才能のない者がグラウンドを使うな
人間とは不平等である。
競争をさせれば、当然のように優劣が出る。そして、適正も現れる。
好き嫌いの個人の感情など、無関係。生まれ育った環境でようやく、自分の素質に気付き。生まれた時点で決められた者がほとんどである。
酷く言えば、努力なんて勘違いを自信として前向きにしているだけなのだ。
「才能のない選手にグラウンドを使うなんて勿体ない!」
スポーツの世界は残酷だ。
競技によって、席が決まっている。
そこで挫折する者がいる。分かり切っている事を知る。
いずれ勝ち続けても、まだ若き自分には遠いようで近い衰えと共に。自分を知って、挑戦する才能がやってくる事もある。
そんな最後の最後のところまで、行ける人生としたら輝いて困難で素晴らしいモノであろう。
「お前等は雑用をしているといい!」
それでも好きだから。という言葉はプロの世界では通用しない。
野球も大変だ。好きでいるのは大変だな。
強豪校にいる一人の選手(ベンチ外)は諦める。誰も覚えていないのなら諦めればいい。
でも、野球は好きだ。だから、この立場なりに関わりたいと思っての勉強はしていた。
◇ ◇
ギコォッ ギコォッ
”怪物”
入団時点からそう揶揄されるだけの規格外の才能・体格。その彼を持ってしても、現在の”プロの頂点”にはなっていない。
「フーッ……フーッ!」
鷹田花王。
高卒プロ5年目にして、43本の本塁打を記録し、リーグの本塁打王を獲得した若きスラッガー。現役の中では、最高のパワーを持つ打者であり、芯を外す変化球を強引にスタンドにぶち込む打撃は驚愕である。
生まれ持った才能と体格もそうだが、個人として素晴らしいのは非常に勤勉である事だ。
「オフシーズンも絶え間なく体を虐めてるよ……」
「最強打者が胡坐をかかねぇのが恐ろしいぜ」
同じトレーニングジムに通う、同僚や後輩も……鷹田の勤勉さには参る。そんな鷹田の専属トレーナーが
「おーし、いいよ!」
鷹田の4つ年上で、鷹田の体格と比べたらスマートながらも、筋肉質で鍛錬は怠っていない。理論派っぽい感じの沢柳幸太郎トレーナーである。
鷹田との出会いは3年前であり、2年目の壁にぶつかる前に鷹田が知り合いの紹介でジムに来たのがきっかけである。野球選手に限らず、他の競技のプロ選手が通うジムに入社した。そして、いずれ未来を背負う選手のパートナーとなり、胸が震えたものだ。
『沢柳さん、お願いします』
『こちらこそ、よろしく』
野球は好きだが、辛いこともある。強豪校にいったが、あまりのレベルで一度もスタメンになったことがない。やっぱりそれは……後ろめたさにも繋がる。
限られた選手がグラウンドを使うのは、とても合理的な事だ。
しかし、自分の選手達が地方の準決勝にも行けないで敗れた時の気持ちは、とても複雑だった。勝った事よりも負けた事をよく思い出す。その試合を指咥えて応援してただけだ。
”あれはキツイなぁ。”
そんなモヤモヤを抱えて、トレーナーやコーチを目指してる最中に出会った本当の才能が、鷹田だ。
未来から自分が来たかのように鷹田との接し方は、
”楽しもう”
だった。
グイイッ
ベンチプレスなど。とにかく、我武者羅に鍛えたい鷹田に、臆せずにやんわりとペースを守るように伝えていく沢柳。
『まずは怪我しない体にしないとな。焦ってもしょうがない』
高卒新人で2桁本塁打を放つ時点で才能の塊だ。そこに練習の虫ときた。これを上手い具合に言うには、まずは怪我をしない体作りと健康管理からという、選手としては退屈なところからである。
でも、実際に大事な事だ。得られたお金で自分の体を養うのは非常に大切だ。
2年目となれば、相手も油断しないで、鷹田の弱点を突こうとするだろう。それに翻弄されないようにと、鷹田の良さをとにかく伸ばすようなアドバイスも送っていた。そこらへんはトレーナーという立場上、親友が時折言うような的確な助言のようなモノ。
『鷹田は三塁手を守ったりしないのか?』
『サードねぇ……』
『右翼手も左翼手も、一塁手も、卒なくこなすが。鷹田のチーム事情を見れば、三塁手も適任じゃないか』
『……俺はもっと打ちてぇから、ジムに来てるんだが』
『打ちたいなら試合出場からじゃないか?スタメンなのは違いないけど』
高卒新人にありがちな入団後の守備軽視というか、守備への苦手意識。
鷹田は珍しい事に守備については好きではないが、
『そもそもセンスが有る』
身体能力故の肩の強さもそうだが、捕球するセンスも素晴らしい。二塁手や遊撃手といった、センターライン向きではないし、チームの司令塔タイプでもない捕手でもない。ただ、捕球技術の高さはどのポジションでも重要だ。
トレーナーが言えば、そーいうことはチームを纏めている人も言っている。
『……コーチにも訊かれたんだよな。高校の時は守った事ねぇーんだ』
『やった方が良いぞ。選択肢は多い方がいい。色んな大打者も三塁手の経験者は多い。楽しめるぞ』
『そー言われたら、春キャンプでも……する事になるかな』
守備に困らずに、2桁本塁打を放てる、2年目の高卒選手。打撃成績に若干の怪しさがあっても、110試合以上のスタメンという経験は確実に来年の飛躍となる。
シーズン終了後、すぐにまたジムにやってきた鷹田は
『体力が足りねぇ!!』
190cm以上の体格で軽々と100キロのベンチプレスをやる奴が、体力の無さを嘆くとかメンタルをやってる感じである。
しかし、来た時と大分変わってやってきたもんだ。来た時は打ちたいとか、打球を飛ばしたいと言っていた鷹田が
『とりあえず、シーズン、フル出場できる体力をつけねぇと。日本シリーズやクライマックスシリーズも考えれば、それだけでも足りない!!』
試合に出続けたい=活躍を続けたいと思って、このジムを頼ってくれたのだ。
沢柳も筋トレをしながら、その後のケアやその前の事までも、真摯に鷹田と付き合った。別に自分専用でもないが、自分のおかげで大きな活躍をしてくれる選手がいるだけで、とても楽しかった。
そして、ふと。
「ああ、……そっか」
「どうした?沢柳さん」
「いや、………俺ってこーいうのが向いてるよな。選手としてよりも」
「????」
「鷹田にはまだ分からないよ。鷹田はたぶん、監督の方がむいてる」
楽しいから、鷹田のシーズン終了後には、『お疲れ様』とか『やったな』とかを言えるのだ。
高校時代にそれすら言わなかった。思わなかったのは、やっぱり、楽しくないからだ。
ここは良い職場だな。
こんな男にも出会わせてくれるのだから。