闇市へ
カーテンを開ける音と共に、うざいくらいの眩しい光が瞼を貫いてきた。
寝ぼけ眼で起き上がって、ベッドの上でボーっとしていると、「おぉ、絶好の闇市日和だ」とふざけたことを言う律の声で、朝がきてしまったことを確信した。
「闇市日和ってなんだよ!」
「あ、起きた起きた。おはよ、咲久」
「うぅ、おはよ……」
相変わらず疲れ知らずで元気そうな律とは裏腹に、こんな慣れない環境で、寝ても疲れが取れきれるはずもなく、わたしは身体の重だるさが半端ない。
今日1日のことを考えると、胃も痛くなってくる。
「はやく着替えて咲久、アン姉たちそろそろ来る時間だよ」
「わかってる」
だるい身体を引きずるようにベッドから降りると、昨日買ってもらった服に着替える。
ちなみに、パジャマにしていたのはもともと着てきていたあのバイトのTシャツだ。
汗をよく吸うさらさら生地で、お尻が隠れるくらい丈があるので完全なワンピースパジャマだ。
バイトが嫌すぎて袖を通すのも苦痛だったこの服がまさかこんなに重宝するとは。
ーコンコンコンッ
「律ちゃん咲久ちゃん起きてるかしらー?」
迎えに来たアンリーヌが、ドアの向こうから呼んでいる。
さすが、時間ぴったりだ。
「ほら咲久、行くよ。フード被って」
「わかってるってば」
あたふたとローブを羽織ると、律がわたしの前に立って、後ろに手を回して肩に乗っていたローブのフードを被せてきた。
「だから、自分でちゃんとかぶるってば!……な、なに?顔洗ってないし、なんか着いてる?」
律は、被せたままわたしのフードから手を離そうとしない。
「いや、別に。今日もかわいいなぁと思っただけ」
「なっ……ちょ、は……?!」
「あ、弱そうってことね」
「嫌味か!」
ドアを開けると、アンリーヌがいつもよように上品に笑っていた。
「あなたたち、廊下に声丸聞こえよ。相変わらず仲良しねぇ」
「おはよアン姉」
「おはようです……」
「うふふ、おはよう。さあ、行きましょう!みんな下で待ってるわ」
今日も今日とて、先が思いやられる。
どうか穏便に、事が進みますように……。
アパートの下に降りると、ゴルドとサックとヨナが待っていてくれていた。
「来たか」
「2人とも、準備はできてるよね?早速向かうよー!僕についてきて!」
「サック張り切りすぎ、うざい」
3人とも昨日と何も変わらない様子で、どこか安心する。
「みんな、わざわざありがとう。サック、今日はよろしくね」
「よろしく、頼りにしてる」
「よ、よろしくお願いします‥‥‥!」
律とアンリーヌに続いて、わたしもガバッとサックに頭を下げる。
闇市へ行く途中、朝ごはんに屋台のパンを買ってもらった。
フランスパンに似たそれを食べ歩きながら、サックの案内で闇市へ急ぐ。
「パンが硬い」と文句を言った律に、このパンを愛してやまないサックとゴルドが律にいかにこのパンが素晴らしい栄養食なのかを語っている。
わたしはそんなことどうでもいいので、流れるように3人の輪から離れて、また昨日のようにヨナと2人で彼らの後ろについて歩く形になった。
ーよし、話しかけるぞ。
「おはよう、いい天気だね」とかでいいか。
いや、「おはよう、今日はついてきてくれてありがとね」か?
それとも、「昨日は話せて嬉しかったよ」とか?
‥‥‥なんか重いしキモいなこれは。
「何」
「えっ」
「めっちゃ見てくるけど、何?」
「あっ‥‥‥」
やばい、どう話しかけるか考えていたら、無意識にヨナのことをガン見してしまっていた。
絶対引かれた、とにかくなんとか言わないと。
「えっと……今日の天気の話をしたいなぁと思って」
終わった。
ほんとうに何を言ってるんだわたしは。
天気の話なんて一般的に、1番話題がない時に沈黙を埋めるためにさらっとする話題ラインキング1位なのに、多分。
ほら、ヨナも顔伏せちゃったし絶対怒ってー。
「ふっ……」
「え、笑って……」
「笑ってないけど」
「でも今ー」
「しつこい」
「あっ、すみません……」
意図したわけではないけどずっと無表情のヨナを笑わせられたことが嬉しくて、にやけていたらヨナに思いっきり睨まれた。
「着いたよ!闇市の入り口!」
そうこうしているうちに、着かなければならないけど辿り着きたくなかった、本日の目的地に到着してしまった。
怪しい路地裏の壁に、人がギリギリ通れるくらいの正方形の穴が空いていて、そこに黒い暖簾がかかっている。
その暖簾をめくって、サックが嬉しそうに言った。
「ようこそ、闇市へ!僕が全力でガイドするね」
お読みいただきありがとうございます。
次話、ようやく闇市に入ります。
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