なんでもいいからとりあえず金持ちにすり寄っとけ精神でチョロチョロ周りをうろついてたら、なんかお互い必要不可欠になった。
「エヴリーヌ様!今日もお綺麗です!これ、私の手作りのお菓子です!食べてください!」
「私が綺麗なのは純然たる事実だけど、ルリアーナ、貴女もっと媚を売る相手を考えたら?あと、田舎娘の手作りなんて普通誰も喜ばないわよ。仕方がないからもらってあげるけど」
「エヴリーヌ様、嬉しいですー!」
ルリアーナは男爵令嬢。彼女は今日もせっせとエヴリーヌに手作りのお菓子を貢ぐ。エヴリーヌは公爵令嬢だ。本来なら男爵令嬢であるルリアーナには手の届かない雲の上の人。けれどもエヴリーヌは、貴族の子女の通う学園で今孤立していた。ルリアーナがそばに近寄れるくらいには。
「エヴリーヌ様、聖女様なんかよりエヴリーヌ様の方がよっぽど優しくて可愛くて素敵だと思います!」
「それ、誰かに聞かれたら王太子殿下に殺されるわよ。冗談抜きで」
「なんで王太子殿下は、こんなにも多才で教養に溢れるエヴリーヌ様を放っておいてぽっと出の異世界から来た聖女様なんかを愛しているのでしょう。おかしいと思います」
「そうね、同感」
エヴリーヌはルリアーナの言葉に力無く笑った。
エヴリーヌは公爵令嬢であり王太子の婚約者だ。しかし、異世界から現れたという聖女様によって立場が危ぶまれる。優秀すぎるエヴリーヌに嫉妬して、元々冷遇していた王太子。聖なる力を宿しながらもちょっと抜けている可愛らしい聖女にぞっこんになり、王家も聖女を王妃に迎えた方が国民受けがいいのではないかと動き始めた。
だが、それにより一気に人が周りから離れていき独りぼっちになったエヴリーヌに唯一付き纏うようになった少女がいた。それがルリアーナだった。
「まあいいわ。ルリアーナ、いい加減私のそばから離れた方がいいわよ。そろそろ貴女も損切りしないと」
「嫌です。ルリアーナはエヴリーヌ様に地獄の底までついて行きます!」
ルリアーナは最初、お金目当てでエヴリーヌに近寄った。孤独になったばかりの可哀想なエヴリーヌなら、そばにいて支えてやれば貧乏な実家を救ってくれるかもしれないと思った。実際、思った通り助けてくれた。無利子でポケットマネーから融資をしてくれて、そのおかげで天災に見舞われていた領内の復興が進んだ。復興してしまえば、元々は堅実な領地経営をしていた実家はすぐに経済的に立ち直り貧乏な生活から脱却して、無利子の融資もすぐに返せた。
「ルリアーナは本当に、エヴリーヌ様が大好きなんです。感謝しています。だから、どうかお側に置いて下さい」
「仕方のないこと。いいわ、好きになさい」
「わーい!」
最初はお互い、お金目当てだったり孤独を埋めるためであったり利害関係だった。それでも、今はお互い必要不可欠になってしまった。エヴリーヌはルリアーナを溺愛しているし、ルリアーナはエヴリーヌに忠誠を誓っている。その関係は結局、学園の卒業式まで続いた。
「結局私は王家から婚約を白紙化され、実家からも見捨てられて修道院に向かっているわけだけど」
「はい」
「ポケットマネーで寄付をして、出家してシスターになることになったのだけど」
「はい」
「どうして貴女の分まで寄付して、貴女の出家も手伝ってしまったのかしら」
ため息をつくエヴリーヌ。ルリアーナは笑顔で言う。
「お父様もお母様も、お兄様方も良くエヴリーヌ様に仕えよと言ってました」
「シスターになるんだから仕えるもなにもないわよ…仕方がない子」
エヴリーヌとルリアーナは、同じ修道院で出家することにした。心穏やかな生活が始まった。
「ルリアーナ、子供達の為にお菓子を焼いてちょうだい」
「はい、エヴリーヌ様!」
修道院では身寄りのない子供達を預かっている。案外面倒見のいいエヴリーヌと、そんなエヴリーヌの為にせっせと子供達の世話を焼くルリアーナはたちまち修道院の人気者になった。
「貴方達。ルリアーナがお菓子を焼いてくれたわよ」
「みなさーん!どうぞ食べてくださーい!」
修道院は、エヴリーヌがポケットマネーから寄付したお金で裕福になった。毎日の食事にも困っていた子供達は、今では元気に庭を走り回っている。
「わーい!ルリアーナお姉ちゃんのお菓子だー!」
「ルリアーナお姉ちゃん、エヴリーヌお姉ちゃんもありがとう!」
「いいから手を洗って食べちゃいなさい」
「今日はアーモンドクッキーですよー」
「お姉ちゃん達大好きー!」
穏やかな時間が過ぎる。いつまでもこんな日々が続くと思っていたエヴリーヌとルリアーナだが、そうは問屋がおろさない。
「側妃としてエヴリーヌ様を?」
国王となったエヴリーヌの元婚約者。王妃となった聖女は確かに国民受けは良かったし、子宝にも恵まれて、聖女として国に尽くし役には立つ。だが王妃教育がなかなか進まない。王妃としての仕事はこなせなかった。そこで優秀なエヴリーヌを側妃にして、王妃としての仕事だけさせようという考えだった。
「私はお断りよ」
しかしエヴリーヌは断固として拒否。修道院も多額の寄付をしてくれて、子供達にも大人気のエヴリーヌの味方をしてくれたので無理矢理嫁がされることはなかった。しかし王命を出されては逆らえない。王命が出る前になんとかする必要があった。
「…」
ルリアーナは、禁じ手を使うことを決める。
ある日からぴたりと、国王からエヴリーヌへの求婚は収まった。その代わり別の公爵令嬢が国王の側妃となった。エヴリーヌほど優秀ではないが、それなりに王妃としての仕事をこなしているようだ。
「それにしても、どうして急に求婚がなくなったのかしら」
「寂しいですか?」
「冗談。せいせいしたわ」
エヴリーヌの笑顔に、ルリアーナはやってよかったと思う。
ルリアーナの禁じ手。…それは、相手の思考に干渉する能力。干渉と言っても、ぱっと閃くようにアイデアを与えるくらいの能力だが。それを使って例の公爵令嬢と結婚してしまえと思考を誘導したのだ。
ただ、この能力は寿命を削る。この能力を与えてくれた天使様曰く、この世でたった一人ルリアーナだけに与えられた能力で、使うたびに寿命が半分減るのだそうだ。そんな恐ろしい能力使う気にならず、一度も使ったことがないルリアーナだったが今回だけはエヴリーヌのために使った。ルリアーナの寿命は半分に縮んだが、実感はなかった。
「これでこれからもずっと一緒ですね」
「ええ。ずっと一緒よ」
エヴリーヌが微笑むから、ルリアーナは今日も幸せだ。