キャパオーバー
目を開けて飛び込んできた、あまりにもゼロ距離な律の綺麗すぎる顔に、わたしは慌てて再び目を閉じる。
離れる気配のない唇。
律の長いまつ毛が、わたしのまつげに当たって、くすぐったくてピクッとなった。
律はわたしの顔をおさえているわけではないから、わたしが少しでも後ろに下がれば、抵抗すれば、すぐに終わる。
でも、なぜかわたしはそれができなかった。
きっとあれだ、突然キスされて、衝撃すぎて判断力が‥‥‥いや、びっくりしすぎてフリーズしちゃってるんだ体が。
ーち、ちょっと待って、これっていつ息するの。
吸うのはいいけど、口からは吐けないし、鼻から吐いたら鼻息が律の顔に全部かかるからなんか恥ずかしい。
ど、どうしよ、息できない、律の呼吸音全然聞こえないんだけど、いつ息吸っていつはいてるんだ。
ダメだ、息止めてたらどんどん苦しくなってきた。
こんな状態で呼吸再開したらめっちゃ荒い鼻息でちゃう、無理無理そんなの恥ずかしすぎる、絶対離れるまで呼吸しちゃだめだ、絶対!
でも、そろそろ限界ー
ーぐわん、。
視界が揺れた。
唇が離れる。
とさっ、と、体操座りの状態から、後ろに仰向けに倒れた。
「はあ、はあっ、はっ‥‥‥」
やっとまともに呼吸ができた。
わたしは真っ赤な顔で繰り返し大きく息を吐く。
頭が混乱していて、何が起こったのかわからない。
こんなに頭がふわふわしていて、頬が熱いのは、きっと酸欠のせいだ。
「ー咲久、大丈夫?」
「‥‥‥だ、大丈夫なわけ‥‥‥何してっ‥‥‥なんで、き、きすー」
「咲久が私の言うこと聞かないから。こうしたら、反抗しないで聞いてくれるかなと思って」
「なっ、は?!理由になってないだろ!」
ばか律は、なんでキスしたのにこんなに落ち着いてるんだよ?!
ああそうか、この人たらし女たらし野郎は、キスなんて今まで何回もやったことあるのか。
元々日本にいた時から女の子にモテてたし、女の子同士のキスなんて普通にやってたんじゃないの。
じゃなきゃこんな落ち着いてるわけない。
‥‥‥わたしはファーストキスだったのに。
「ばかばか律のばかあほ!」
「ちょ、咲久何、痛い」
「うるさい!」
わたしは仰向けのまま、足をバタバタさせて律に蹴りを入れる。
どうにもできない、自分でもなんなのかわからない、いろんな感情が混じり合った何かがぶわっと込み上げてきて、なんだかとにかく不満だった。
「何怒ってんの、とにかく一旦じっとして」
あっさり律に足を抑えられ、今度は拳でポコポコしてみたものの、すぐに腕も抑えられてしまった。
律がわたしの上に馬乗りになるような体制で、わたしを見下ろしてくる。
「ひ、人の上に乗るな!」
「咲久が急に暴れ出すから」
「だってそれは律が‥‥‥」
「嫌だった?」
律の声色が、少しだけ震えているような気がした。
緊張のこもった声だった。
律の目が、すがるような、子犬のような目に見えたのは、わたしの先入観のせいかもしれない。
それでも、わたしはどこまでもちょろい。
「い、いやだったとは、誰も言ってないだろ」
「ー!嫌じゃなかったの?」
「‥‥‥うん、まあ」
「じゃあ嬉しかった?もっとしたい?」
「調子に乗るな!」
再び近づいてくる律の顔を、両手でわしっと掴むと、律の顔の熱が手に伝わってきた。
長い綺麗な黒髪がサラッと揺れると、髪に隠れていた真っ赤に染まった耳が見えた。
「律、もしかしてめっちゃドキドキしてた?」
「咲久ほどじゃないけどね」
「なっ‥‥‥ああもう、いいよそれで」
「ちゃんと反省した?」
「どこに反省する要素あったんだよ。でも、隠し事しててごめんなさい。‥‥‥はい、今度こそちゃんと謝ったからね、これでいいだろっ」
律は、少し考える素振りを見せてから言った。
「まあ、言いたいことはまだあるけど、これ以上は咲久がキャパオーバーになりそうだし、今日はもう寝ようか」
キャパなんて、もうとっくに、なんなら午前中の時点で超えているが。
とにかくようやく眠れる。
「おやすみ、咲久」
「‥‥‥おやすみ」
当たり前のようにそのまま律のベッドで一緒に寝ていることに気が付ず、なんの疑問も抱かないくらいには、わたしはその日のキャパを超えていた。
お読みくださりありがとうございます!
今年最後の投稿になります。
良いお年をー!です!
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価やコメントをくださっていた方々、本当にありがとうございます!来年もまだまだ続きます!よろしくお願いいたします。




