再会と転生
従業員専用のドアを開けると、客たちが食事をしている整えられたホールと同じ屋根の下とは思えない、薄汚いバックヤードに出る。
その瞬間、埃っぽい空気と共にさまざまな食べ物の匂いの混じった生暖かい風がもわっと顔面を撫でてくる。
もうこれにも慣れたものだ。
休憩中の先輩に、「お疲れ様です。」と軽く会釈をすると、目も合わせずに「ああ。」と言われた。
この態度にも徐々に慣れてはきたものの、イラっとすることに変わりはない。
「ああそうだ。ちょっと」
呼び止められて内心「うっ‥‥‥。」と思いながらも、この3ヶ月ホールスタッフとして鍛え上げた営業スマイルで対応する。
「はい、なんでしょうか?」
「今日から新しい子入ったから、あんたが色々教えてあげてよ」
「わたしがですか?」
「今日忙しいのに、うちらベテランが新人相手にしてちゃ店回んないでしょ」
バイト初日の子に業務教えるのって、だいたい長く働いてるシフトリーダーや店長じゃないんだろうか。少なくとも、まだ始めて3ヶ月のペーペーに任せる仕事ではないことはわかる。
‥‥‥ってか自分で自分のことベテランっていうか普通。この人確かまだこのバイト初めて半年とか言ってたよな。
色々とツッコミどころ満載だが、ツッコミが許されるのは脳内だけだ。
私は意見できる立場じゃない。
「わかりました」
「うん、はい。よろしく。っていうかどうせすぐ辞める新人に仕事教えるの、ほんと無駄すぎるよね」
ーそれはお前らが原因だろうが!!!
わたしはそんな言葉をグッと飲み込んで、あはははは、と苦笑いで流した。
実際に、わたしの後に計4人、学生アルバイトが入ってきていたのだが、今残っている子は一人もいない。
1人は2回目のシフトから、3人は1ヶ月ほどでこなくなってしまった。こんなバイト辞めて正解だ。
今回もまたいつの間にか消えているパターンだろう。
正直もう、一番下っ端という立場から抜け出したい気持ちはあるけれど、わたしが新人の子にどれだけ優しくしたところで、他諸々の環境がこれでは期待するだけ無駄かもしれない。
さっさと着替えてホールへ出て行くと、店長に新人だという子を紹介された。
「今川律さんだ。紺野さんと同い年だぞ」
その瞬間、わたしの思考も、身体も、ピキッと固まった。
ーイマガワリツ。
わたしが必死に距離を置いていたはずの彼女が、同じ制服を着て目の前にいる。
「咲久!やっぱりここで働いてたんだ」
偶然じゃない?知っててきた?なんで?
部活を辞めて徹底的に距離を置き始めてからの3ヶ月、本当に一度も話していないし、挨拶すらしないような関係まで戻っていたのに。
「なんで、律がここに‥‥‥」
「この通りだよ。私もここで働くことにしたから」
「だから、それがなんでって聞いてんー」
ドンッッ。
視界が揺れた。
強い衝撃と共に、体が上下にガクンと揺れる。
ーえっ、なに‥‥‥??
「地震だ!!」
客の誰かが大声でそう言った。
店内が不安でどよめく。
しかし、大きく上下に揺れた一回だけで、もう次の揺れが来る気配はなかった。
「焦ったなあ?!ドンって、すげー衝撃だったよなあ?!」
店長が興奮気味に、少し面白そうに鼻を膨らませてくる。
今本当にどうでも良いが、店長のこの50代のくせにチャラい大学生みたいな喋り方が嫌いすぎる。
「紺野さん、怪我してないか?」
心配するふりをして身体に触ってこようとする店長の手をするりとかわし、「大丈夫です」と笑っておいた。
そうだ、そんなことより律のことだった。
「律、ちゃんと説明ー」
「咲久!!!!」
律が叫んだ。
ー今度はなんなの。
周りを見ると、皆がわたしの頭上を見て青ざめていた。
「上‥‥‥?」
反射的にわたしも上を見ると、天井についていたはずの蛍光灯がわたしの目と鼻の先にあった。
ーあ、え、まってこれ、死ぬ。
直前、わたしに手を伸ばして駆け寄ろうとしている律の姿が、一瞬だけ見えた。
その後1秒もしないうちに、鈍い音が脳から全身へと響き渡った。
***
眩しい。
目は瞑っているのに、目の中に光が差し込んでくる。
暑い。太陽の光‥‥‥?
「あれ、生きてる。ってか、どこも痛くない」
「咲久!!」
「うわあっ?!」
起き上がって状況を把握しようとしたところで、律が顔を覗き込んできた。
「目、覚ましてよかった!身体は?!」
「大丈夫!大丈夫だから、ちょっと近い!」
咄嗟に目を逸らして後ずさってしまった。
いや、でもだって、あんな風に覗き込まれたら誰だって‥‥‥。
「なら良かった。‥‥‥それでなんだけどさ、咲久。ここ、どこ?」
「え、なにその質問。そんなのファミレス‥‥‥s‥‥‥そ、草原?」
そこは、見渡す限りの美しい草原だった。
2話まで目を運んでくださりありがとうございます。
この小説は完全フィクションですが、咲久のバイト先のバックヤードの描写は作者の元バイト先をモデルに書いてみました。初めて見る飲食店の裏側に衝撃を受けたことが忘れられくて、どうしてもどこかで使ってみたかったので、書けて満足しています。もう絶対に働きたくないです。
次話からは二人の異世界生活が始まります。
次話のサブタイトルは「大喧嘩」です。初っ端から騒がしくて申し訳ないです。
よろしければお付き合いください。