ふたりべや
みんなと別れて、わたしと律はこれから自分たちの家となる部屋の前に立っていた。
お願いだから、ここだけは綺麗であってほしい。
「よし‥‥‥開けるよ、咲久」
「うん‥‥‥!」
律がゆっくりとドアを開ける。
その瞬間、長い間閉め切られていた部屋特有の埃っぽいような、カビ臭いような空気が、部屋から廊下にむわっと溢れ出てきた。
部屋には左右の壁にそれぞれ置かれたシングルベットが2つ、その間に、窓の方向に向けられた小さな机とその椅子が2つだけある。
机の上にはランタンと置き時計がのせてある。
家具はこれだけなのに、部屋が狭すぎてスペースはほとんど余っていない。
「いやあ、期待を裏切らないよねほんと」
ーだからなんでこいつはいつも楽しそうなんだよ!
わたしは諦めて、とりあえず閉め切られていた窓を開けた。
心地よい夜風が部屋を換気してくれているのがわかる。
ガチャンッ。
「わっ?!」
「ああごめんごめん」
急に真っ暗になったかと思ったら、律が部屋のドアを閉めていた。
廊下の明かりが入ってこなくなると、部屋には月明かりが差し込むだけだ。
「ちょっと、暗いって!ランタン‥‥‥これどうやって明かりつけるの律!」
「確かランタンって灯油じゃない?」
「灯油‥‥‥灯油どこ」
「ないんじゃない?」
「‥‥‥」
もういい、どうせ今日は寝るだけだ。
わたしは諦めてベッドに寝転がってみる。
どうやらシーツは替えてくれていたらしく、寝心地が良いとはとてもいえない安そうな生地ではあるけど、洗濯後の良い匂いがした。
「咲久、もう寝るの?」
「だってやることないし、ほらみて時計。もう11時過ぎ」
「おお、ほんとだ。まあそうだね、寝よっか」
隣のベッドから、律が布団に入った音がした。
ふたりきりの部屋は静かで、布団の中で少し動いただけでもよく響く。
ベッドが軋む音、ゴワゴワの布団が擦れる音、時計の針の音‥‥‥。
ーやばい、落ち着かない。眠れない。
野宿の時は風や木々の音があったからまだ良かったけど、流石に静かすぎる。
わたし変な寝言いったりいびきとかかいたらどうしよう‥‥‥律に聞かれたくない。
よし、仕方ない、こうなったら律が寝てから寝よう。
多分15分くらい経っただろうか。
とにかく寝てしまわないように、眠気と格闘して全力で目を開けて待っていた。
律が動く音はしない。
ー寝た‥‥‥かな。確認しよ。
なるべく音が出ないように、そーっとベッドから降りー。
「咲久、どこ行くの」
「うおあっ!えっ、起きてたの?!」
「いや、一応寝てたけど、なんか寝てる間も意識あるんだよね。ほら昨日も言ったけど、寝なくても大丈な体みたいで」
「意識あるなら寝てるとは言わないだろ!」
もういい、律の後に寝るのは無理だ。
ていうかこの先ずっと一緒に寝るのに、いびきや寝言なんて気にしてたら寝れたもんじゃない。
恥なんて捨てないと。
「で、どうしたの?トイレならついてくよ」
「いや違っ‥‥‥大丈夫!ってかトイレだったとしても1人で行くし、ついてこなくていいし!連れションは中学生で卒業だよもう‥‥‥寝る!おやすみ!」
「えっ、ちょっと咲久。1人では危ないでしょ、絶対だめ。さっきのリビングの奴らみたよね?鉢合わせたらどうするの?なにされるか‥‥‥咲久?」
律が何やら隣でギャンギャン行っているのをガン無視して、わたしは寝たふりをした。
目を瞑ったら、疲れがドッと体から脳に伝わって、一気に意識が薄れていく。
ー明日は、平穏な1日になりますように。
叶うはずもない願いを祈ったところで、わたしの意識は完全に途切れた。
***
咲久の寝息がきこえてくると、私はベッドからゆっくりと降りて、彼女の寝顔を確認する。
相変わらず無防備すぎていい加減にしてほしい。
こんななのに1人で部屋の外を出歩こうとするなんてあり得ない、自分の可愛さに自覚が足りていないにも程がある。
でも、無理に毎回ついていって咲久に嫌われるのも辛い。
それなら、私がなんとかしてこのアパートの誰も咲久に手出しさせないようにすればいいんだ。
私は、咲久の眠りが深いことを確認してから、そっと部屋を出た。
お読みいただきありがとうございます。
今回は、最後の少しだけ語りが律になっていました。次話は、最初から律の語りになります。
ちょっとわかりづらいのですが、律の語り一人称は「私」咲久は「わたし」でかいてるので、これどっち?ってなったらそこをみていただけたらと思います!
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価や感想で応援してくださっている方々、本当にありがとうございます。




