離れさせない
今回は律による語りになっています。
「咲久、寝た?」
私は、寝息を立てている咲久のほっぺをツンツンとつつくと、小声で確認した。
返事はない。
暗闇にも目が慣れてきていて、小さく口を動かしながら眠っている咲久の顔が見えた。
ーなんて可愛い生き物なんだろう。
私は咲久が好きだ。
これはきっと恋愛感情だ。
出会ったばかりの頃は、席が近かったという理由でなんとなく仲良くしていた。
コミュニケーション能力には自信があったので、私から積極的に話しかけていた。
第一印象は、穏やかでお人好しで、ふわふわとした雰囲気の女の子って感じだったと思う。
誰に何を言われても、笑顔で受け答えをしている、若干八方美人なところのある子。
けれど、咲久の印象は一緒にいるうちにどんどん変わっていった。
外面は穏やかだけど、中身は意外と粗暴。
その場では笑顔を振りまいていても、脳内では「は?!なんでわたしがやらないといけないんだよ!」「ふざけんなー!」「まじくそ」とか思ってたりする。
けど心があまりにも弱いので、人に嫌われたり言い合いになるのが怖くて、頼み事は断れないし相手の意見を否定することも絶対にできない。
そんな咲久が私にだけみせてくれる一面に、私は夢中になった。
みんなには見せない表情。
怒ったり、みんなに振りまいているような作り笑いではない本当の笑顔だったり、拗ねたり、落ち込んだり。
私にだけ愚痴を話してくれたり相談してくれるのなんてたまらなかった。
距離が縮まれば縮まるほど、ガードの硬い咲久が新しい一面を見せてくれて、いつしか私はそんな咲久に引き込まれていった。
どんな咲久も愛おしく思えてきて、それと同時に、この複雑で繊細な生き物を私が守らないと、とも思った。
咲久は時折、私に憧れるような、尊敬するようなキラキラとした視線を向けてくることがある。
その目を見るともしかして両思いなのではと勘違いしてしまいそうになるが、きっと咲久のそれは友人としての「好き」なのだろうなと思いむず痒い気持ちになりながらも、咲久に好かれてるんだと思えて嬉しかった。
でも咲久が好きな私はきっと、誰に対してもサバサバしていて、交友関係が浅く広い、明るく楽観的な私。
‥‥‥転移前までは本当にそうだったのだ。
自分で言うのもなんだけど、いつもムードメーカのような立場に自分は立っていたと思う。
ずっとそんなキャラでやってきたし、私自身自分はそういう性格なのだと思っていた。
でも、咲久を好きになると、咲久に対してだけ感じる自分の中の新しい感情や性格を知った。
サバサバなんてしていない。
咲久のことをもっと知りたい。
浅く広くなんて有り得ない。
咲久ともっと関係が深まればそれでいい。
明るく楽観的?それも違う。
嫉妬深くて、重い。
私はどうやら、好きな人に対してはかなり独占欲の強い、若干危ない人だったらしい。
でも、こんなことが咲久に知られたら嫌われてしまうかもしれない。
咲久が尊敬している今川律は、そんな私ではない。
断れない咲久は、この気持ちを伝えたらおそらく受け入れようとしてくれるだろう。
ただ、きっとすごく戸惑うだろうし、真逆とも言える私の一面にどこか失望するかもしれない。
咲久を守りたいと思っているのに、咲久のことが好きなのに、彼女のことを困らせてどうする。
大丈夫、時間はある。
これから少しずつ距離を縮めていって、さりげなく咲久が照れたりドキッとするようなことを言ってみたり行動をして、咲久が私のことを好きになってくれるように‥‥‥いやまずは意識してくれるように努力しよう。
それで、私のことを恋愛的な意味で好きになってくれたと確信したら告白すれば良い。
正直、私は対人関係においてはかなりの自信があった。
ーしかし、今回ばかりは上手くいかなかった。
クラス分けで離れて、極端に接点が減ったと思った矢先、咲久が部活から姿を消した。
「退部した」と聞いた時は、頭をトンカチでガツンと叩かれたような衝撃が走った。
しかも、話しかけようにもあからさまに避けられている。
なんでだ。
ーそういえば、私、咲久からのいろんな誘いを何回断った?
でもそれは、崩壊寸前のバドミントン部のみんなを仲介してなだめる役回りにいつの間にか立たされていた咲久の負担を少しでも減らそうと、せめて私のクラスのメンバーだけでも私がまとめようと思って‥‥‥。
いや、違う。
もちろんそれが一番の理由だったけど、咲久からのラリーや勉強会の誘いを断った時、「嫉妬してくれるかも」なんて馬鹿なことを考えている自分が確かにいた。
思い上がりすぎていた。
私は、自分が思っているよりも器用なんかじゃなかったのだ。
まるで最初から他人だったかのように、咲久と言葉を交わさなくなっていく。
このままでは咲久との関係が自然消滅してしまう。
多少強引にでも、咲久との接点を作らなければ。
こうして私は、咲久のバイト先を彼女の友達から聞き出すと、すぐに動いたのだった。
その後、あの事件が起こってしまった。
咲久を助けられなかった。
私のせいだと思った。
私が、もっと近くにいれば。
私が、もっと速く走れれば。
私が咲久を守らないといけなかったのに。
頭の中が真っ白になって、気がついたら視界が薄くなっていった。
目が覚めた時、理解できない状況に対する混乱よりも、隣で息をして眠っている咲久をみた安堵感の方がはるかに大きかった。
そして、強く誓った。
もう絶対に、咲久を私の側から離れさせない。
多少咲久に引かれてでも、強引にでも、咲久を守る。
私に与えられたチート能力は、咲久を守るために与えられたものなのでは、とすら思える。
いや、間違いなく絶対そうだ。
明日も頑張らないと。
食料を確保しないと咲久の体が持たない。
私は、眠っている咲久の頭を優しく撫でて言った。
「好きだよ、咲久。もう絶対、私の側からいなくなっちゃだめだからね」
お読みいただきありがとうございました。
今回、初めて律による語りで書かせていただきました。一応、咲久の一人称は「わたし」で、律の一人称は「私」にして、どっちの台詞か分かりやすいように漢字とひらがなという形で分けているんですけど、読み方は同じなので結局わかりずらいかなあとも思ったり、、。どっちかの一人称を「うち」とか名前呼びにすることも考えてみたんですけど、なんか自分の中のキャラ設定にしっくりこなくて辞めました。この先も分かりずらいかもですが「わたし」と「私」でいかせていただきたいと思います!
改めて、ここまで読んでくれている方々ありがとうございます。投稿頻度遅めでマイペースに書いているのにお付き合いしてくれていることに感謝しかないです。これからも、四日置きくらいに思い立った時に覗いていってくれたら嬉しいです!




