接触
「いた!あの人だよ!」
わたしが虫に驚いて飛び出す前と全く同じ状況に戻っていた。
女の人がなんとか持ち堪えているが、押されているのが見てわかる。
「じゃあ、助けてくるから咲久はここで待ってて」
「作戦とかは?!」
背中からわたしをおろし、早速飛び込もうと軽く体を伸ばしている律を慌てて引き止める。
さすがの律でも、あんな獣の群れに四方八方から攻撃されたらどうなるのかわからない。
あんなに強そうな人ですら押されているのに。
「大丈夫、すぐ終わらせる」
「いや、ちょっー」
律が聞く耳を持たずに飛び出していった。
グシャ、ゴッ、ガンッ。
鈍い音が、30秒ほど絶え間なく響いた。
やられているのは、獣。
やっているのは、律。
お姉さんをみると、ポカーンと口を開けていた。
やっぱり律の強さはこの世界でも異常なんだ‥‥‥。
「終わったよ」
律は素手で殴っているだけなので、獣から血はほとんど出ていないけど、バラバラに横たわって痙攣している群れはなかなか迫力のある光景だ。
「あ、りがと‥‥‥律ってほんと、すごいね。色んな意味で」
「ところでさ、咲久」
「ー?」
「咲久は、その‥‥‥あの人みたいな見た目の人が好きなの?」
「へ?」
「いや、だから‥‥‥」
「あなたたちー!!」
律の言葉を遮って、女の人が駆け寄ってきた。
「ありがとう!本当に助かったわ!強いのねえ」
「あ、いや、わたしは何もしてない‥‥‥」
「当たり前のことをしたまでですよ。困っている人がいたらお互い様です。ここで出会えたのも何かのご縁だし、これからも仲良くしてくれたら嬉しいな」
ーいや、誰だよ。
忘れてた、こいつ外面はコミュ力お化けの爽やかキラキラ一軍だった。
なんだそのそよ風を纏っているかのような笑顔は。
さっきまで黒いもや纏ってたくせに。
「もちろんよ。そうねえ、まずは名前からね。私はアンリーヌよ、よろしくね」
「私は律で、こっちの私の後ろに隠れてオドオドしてるのが咲久です」
だから一言多いんだよ!
わたしは無言で律を睨む。
「まあ可愛い!」
アンリーヌはそう言ってズカズカとわたしに近づいてきたかと思ったら、唐突に抱きしめてきた。
なんか良い匂いがする。
凹凸が深い体が柔らかい。
脳内が大混乱だ。
というかアンリーヌといい律といい、距離感がバグりすぎている。
パーソナルスペースぶち壊してくるの、本当にいい加減にしてほしい。
「アンリーヌさん、その辺にしてあげてください。咲久は極度の人見知りなので、急に距離詰められると固まっちゃうんですよ。困ったことに」
律が助け舟を出してくれたが、相変わらず嫌味を帯びた言い方をしてくる。
「自分だって初対面から距離感バグってただろ!」と突っ込みたいところだけど、アンリーヌがいる手前そんなふうに怒鳴れない。
「あらあ、ごめんなさいね、つい」
ようやく解放してくれた。
「あはは‥‥‥だっ、大丈夫です」
アンリーヌの胸から、ぷはあ!とか顔を出したわたしは、お得意の愛想笑いを浮かべる。
「咲久ちゃん、小柄で色白でとっても可愛かったから。細く見えたけど、抱きしめたらやっぱり女の子ねえ、柔らかくて気持ちよかったわあ」
ー?!
もしかしてこの人やばい人だったのでは‥‥‥。
「り、律、律!このアンリーヌさんってー」
律の爽やかスマイルがピクピクと痙攣して、形が崩れそうになっていた。
キラキラオーラが、例の黒いもやへと濁り始めていた。
「あはは、そうですよ。咲久はこう見えて食べるの大好きなので、触ったら柔らかくて、しかもスベスベなんですよ」
「ー!!」
お前まで何言ってるんだよ?!
ってかそんなに触ったことないだろ!
えっ、ちょっと待って、わたしってそんなに柔らかい方なの‥‥‥?
体重はキープするようにして気をつけてきてたけど、もうちょっと痩せよう‥‥‥って、そんなことよりも!
「律!何言ってんの!これ以上バカなこと言ったらほんとに怒るから!」
律の頭を引っ叩いて、アンリーヌに聞こえないように小声で言う。
「うふふ、2人は仲良しなのねえ」
「ええ、そうですね」
ーどこがだよ!
「サクちゃん、本当にごめんなさいね。私、可愛い子には目がなくて。リツちゃんの方は美人さんねえ」
「あはは、そうですね。よく言われます」
‥‥‥今の返しは陽キャにしかできない。
律、恐るべし。
「それで、聞いていいのかわからないのだけれど」
「なんでも聞いてもらって良いですよ」
「は、はい、なんでしょうか‥‥‥?」
アンリーヌは、一息置いて真剣な表情で尋ねてきた。
「2人は‥‥‥特に、リツちゃん。あなたたちは、一体何者なの?」
お読みいただきありがとうございます。
新キャラはセクシーお姉さんです。異世界で、まだ高校生で色々なところが未熟だったり不器用な主人公たちを助けてくれるのは、やっぱり人生経験が異様に豊富そうなセクシーお姉さんじゃないとなっていう作者のイメージと好みでアンリーヌが出来上がりました。
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