ふたりきり
その後は、世間話をしたり冗談を言い合ったり、サックがゴルドをいじってまた2人が喧嘩し始めたり、それをヨナがうざがったり‥‥‥そんなこんなで楽しく飲み会が終わった。
「とりあえず目立つのを避けること、咲久ちゃんと律ちゃんに魔術の使い方や戦い方を習得させることの2つが今すべきことね」
アンリーヌの提案で、明日は特に依頼は受けず、森へ出て、魔術の練習をしようということになった。
依頼を受けなければもちろん報酬は入らないけど、わたしと律のいる「かたわれの永遠」が昨日の件で貴族にマークされているとしたら、パーティーで依頼を受けたらまずい。
ギルドの情報は貴族が把握しているので、どこでなにをしているのかが、貴族側に筒抜けになってしまう。
また監視されるか、あるいは最悪、連れていかれる可能性もあるかもしれない、というアンリーヌの言葉に、わたしは背筋を凍らせた。
とりあえず状況がわかるまでは、依頼は受けず、ギルドへも近づかず、目立たないことと自己防衛の力を身につけることを目標にやっていこう、ということで話は落ち着いた。
店を出たら、サックとゴルドは仕事が溜まっているからと、それぞれ仕事へ向かい、女性組は以前も行ったお風呂へ入りに行った。
その間、黒いもやは出ていなかったものの、律の表情や態度はずーっとあの調子で怒りが伝わってきて、わたしはこの後律と部屋で2人になるんだと考えたら気が休まらなかった。
なんとかして2人きりになる前に、皆んなと一緒にいる間に律の機嫌を直そうと試みたものの、何を言っても不気味な笑顔で、「怒ってないよ」で返される。
そうこうしているうちに、アパートに着いてしまった。
「それじゃあまた明日ね、咲久ちゃん律ちゃん。また朝部屋まで迎えにいくわね」
「あっ、ちょっと待っ‥‥‥」
「おやすみ。その女ずっと笑顔キモいからなんとかしといてよ」
「こらヨナ!律ちゃんは今自分の心のモヤモヤと葛藤しているのよ」
「‥‥‥おやすみ、2人とも。さ、行こう、咲久」
「あ、いやっ‥‥‥」
「いや?」
「い、いい嫌じゃないですごめんなさい」
面白そうに笑いを堪えるアンリーヌと、同情のこもった目で見てくるヨナに手を振られ、わたしと律はわたしたちの2人部屋へ入った。
シーンと、部屋の中が静まり返る。
ー無理無理耐えられないこの空気!
「な、なんかあれだね、今日は月が近いね!月明かりで部屋の中明るい気がする昨日より!」
「‥‥‥そう?」
「あー、えー、今日は疲れたね!」
「‥‥‥そうだね」
「‥‥‥だから、その、寝よっか!」
ーもうむり寝る!
流石に疲れた、これ以上気を遣って機嫌とって、なんてやってられるか!
大体謝っても許してくれないし、なんですぐレミのことを伝えなかったのか、理由だってちゃんと説明したのに、いつまで根に持ってるんだよ律の分からず屋!
わたしだって不安で不安でしょうがなくて、すぐ誰かに‥‥‥律に伝えたかったに決まってるのに!
でも律がそんなだから伝えられなかったんじゃんか!
徐々に、機嫌の悪い律に対する恐怖よりも、怒りが勝ってきた。
わたしはドスドスと律の横を通り過ぎて、そのまま自分のベッドへダイブー
「そうじゃないでしょ」
絶対に眠ってやる、と布団を目掛けて飛び込もうとしていた体が、律のひと声でびきっと固まる。
動け、わたしの体。
寝てやる、もう絶対寝てやる。律なんて、私の気苦労も知らないで。
今日だって、皆んな楽しい雰囲気なのに律がずっとそんなだから、わたしがどれだけフォローしたことか。
「話があるって言ったよね」
「だから、もう隠してることはないってば!もう隠し事もしない!それでいいでしょ!レミの件は、伝えてなくて本当にごめんって言ってるだろ!」
「‥‥‥レミの件に関してのごめんは、今初めて聞いたけどね」
「は?!何言って、ちゃんと謝っ‥‥‥た?」
あれ、そういえば、謝ってない?
律になんて言ったっけ‥‥‥「怒らないって約束したのに」って言ったり、言えなかった理由を話したり、それからー。
「言い訳しか聞いてないんだけど」
「うっ‥‥‥」
わたしはダラダラ汗を流しながら、律の方を振り向けず自分のベッドを見つめる。
ーああ、後一歩でベッドなのに。
もうずっと気が休まらない‥‥‥寝てる時ぐらいしか。
「咲久、今回の件以外でも話がある。私のベッドに正座して」
「は?!正座?!」
「早く」
なんなんだこいつほんとにめんどくさいな!
いや確かにわたしも悪いよ?!悪いけど!だからってそこまでさせる?!
わたしは不満に思いながら律のベッドへ向かう。
結局律に逆らえない自分に、一番腹が立つ。
気持ちばかりの抵抗で、わたしは正座をしないでベッドの上に体操座りした。
「正座って言ったよね」
「ぜっっったいにしない!」
「分かった、もういい」
律がわたしの正面に座り、両手をわたしが座っている場所の両側に置いた。
わたしの左右の逃げ道を塞ぐように。
そのまま、律が顔を近づけてくる。
ーああ分かった。
もうその手には乗らない。
またキスしようとするふりして、わたしが慌てて折れるのを待ってるんでしょ。
前回はそれで本当にキスされると思って、咄嗟に「分かったから!」って言って折れちゃったけど、同じ手には騙されないんだかー
‥‥‥ふにっ。
唇に、驚くほど柔らかいものが当たった。
目の前にいるのは、目を瞑ったまま平然としている律だった。
お読みくださりありがとうございます!
やっと2人きりになれました。
改めて、ここまでブックマークやいいね、評価やコメントをくださっている方々、本当にありがとうございます!




