツくなってくる。
喉の渇きも足の疲れもそろそろ限界に近い。
「咲久、やっぱりちょっと休もうか」
「いいってば、律は余裕そうだし」
「私は物心ついた時から運動しかしてこなかったからね。このくらい平気。でも咲久はきついでしょ。草原歩きづらいから、普段使わない筋肉使うし」
律はそういうとストンとあぐらをかいて座り込み、わたしに向かって「座れ座れ」と手で促してくる。
強がっていることがバレバレなのが悔しい。
仕方なく、わたしも律の隣に体操座りした。
「でも、こんな状況でちょっと休んだところで体力回復しないと思うんだけど。水や食料がないと」
わたしが不満げに言うと、律は「そうなんだよなあ」と呑気に天を仰いでいる。
ーなんでこいつはこんなに落ち着いてるんだ。
「もう、やっぱり先急ご!わたしは大丈夫だから‥‥‥って、何?」
わたしが言い終わらないうちに、律が怪訝そうな顔で近づいてきた。
「咲久の大丈夫は信用ならない」
「なっ、なんでよ‥‥‥」
「部活で後輩のラケットと頭が接触した時も、大丈夫〜とか笑ってたのに後から私が確認したらでっかいたんこぶできてたよね?あれ本当は相当痛かったでしょ。面倒な仕事押し付けられた時も、全然引き受けられる余裕ないのに、大丈夫だよ〜まかせて〜とか言っちゃったり。去年の夏祭りの時だって、靴擦れしてるの隠して歩き続けて、鼻緒に血が滲んでるのを私が気づいて‥‥‥」
「もういい!もうわかった、休むから!休ませていただきますっ!」
わたしにとってはどれも軽く黒歴史だっていうのに、こうも次々と掘り返してこられたらたまったもんじゃない。
ーて言うかなんでそんなに全部覚えてるんだよ、忘れろよ!
「まさか今も靴擦れしてるんじゃ‥‥‥」
「してないしてない!よく見て、今はスニーカー、その時はゲタ。ほんっっとうに大丈夫だから!」
わたしの靴に手を伸ばそうとする律から逃げるように後ずさる。
「大丈夫なら見せられるよね?」
「い、いや見る必要ないでしょ!わたしが大丈夫って言ってるんだから」
「その大丈夫が信用できないって言ってるんだけど」
靴と靴下を脱いで確認されるのはなんか普通に嫌だ恥ずかしい。
なんとかして逃げー
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛」
「ーえ、何、今の音‥‥‥」
ぎゃあぎゃあと取っ組み合っていると、近くからうめき声のような音がした。
「り、律、なんか走ってきてない‥‥‥?」
地鳴りのような振動がどんどんこちらに近づいてくると、大きな獣のようなものの姿が見えた。
この世の、わたしが知っている世界の生き物じゃない。
無理矢理例えようとするならば、雪男を100倍巨大化させたバージョンのような、誰も見たことのあるはずがない化け物だった。
「咲久、逃げるよ!!」
硬直状態だったわたしの手を掴むと、律が獣に背を向けて走り出す。
そう、そうだよ、逃げなきゃだった。
あんな得体の知れないものを前にしてすぐに体が動くなんて、やっぱり律はすごい。
わたしがもし1人だったら、あのまま硬まって動けずに一瞬で獣の餌にされていたところだった。
いやそもそもあいつ肉食なのか?
だとしたら相当ヤバい状況なのでは?!
こんな隠れる場所もない草原で、あいつの方が足も速いのにどうやって逃げ切ればー。
「咲久、聞いて」
「えっ、はい!何か策見つかった?!」
「私、勝てる気がしてきた」
そんなことを言うと、律は足を止めた。
「ちょっ、え?!何止まってんのバカ!追いつかれちゃうだろ!走らなきゃダメだろがー!!」
顔面蒼白で律の腕を掴みどうにか走らせようと引っ張ってみるが、律は動こうとしない。
「このままじゃまた死んじゃうってば!」
「は?」
律の低い声に、一気にサーと血の気が引いた。
ーやばい、わたしが目の前で死んだトラウマのせいで、「死ぬ」は禁句なんだった‥‥‥。
「殺させるわけない。それとも何、また死に急ぎたいの?」
「いや違っ‥‥‥だって律が逃げないから、、」
「逃げたって、咲久の体力と足の速さじゃいずれ捕まる。なら戦うしかないよ」
「ちょっと待って律!確かに律は女子の中では運動できるし力もある方だけど、相手をよく見ろ!勝てないだろどう見たって!!」
「戦ってみないとわからないでしょ。咲久はなるべく遠くまで走って逃げといて、危ないから」
なんで、こんな状況になっても落ち着いていられるんだ。
わたしだけ逃げろって、格好つけるのも大概にしてほしい。
そんなこと、できるわけがない。
戦いの音が止んで戻ってみた時、もし律が死んでたらなんて、想像するだけで怖すぎる。
絶対に嫌だ。
ーああ、そうか。
わたしが死んで、律がなんであんなに怒ったのか分かった。
ちゃんと想像できていなかったけど、今ならわかる。
目の前で友達が死ぬって、相当怖いことだ。
転移して目覚めてから数時間。
こっちにきてから律が私に対して過保護化しているのを薄々感じていたが、それもトラウマが原因だったのか。
ーそれなのに、距離の近さにドキドキしてたわたしはバカかー!!
「もーいい!律が戦うならわたしも戦うから!」
脳内で大反省会を繰り広げたわたしは、覚悟を決めたのだった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
本当は4話で戦うところまで書くつもりだったんですが、獣と遭遇するまでのふたりのわちゃわちゃ(いちゃいちゃ)を書いていると、気づいたら想定の3倍くらい文字数をとってしまっていたので、獣との戦いは5話にまわすことにしました。
改めて、ここまで読んでくれている方々には感謝しかないです。
次話も宜しければお付き合いいただけたら嬉しいです。