面白おっさんトーナメント
野球ファンがたくさん集まる居酒屋がある。
今夜も大勢の常連客たちが集合し、さまざまな料理やお酒がテーブルの上には並んでいた。
・ 甘鯛のカルパッチョ
・ 有明カニと野菜のテリーヌ
・ 畑直送素材の小鉢、三点盛り
・ ジャングル枝豆
・ からし蓮根、赤くしてみた(激辛注意)
・ 鉄鍋ひと口餃子
・ 厚焼き玉子の揚げ出し
・ 佐賀牛の炭火焼きハンバーグ
・ ミックスフライの二色フォンデュ
・ 地元野菜たっぷりのパエリア
・ かつお茶漬け
・ 漁師さんが自分の誕生日につくるような貝汁
・ 麦焼酎
・ 芋焼酎
・ 泡盛
店内には大きなテレビがある。
いつもはプロ野球の試合中継を見るのだが、今日はあいにく試合が一つもない。
しかし、常連客たちの視線は、テレビの方を向いていた。たとえ野球の試合がなくても、野球に関係する番組があれば、それをみんなで見て楽しむのだ。
そんなわけで、テレビの画面に映っているのは、『面白おっさんトーナメント』という番組である。
日本全国にいる多くのおっさんたち。その中には、面白いおっさんたちがいる。
彼らの武勇伝(?)を再現VTRにして、トーナメント形式で対戦するのだ。そうやって各シーズンごとに、『面白おっさんナンバーワン』を決定する。
なお、社会的に問題がある行為などは、いくら面白くても、この番組では取り扱わないことにしている。
また、一般人からの映像の投稿も受けつけていない。この番組に影響されて、無断で他人を撮影したりしないよう、番組内で繰り返し注意喚起している。
で、この番組、まずは予選がある。各グループで一位になった面白おっさんだけが、決勝トーナメントに進出できるのだ。
「まあ、優勝までは期待しないけれど、予選くらいはあっさり勝ち抜いて欲しいね」
常連客たちが応援しているのは、『野球場にいる面白おっさん』だ。ある意味、野球ファンの代表とも言えるので、ぜひともがんばってもらいたい。
同じグループには、あと二人いる。『秘境駅にいる面白おっさん』と『美術館にいる面白おっさん』だ。
「この二人には、さすがに負けんでしょう」
番組のこれまでの傾向だと、母集団の大きい方が基本的に有利だ。母集団が大きいほど、色んな人材が集まりやすい。
これがもしも、『大都会の駅にいる面白おっさん』だったら、ものすごい強敵の可能性がある。が、今回の相手は『秘境駅にいる面白おっさん』だ。少ない中から見つけてくるので、その面白さなど、たかが知れている。
一方、母集団が小さいわけではないが、『美術館にいる面白おっさん』も、そこまで強敵だとは思えない。ああいう場所には落ち着いた人が多いだろう。この番組が求めるような面白さとは、縁遠い気がする。
「楽なグループに入りましたな。ははははははは」
しかし、この余裕が消し飛ぶのに、大した時間はかからなかった。
一番手は『秘境駅にいる面白おっさん』だ。さっそく再現VTRがスタートする。
映像が始まった瞬間、常連客たちは「あれ?」と思った。
秘境駅どころか、駅でさえない。これはどう見ても、美容院の中・・・・・・。
ふさふさ頭のおっさんが、これから髪を切られようとしている。こいつが『秘境駅にいる面白おっさん』?
美容師がバリカンを取り出した。
居酒屋内が沈黙に包まれる中、バリカンの音だけが響いている。
映像は途中から倍速になった。
そして、完成したのは丸刈り・・・・・・ではなかった。
刈り残している部分がある。
これは線路だ。線路の模様が、頭の前から後ろにかけて、一直線になっている。定規で測ったような、正確なラインだ。
かなり異常な光景だと思うのだが、おっさんと美容師、二人の表情は真剣そのものだ。
「これで完成です」
そう言って美容師が、おっさんの頭の上に、リアルな鉄道模型を乗せた。
ここで突然流れる渋い声のナレーション。
――この車両、○○線で使用されているもので、△△という秘境駅に、週に一回停車しています。
再現VTRが終わった時、居酒屋の常連客たちは激しく動揺していた。
誰もが無言になる中、ようやく一人が口を開く。
「・・・・・・なかなか強敵でしたな」
隣にいる常連客もうなずく。
「予想していたよりも、クオリティーが高かったですね」
まずい相手と、同じグループになってしまったかもしれない。
野球に例えるなら、世界大会の一次予選でいきなり強豪、アメリカ代表チームと対戦するようなものだ。
予選を勝ち抜けるおっさんは、各グループに一人だけ。敗者復活戦はない。『秘境駅にいる面白おっさん』を上回らないと、『野球場にいる面白おっさん』は決勝トーナメントに進むことができないのだ。
とはいえ、面白いという感情には、個人差がある。この居酒屋内における評価と、世間の評価は、全然違っているかもしれない。
そう思って、スマホで情報収集してみると、
「このネット掲示板では、かなり評判いいみたいですね」
秘境駅だから大したことないだろう、と侮っていた分、反動が大きいようだ。面白さを競う上で、この「ギャップ」は強力な武器になる。
「いや、でも、ほら、番組の構成上、一番面白いのを最初には出さんでしょう」
「だといいですが・・・・・・」
さらにスマホで調べてみると、
「鉄道ファンの間では、無茶苦茶盛り上がっていますね。『鉄サイコー!』らしいですよ。『野球場と美術館は通過駅!』とか書き込んでいる奴もいて、すでに勝った気でいる」
「あの映像は・・・・・・まあ、反則級でしたからね」
「どうします? あの『秘境駅にいる面白おっさん』の応援に乗り換えますか?」
「何を言っている! あきらめるのは、まだ早いぞ! 野球はツーアウトから! ピンチのあとにはチャンスあり!」
「とりあえず、今は飲もう。麦焼酎おかわり!」
「こっちは芋焼酎おかわり!」
常連客の半数近くが、番組公式の『面白おっさん応援ソング』を口ずさみながら、『野球場にいる面白おっさん』の反撃に期待する。
二番手は『美術館にいる面白おっさん』だ。再現VTRがスタートする。
場所は・・・・・・良かった、美術館のようだ。
しかし、ホッとしたのも束の間、美術館に飾ってある絵の一枚が拡大されたのだが、これって・・・・・・。
「ものすごく有名な絵ですよね」
一人の男が叫んでいる絵だ。
よりにもよって、この絵を選択してくるなんて、常連客たちは嫌な予感がする。
絵の前に一人のおっさんがやって来た。太ったおっさんで、アロハシャツを着ている。
しばらく絵を見ているが、何も起こらない。
と思いきや、急にこちらを振り向いて、絵と同じポーズをしてきた。
顔の両側に手をあてて、表情つきである。
常連客たちの間から、小さな笑いがこぼれた。
なんだ、この程度か。そんな安心感からくる笑いだった。
ところが、予想外のことが起こる。
おっさんがもう一人登場したのだ。
その姿を見るなり、常連客たちはうめいた。
痩せていて、黒い服を着ている。頭部に髪の毛はない。絵の中にいる人物と、そっくりの外見をしている。
で、太ったおっさんの横に立つと、こちらに向かって、絵と同じポーズをしてきた。
油断していたところに、この一撃である。思わず笑ってしまう常連客も出た。
さらに、小さな女の子が現れる。
まさか・・・・・・。
その子は二人のおっさんを見て、不思議そうな顔をしている。
そして、痩せたおっさんの隣に立つと、こちらに向かって、絵と同じポーズをしてきた。
絵の前で三人そろって、しかも、表情つきである。
これが、『美術館にいる面白おっさん』の再現VTRだ。
映像が終わって、一旦CMに入る。
居酒屋の中で、常連客たちはざわついていた。
まずい相手と、同じグループになってしまったかもしれない。さっきの『秘境駅にいる面白おっさん』も強敵だが、『美術館にいる面白おっさん』も強敵だ。
はたして、『野球場にいる面白おっさん』は勝てるのだろうか。
この動揺、居酒屋内だけではないらしい。
「鉄道ファンご用達の掲示板が、さっきの楽勝ムードから一変していますね。『こんな展開、俺の時刻表には載っていない!』とか書き込んでいます」
とはいえ、『秘境駅にいる面白おっさん』も普通に強かった。鉄道ファンの不安にはまだ、こちらと違って、それなりに余裕が感じられる。
これは、あるかもしれない。『野球場にいる面白おっさん』のグループ最下位。しかも、ものすごい大差をつけられての、屈辱の最下位だ。
「いや、でも、ほら、番組の構成上、一番面白いのは、だいたい最後に持ってくるものだし」
「だといいですが・・・・・・」
不穏な空気の中、常連客の一人がつぶやく。
「実は私、これまで隠していましたが、野球ファンであると同時に、美術館通いが趣味でして」
さらに別の常連客が続く。
「いやあ、私も実は鉄道ファンで。おっと、そろそろ乗り換えの時間だ」
「あんたら、それでも野球ファンか!」
この場の結束は、もろくも崩れ去る。
「とりあえず、今は飲む。麦焼酎おかわり!」
「こっちは芋焼酎おかわり!」
そしてついに、『野球場にいる面白おっさん』の再現VTRがスタートする。
その内容は・・・・・・。
ご愛読ありがとうございました。




