相性
しばらく、賑やかに穏やかに食事が続いた。
次々と運ばれてくるアンリーヌの奢りだというご馳走に、遠慮なくフォークを伸ばして口いっぱいに頬張る。
律は相変わらずのコミュ力で積極的に会話に参加していたが、わたしはそんなみんなの会話に耳を傾けながら「あはは」「へえー」「うんうん」「あー」といった相槌を繰り返しているくらいだ。
そもそもこういう大人数での会話って、いつ言葉を発していいのかわからない。
会話が絶えないから喋り出す隙もないし、間が空いたところで今だと思って言葉を発したら、絶対に他の誰かと声が重なって「あっ、どーぞ!」「いやいや、そっち先にどーぞ!」‥‥‥ってなるのだ。
「さて、親睦も深まったところで、そろそろこれからのことについて話したいのだけれど、いいかしら?」
料理皿を下げに来た店員が部屋を出ていったところで、アンリーヌが全員の顔を見渡して確認する。
「そうだな!まず明日はどうするんだ?」
「ええ、そのことなんだけれど、早速サックに協力して欲しいことがあるの」
サックは、「おっ、最初は僕か!」といって、わざとらしく姿勢を正し、アンリーヌの方に体を向けた。
なんだかこの状況を楽しんでいるように見える。
‥‥‥不安だ。
「サックって、闇市の魔術具売りにツテがあったわよね?」
「あるけど‥‥‥優秀な魔術具売りなら、ここにもいるんだけど」
拗ねている。
とても分かりやすく拗ねている。
「そうね、サックの作る魔術具は最高。質も見た目も最高よ」
「ま、まあね!当然だよね」
今度は照れている。
あまりにもちょろいけど、本当に商売でうまくやっていけてるんだろうか。
「でも今回必要なのは、洗礼の儀に使用する魔術具よ」
「‥‥‥!なるほどね、確かにそれは最優先事項だね」
サックも、後の2人もすぐに察したようだった。
「その魔術具を、サックが作ることはできないの?」
律がそうきくと、ゴルドは爆笑、アンリーヌは困ったように首を振り、ヨナは呆れた表情でため息をついた。
この世界の常識ではかなり見当違いな質問だったみたいだ。
それにしてもわたしは今、律がいつの間にかみんなに対してタメ口になっていることの方が衝撃すぎる。
「洗礼の儀に使う魔術具はこの国にたった2つしかないんだ。とても古い時代の、複雑で特殊な魔法と技術で作られていて、しかも模倣を妨害する魔法も組み込まれていて、今までに何人もの魔術職人が同じものを作ろうとしたけど、似たものすら作れなかったらしい。僕も試したけど‥‥‥流石に無理があったよ」
「そうなんだ、なんかごめん、サック」
「あはは、いいよいいよ!」
「そのくらいの常識も知らないなんて、律と咲久って本当に無知なのね」
ヨナが冷たく言い放った。
律が「今なんて?」と聞き返す。
途端に、空気がガラリと変わった。
ー笑って受け流せばいいものを、律のあほ!
「あああごめんねヨナちゃん!悪気はなくて‥‥‥こ、これからこの世界のこといっぱい勉強するからー」
「ヨナさん、ね。さ、ん。あと、何タメで話してんの。そんな仲良くなった覚えないんだけど」
「あっ、ごめんなさい‥‥‥」
「え、私悪気あったけど」
「律は一旦黙ってて?!」
ヨナなら同い年だしと思って律の真似して思い切ってタメ口にしてみたら、かなり惨めな結果になってしまった。
なんかこう‥‥‥勇気を出して近づこうとしたらグサっとひと突きナイフで刺された気分だ。
っていうか律とヨナ、もしかして相当相性悪いんじゃ‥‥‥。
「おいおい、早速仲間割れか?」
「はい、もう話を戻すわよ!ヨナはあんまり棘のある言い方をしないこと。2人は異世界から来たんだから、この世界のこと知らないのは当然でしょう?律ちゃんも、いちいち喧嘩を買わないこと。咲久ちゃんは‥‥‥えらかったわ。気を落としちゃダメよ」
アンリーヌが仲介に入ってくれて助かったけど、なんかわたしだけ同情されて慰められた気がする。
傷をえぐらないでくれ。
「ええっとそれでさ、元々2つとも神殿で貴族やら王族やら偉い人たちが管理してたんだけど、1つだけ盗み出されたんだよ。それが、今闇市にあるってわけ」
サックが空気を伺いながら、続きの説明をしてくれた。
「えっと‥‥‥それを買うってことですか?」
「流石に高額すぎて買えないから、借りるんだよ。借りるだけでもかなり困難なことなんだけど、そこを僕の伝手と交渉でなんとかならないかってことだよね?アンリーヌ」
「話が早くて助かるわ!」
闇市で交渉なんて、危険な匂いしかしない。
でも、これしか方法がないならサックを信じて覚悟を決めるしかない。
「お願いできるかしら?」
「任せてよ!」
こうして、わたしたちとサックは、明日早速闇市へ向かうことになった。
お読みいただきありがとうございます。
律とヨナの喧嘩は今後もちょくちょく勃発しそうです。
その時は咲久に頑張らせます。
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