親友が他人になるまで
『バイト やめたい つらい』
『バイト 行きたくない どうする』
『学校 楽しくない』
電車に乗り、着くまでやることがなくぼんやりしていると、スマホを持つ手が無意識にそんなことを打ち込んで検索していた。
いくつかの記事が出てきたが、どれも既読を示す色に変わっている。
この半年間で、この手の記事は読み尽くした自信がある。
検索したところで答えなんて出てこないと、もうわかっているはずなのに。
「あー、あと一駅で着いちゃう。えーっと、今日は8時間勤務か。うわ、店長いる日だ。え、あの先輩もいるじゃん。日曜だし客も多いよなあ」
シフト表を確認しながら、自分にしか聞こえない声量で項垂れる。
ーもう、嫌だなあ。
***
半年前、部活を辞めた。
女子バトミントン部は、大人数ではあったが人間関係も良好で、ゆるく楽しく活動していた。
わたしは入学式で仲良くなった子に誘われ、未経験者として高校からバドミントンを始めることになったという感じだ。
「これでもし2年でクラスが離れたとしても部活で会えるし、部活がない日が一緒ってことは二人で遊びに行き放題じゃん!ずっと一緒にいれるな、咲久!」
彼女は、そういう普通なら恥ずかしくて言えないようなことをポンポン言ってくる。
まだ知り合って一ヶ月も経っていなかったのに、まるでずっと前からの親友かのようにそう言って笑ってくれた彼女に、極度の人見知りで新生活に不安を抱えていたわたしは、最初はその言葉に救われたのを覚えている。
けれど、どんどん彼女のストレートな言葉に、わたしの調子が狂わされていった。
自分が彼女のことを恋愛対象として好きかもしれないと気がつき始めたのは、出会って半年が経った高1の秋頃だ。
なにしろ、今まで好きな人の1人もできたことがなかったので、友達としての好きと恋愛対象としての好きの違いがわからなかったのだ。
それに、相手は女子で私も女子だったのだから尚のこと。
好きかもしれない、という自覚が芽生え始めると、わたしはその思いを必死に否定する理由を考えた。
きっとあれだ、彼女はボーイッシュだから脳が何か勘違いをしているんだ。
いつも照れくさいことをどストレートに言ってくるから、混乱しているだけで‥‥‥混乱してるってのは照れているわけではなくて、つまりだからこれは脳の錯覚で‥‥‥!!
そんなこんなでいつも脳内がはちゃめちゃ状態だった。
もともと考えすぎでお豆腐メンタルな自分の体質を自覚していたわたしは、彼女を好きにならないことが精神的な自衛だと思った。
こんな可能性のない恋、好きになったらつらいだけだ。恋愛感情を認めたら負けだ。
しかも相手は人気者で、自分以外にも沢山友達がいる。
もう既に、他の子と楽しそうに話している彼女をみると、もやっとした嫌な感情が浮かんでくるようになっていた。
その時は絶対に認めまいとしていたけれど、その感情はきっと、「嫉妬」だったと思う。
高1の間はまだ良かった。
授業中、休み時間に部活動、そして部活後や休日など、周りの誰から見ても彼女と一緒にいる時間が一番長いのはわたしで、彼女といる時はわたしも嫌な感情を感じずにすんでいた。
でも、高2で彼女とクラスが別れてからがつらかった。
話す機会は減り、社交的な彼女はすぐに新しい友達を作った。
トイレで、移動教室中に、合同授業の時に、様々な場面で彼女を見かけ、自分の知らない友人と楽しそうに話しているところを見ては、あの嫌な感情が溢れてきた。
部活動でも、私も彼女も自然と同じクラスの部活仲間と一緒にいることが多くなり、接点が少なくなっていった。
「次のラリー組まない?」
「あーごめん咲久。同クラの子と約束しちゃってて」
ーズキッ
「方向同じだし、久々に一緒に帰る?」
「このあと同クラの部活のメンバーでご飯行くことになってるから、また今度!ごめん!」
ーズキズキッ
「今週末空いてる?勉強つき合って欲しくて」
「まじごめん、今週はー」
ーズキズキズキッ
普段自分から誰か誘うことなんてしない。
断られるのが怖いし、自分から誘うのはなんだか照れ臭いという謎の意地だ。
それでも誘ったのは、彼女との時間をどうしても作りたかったからだったんだと思う。
これは友達として誘うだけだ。いつも通りに、普通にさらっと‥‥‥。
なんて脳内でぶつぶつ言いながら、わたしなりに勇気を出して頑張って誘っていた。
それが3回連続で断られたのだから、「あ、おっけー」なんて平然を装いながら、とんでもないくらい凹んでいたし引きずっていた。
ーわたし、彼女と関わりがある限りずっとこんなに辛いのか?変な感情にずーっと付きまとわれてれて、学校も部活も全く楽しめない。
既に廊下ですれ違った時や部活で顔を合わせた時に挨拶をするだけの関係になっている。
もうこんなの、友達ですらなく知り合いの領域だ。
ここでさらに関わりを減らせば、簡単に知り合う前の「他人」の状態にまで関係を戻せるだろう。
そしたらもう、こんな思いしなくて済む。
わたしはそんなことをぐるぐると考えていた。
そんな中、心が完全にへし折られる出来事が起こってしまった。
すれ違って挨拶をしたのに、彼女はわたしを無視したのだ。
他の友達と話していたから、聞こえていなかったのかもしれない。
今思えば、目も合わなかったしわたしの声も大きくなかったので、賑やかな休み時間の廊下で声がかき消され、彼女に声は届かずわたしに気づかなかったのだと思う。
でも、その時の私は疲れ果てていて、いつも以上にガラスハート状態になっていたため、心がやられるには十分すぎた。
その日のうちに、わたしは退部届を提出した。
彼女との接点は、廊下や校内ですれ違う時や合同授業の時のみになったが、その時はクラスの友達と夢中になって話して、彼女の方を見ないように、気づいてないふりをするようにしていた。
こうしているうちに、私と彼女の関係は徐々に全く言葉を交わさない「他人」に戻った。
***
部活をやめてから3ヶ月が経った今では、私はアルバイトざんまいだ。
急に自由な時間が増えたせいで、また色々とモヤモヤ考えてしまい、気を紛らわすためにバイトを始めた。
忙しすぎて、何も考える余裕がないくらい大変な職場が良かった。
こうして、年中「アルバイト急募!」という貼り紙が貼ってあるファミレスを選んだ。
案の上ブラックだし、店長はセクハラぎりぎり、先輩は怖いし仕事量も多く、そのうえ安時給。
正直もう辞めたい。
でも確実に、彼女のことを考える時間は減ってきている。
「順調順調。結果オーライか。」
わたしは頷くと、バイト先の看板を見上げ、無理やり気合を入れ直した。
「よし、今日も頑張ろ。」
ここまで読んで下さりありがとうございます。
ここでは、作者の好み全開の百合小説を、好き放題書かせていただきます。
もし気に入っていただけたなら、この先もお付き合いしていただけたら嬉しいです。