最悪の展開
1人でいる不安を解消するために妄想モードに突入していたわたしの意識が、確かに聞こえた人間の声で一気に現実に引き戻された。
ーようやく、この世界の人間に会える!!
声がしたのは律が歩いて行ったのとは逆方向の茂みだ。
ということは、今律が探しているだろう音の発生元は、今聞こえた声の女の人ではない。
律にはこの場所を動くなと言われたけど、今彼女に声をかけないと律を待っている間に遠くへ言ってしまうかもしれない。
折角人間に会えるチャンスなのに、ここで逃すのだけは嫌だ。
ささっと行ってその彼女に声をかけて事情を話して、すぐにこの場所に戻ってくれば問題ないだろう。
「よし、行っちゃおう。わたしも少しは役に立たないとだし」
わたしは急いで、声のした茂みへと入っていく。
そういえば、なんて声をかけてどう事情を説明すればいいんだろう。
「すみません、紺野咲久と言います。昨日バイト中に地震が起きて、蛍光灯の下敷きになって死んだと思ったら知らない場所にいました。というわけで、宿と食料がどこにあるのか教えていただけたら嬉しいです」
ーいやいや、これはない。
普通に変人だと思われる。
こんな経験する前までの私だったら、突然話しかけられてそんなこと言われたら「何この痛い人、大丈夫かな」って思うもん絶対。
いや、でもこの世界では転移が当たり前に起こっているとしたら、そのまますぐ納得して、今後どうすれば良いのかとかも教えてもらえる可能性もある。
お願いだから後者であって欲しい。
キョロキョロと人影を探しつつ、思考を巡らせる。
「全く、仕方ないわね。楽しいじゃれ合いの時間にしましょうか」
ー?!
すごく近くで声がした。
さっきの女の人の声だ。
それにしても、17年間生きてきて一度も使ったことのない台詞だったな‥‥‥。
言葉遣いはともかく、ペットの世話でもしているんだろうか。
平和的な人なら大当たりだ!
希望が見えて、脳内で話しかける際のシュミレーションをしながら声がした方へと走る。
ー見えた!
大きな木に、女の人が背中をつけて立っている。
よし、話しかけないと‥‥‥。
シュミレーション通りに、落ち着いて、自然にいくんだ。
人見知りとかコミュ障とか、今は言っている場合じゃない。
大きく深呼吸して、覚悟を決める。
「あ、あのー」
「ガウルルルルルル」
ーええええ?!
女の人に近づこうと一歩足を踏み出したわたしは、すぐさま足を引くと木の後ろに隠れた。
彼女の周りを、狼のような獣が何体も群れになって囲っていたのだ。
女の人ばかりに気を取られて、気が付かなかった。
ただえさえ緊張で高まっていた鼓動が、とんでもない速度で稼働する。
とりあえず、物音を立てないよう手で自分の口元を塞ぎつつ、しゃがみ込んで身を小さくする。
ーどうしよう‥‥‥。
ここで身を潜めていたら、あの獣の群れはいずれ移動する‥‥‥と思う。
けど、あの女の人はどうなる?
完全に群れに囲まれて、逃げ場を失っている。
木に背中をピッタリとつけていたのは、追い詰められていたんだ。
いや、そういえばさっきじゃれ合うとか言ってたような。
‥‥‥ってことはあれは彼女のペットでー
「ガアウウウウ!!!」
「まとめてかかってきなさい!一匹残らず挽肉にしてあげるわ!」
ーうん、違ったっぽい。
最悪の展開だ。
状況を確認するため、恐る恐る隠れている木から顔を出してみる。
女の人が短剣2本と見事な身のこなしで獣たちに対抗している。
けど、明らかに彼女が押されている。
1番良いのは、律を呼んできて律に助けに入ってもらうことだろうけど、ここを動いたら茂みを踏む音で気づかれるかもしれない。
だからと言ってわたしが助けに入ったところで、あの狼もどきたちの餌が2つに増えるだけだ。
いや、でもあのお姉さんが戦っているところを見るに、多分一匹一匹はそれほど強くなさそうだ。
よくみたら、数の多さに押されているだけのように見える。
つまり、女の人の周りを囲って絶え間なく攻撃している狼の群れの数を、少しでも減らせば良いのだ。
なら、何もあの場に助けに入らなくても、わたしがあの群れの気をひいて、数匹わたしの方に来るよう誘導すれば、あの女の人は勝てるだろう。
それでわたしは気を引いた数匹から全力疾走で逃げて、律のもとまで死ぬ気で走って戻る。
そのあとは律に助けてもらって終了だ。
要するに、おとり作戦である。
お読みいただきありがとうございます。
投稿を始めて1ヶ月、ようやくふたり以外の人間を登場させることができました。
これから続々と新キャラが登場していく予定なのですが、キャラの名前が決められません。。
主人公の咲久と律も、名前決めるのに3ヶ月かかりました。候補となる名前をたくさん挙げていたので、3ヶ月で難しい漢字や珍しい漢字を大量に習得しました。
ここまでブックマークや感想、いいねや評価で応援してくださっている方々、本当にありがとうございます!




