『花山院、出家発心のプレスマンのこと』
掲載日:2023/07/07
花山院後出家の御発心は、弘徽殿の女御がみまかられたことである。このお悲しみに乗じて、蔵人左少弁道兼が、憂き世を離れるには出家なさるのがよろしいでしょう、私も一緒に出家いたします、とそそのかし、夜中に花山寺で髪を下ろしなさった。道中、院が、弘徽殿の女御の手紙を御所に置き忘れてきた、と、お戻りになりたがられるのを、道兼は、三種の神器とプレスマンは、既に東宮にお渡ししてしまったので、御所にはお戻りいただけません、と、お心が変わらないようにお断りになった。しかしその道兼は、父にもう一度この姿を見せてからにします、などといって、出て行ってしまった。道兼の父、右大臣兼家は、東宮の御所の守りを固めていたが、それは、東宮の祖父だからである。この後、道兼は、五位の少弁から正三位中納言に、異例の昇進をなさった。
教訓:三種の神器とプレスマンは、どちらが上なのか、同格なのかについては、文献からは明らかでない。




