転移者と身分制
「この世界の現状やら身分制やらを説明しつつ話した方がわかりやすいと思うのだけれど、とっても長くなってしまうから、一旦全て飛ばして転移者という存在がどうして召喚されているのか、どういう立場にあるのかっていう答えから、簡潔に言ってしまうわね」
身分制‥‥‥。
アンリーヌの言う、「庶民」だとか「貴族」、「住む世界が違う」と言う言葉にはずっと引っかかっていたけど、やっぱり身分制がはっきりとあってそれぞれの生活が全く違ったりする世界なんだろうか。
それについても気になるけど、今は転移者についてだ。
わたしと律が真っ直ぐにアンリーヌに視線を送ると、彼女は一度大きく息を吸うと、覚悟を決めたように前を向いた。
「転移者は、貴族や王族が、彼ら自身や彼らの領地や国を守るため、広げるために召喚した最終兵器よ」
ー‥‥‥兵器?
戦うってこと?
何と‥‥‥?
「あくまで都市伝説よ。きっと大袈裟に盛られている話だと思うわ。そもそも、領地争いは今も至る所で起きているけれど、他国との戦争は何百年も起きていないから戦争に駆り出されているわけでもないでしょうし、兵器なんて言い方はおかしいもの」
「どうして転移者が兵器として召喚されるんですか?」
混乱で固まっているわたしと、そんなわたしの反応を見て慌てて補足説明をするアンリーヌをよそに、律が冷静に問いかけた。
「これも、信憑性のかけらもない話だと思って聞いてちょうだいね。転移者は、別の世界からこちらの世界に転移させられることによって、なんらかの影響‥‥‥まあ、身体にかかる負荷って言ったほうがしっくりくるわね。それによってこの世界の一般的な一人当たりの持つ魔力量を大きく超える量の魔力量と、強力な魔力を手に入れることができると言われているの」
さっきまで魔法があるなら絶対に使いたい、わたしは魔法の才能があるんだとか思っていたけど、前言撤回だ。
嫌だ無理だ勘弁してくれ。
「さっきも軽く話をしたけれど、召喚魔法を使うには莫大な魔力量と細密な技術が必要で、貴族や王族にしかできない大掛かりな魔法なの。しかも、都市伝説では一人ずつしか召喚できないって聞いていたけれど、あなたたちの場合2人同時だったわけでしょう?何人もの貴族や王族の魔力を、時間をかけてかき集めて、相当の魔力を使って魔法を発動させたはずよ」
「そこまでして転移させておいて、なんで私たち放置されてるんですか?」
確かに律の言う通りだ。
その話が本当なら、すぐにその偉い人たちがきて、ああしろ、こうしろ、言ってくるはず。
「本来なら、転移先はその魔法を発動させた人の目の前のはずなの。それが、なんらかのトラブルか失敗で全く別の場所に飛ばされてしまった、と考えるのが妥当かしら。私が何を言いたいのかわかる?」
「‥‥‥そんなに大掛かりな魔法に失敗して、ミスっちゃった、まあいっかとはならないですよね」
律が答えると、アンリーヌは深刻そうに「そう言うことよ」と頷いて続けた。
「あなたたちを召喚した貴族か王族か‥‥‥とにかく、私のような庶民には関わることも許されていないような人たちが、今頃おそらくあなたたち2人のことを血眼になって捜索しているでしょうね」
冷や汗が流れ、全身にぶわっと鳥肌が立った。
現在進行形で、わたし達は追われているということだ。
「あの、それって捕まったら……」
「まあまず、自由は完全になくなるでしょうね。これは転移者に限らず、貴族や王族ってほとんど自由がないって聞くわ。2人離れ離れにさせられる可能性だって高いわ。行動範囲も貴族街の中だけになるでしょうし…何をさせられて、どんな環境でいるのかは私にも分からないのだけれど」
自由がない…?
律と離れさせられる…?
そんなの絶対に嫌だ。
それにしても、この世界の貴族や王族って一体どんな生活をおくってるんだろう。
貴族や王族ってきいたらお金持ちで、やりたい放題贅沢三昧の人達かと思っていたけど、アンリーヌの言い方から考えるとそうでもないらしい。
貴族街って言葉もあるくらいなら、本当にそのまんまの意味で、自分は庶民だというアンリーヌとは住む世界が違う人達なのだろう。
「その、貴族街っていうのはー」
ーぐううううう
深刻な空気が流れる中、質問を続けようとしていたわたしの隣で、お腹が鳴るマヌケな音がした。
アンリーヌとわたしの視線が、同時に律に向く。
「あ、ごめんごめん」
「…なんでこんな状況でお腹鳴らせるんだよ律は!」
「いやいや、これは生理現象だから。咲久だって静かなテスト中とかによく鳴らして恥ずかしそうにしてたじゃー」
「今わたしの話ししてないから!」
なんで律はこんなに呑気でいられるのか、理解できない。
追われてるんだよ。
見つかったら、捕まったら、どうなるか分からないんだよ。
離れさせられるかもしれないんだよ。
律は上手くやっていけるかもだけど、わたしはこんな知らない世界で、知らない人たちに囲まれて、律なしでやっていくなんて想像するだけで…いや、もう想像すらできない。
「だからさ、見つからなきゃいいんでしょ。」
「そんな簡単に…!」
「見つかっても、私の方が多分強いから逃げられるって。転移者はこの世界の人たちよりも強いってアンリーヌさんも言ってたしね」
どこからくるんだその自信は。
お願いだからもうちょっと危機感をもってほしい。
「うふふふっ、あははっ…ほんとうに面白いわね、あなたたち。良いわ、しばらく面倒みてあげる。この世界のこともあとでゆっくり、少しずつ教えていくわ。まだ気になってること沢山あるでしょう?今はとりあえず食事が先ね」
「えっ、いいんですか?!」
「ええ、なんてったって、命の恩人なんですもの」
アンリーヌは、もしかしたら女神なのかもしれない。
わたしは本気でそう思った。
お読みいただきありがとうございます。
今回はいつもよりも少し長めになりました。
この世界のことや転移者や身分制、書きたい情報量が多すぎて途中で力尽き、ベタですが律の腹の虫の力を借りて一旦中断させました。
ここまで読んで下さっている方々、ブックマークやいいねや評価、感想で応援して下さっている方々、ほんとうにありがとうございます!
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