ボロアパート
「さあ、着いたわよ!」
10分ほど歩いたあたりで、アンリーヌが立ち止まって建物を指差して言った。
木造4階建ての‥‥‥何というか、正直、かなり趣のある感じのアパートだ。
「想像以上にボロいね。幽霊とか蜘蛛とかネズミとか出そ‥‥‥むぐっー」
相変わらず礼儀知らずな律の口を慌てて塞ぐ。
「いいアパートですね!えっと‥‥‥冒険者が住んでるって感じがします!」
「あはははっ、本当に2人って面白いね。いいんだよ咲久ちゃん、正直にボロいって言ってくれてさ」
「そうだぞ、実際、中も相当ボロいからな!」
サックとゴルドがそう言って笑い飛ばしてくれた。
それにしても、ボロいのは外観だけであってほしかった。
都会生まれ都会育ちで、お金に特別困っていない一般家庭で育ったわたしは、ネズミも蜘蛛も幽霊も、清潔感に欠ける水回りも、埃っぽいベッドもちょっと‥‥‥きつい。
ーいやいや、わがまま言ってられる立場じゃないだろ紺野咲久!
大丈夫、住めば都っていうじゃないか。
きっとすぐ慣れる。
「それじゃあ、早速入りましょうか」
アンリーヌに続いて、防犯の「ぼ」の字もない、扉の付いていない開放的なアパートの入り口をくぐと、大量の靴が脱ぎ散らかされた玄関があった。
小学校にあるような靴箱が置いてあったが、そこに入りきらなかった置き場のない靴たちが散乱しているのだろう。
ーうっ‥‥‥やばい。汚さよりも、匂いの方がきつい。
「律、お願いだから失礼な発言しないでよ」
「それ咲久からいうってことは、咲久が今失礼なこと思ってたってことだよね」
「ーっ、ち、違‥‥‥くはないけど‥‥‥!とにかく気をつけるように!」
「はいはい、わかってるよ」
みんなに聞こえないように、小声で律に釘をさす。
玄関の正面には、大きな窓ガラスのある、フロントのような部屋があった。
窓の前に置かれていたベルを、アンリーヌがチリンチリンと鳴らすと、「あー?」と中から不機嫌そうな声が返ってきて、その数秒後に女性が窓ガラスの向こうにだるそうに顔を出した。
「ああ、アンリーヌたちか。みんな揃って仲良くご帰宅で、微笑ましいことだな」
男性口調に全く違和感がないくらい、かっこいいお姉さんって感じの人だ。
黒いノースリーブがこんなに似合う人は他にいないだろう。
「で、なんだ?まさか、帰宅報告だとか言わないだろうな?そんなくだらないことで多忙を極めているこの私をベルで呼び出したなんて言ったら、お前ら全員アパートから追い出すからな」
「違うわよ、ちゃんとした要件があるわ。咲久ちゃん律ちゃん、こっちにきてちょうだい」
アンリーヌに手招きされて、わたしと律は窓ガラスの前に出る。
「新しくうちのパーティーに入ったの。この2人のお部屋もここに住むことになったから、空いている部屋の鍵を2部屋もらえるかしら?」
「ー‥‥‥待て、新メンバー?お前のパーティーに?メンバー募集なんてしてなかっただろ。どういう風の吹き回しだ?」
「色々あったの。助けてもらったことがきっかけで仲良くなったのよ。ちゃんと全員、正式なメンバーとして認めているわ」
アンリーヌが、「そうよね?」と視線を3人に向けると、ゴルドとサックは大きく頷き、ヨナも面倒くさそうに小さく頷いてくれた。
「なぜフードを被っている。顔がよく見えないな。身分証明証をだせ、冒険者カードでいい。それを見れば所属パーティーも確認できるからな」
ーやばい。
家を借りるのに身分証明できるものが何もないなんて、確かにわたしたちが非常識すぎる。
っていうか、冒険者カードってなんだ?
すぐに作れるものなんだろうか。
「今日2人と出会ったばかりで、まだパーティー登録しに行っていないの。明日中には協会に行って登録してくるから、明日見せるんじゃあダメかしら?」
「‥‥‥まあ、いいだろう。お前に限って変なこと企んでいるなんてことないだろうしな」
「それはもちろんよ。ありがとう、助かるわ」
アンリーヌはこの人からも圧倒的信頼を置かれているらしい。
本当に頭が上がらない。
「あー、けどな、今1人部屋の空きがないんだよ」
ーは‥‥‥?
「相部屋か、2人部屋しかなくてな。どっちがいい?」
えーっと、相部屋って、知らない人と同じ部屋になるってことだよね。
いや、無理無理ってか嫌だ絶対ありえない。
けど、2人部屋で律と同じ部屋っていうのも‥‥‥いや、別に嫌じゃないんだけど、なんか緊張するっていうか‥‥‥意識してしまうとかでは決してないんだけど、ほら、色々揉めたしなんかあれだし気まずいしー。
「それなら、咲久と2人部屋で」
「は?!」
「え、嫌?」
「い、嫌なわけない!ない、けど‥‥‥」
「ないけど何?相部屋がいいの?」
「いや、それは絶対嫌だ」
「じゃあ、もう決まりだね」
「よし、2人部屋だな。ほれ、鍵だ。2階の角部屋だからな〜」
フロントのお姉さんは呆けるわたしの手に鍵を半ば無理やり握らせると、役目は果たしたと言わんばかりにさっさと窓ガラスの向こうへと消えた。
こうしてわたしたちは無事、念願の屋根とベッドのある帰る場所をゲットしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
今回も咲久の語りが相当騒がしくなりました。
心の声を語りにしていると、文章めちゃくちゃだったり言葉が崩れていても許される(と作者は勝手に思っている)ので書いていて楽しいです。
ここまで感想やブックマーク、評価やいいねで応援してくださっている方々、本当にありがとうございます。




