赤ちゃんとおっさん
女子プロ野球の選手が電車に乗っていると、同じ車輌で突然、赤ちゃんが泣き出した。
母親がどうにか、なだめようとしている。けれども、赤ちゃんの泣き声は止まらなかった。
その様子に、女子プロ野球の選手は考えた。赤ちゃんが泣くのは仕方がない。
でも、世の中には色んな人がいるのだ。この泣き声に対して、怒り出す人や不機嫌になる人がいても、おかしくなかった。
他の乗客たちを、ざっと見回してみる。今のところ、負の感情をはっきりと表に出している人はいないようだ。
しかし、裏に隠れている怒りが、いつ爆発するとも限らない。最近はストレスの溜まりやすい社会だし、人々の許容範囲は昔よりも下がっている気がする。
母親の懸命な努力もむなしく、赤ちゃんは泣き続けていた。次の停車駅はかなり先だ。電車は走り続けている。
女子プロ野球の選手は思った。赤ちゃんには泣き止んで欲しい。また、母親の努力もわかる。でも、このままだと乗客の誰かが怒り出すかも・・・・・・。
怒りを直接ぶつけるのではなく、不機嫌に隣の車輌へ移るという可能性もある。それはそれで、あの母親へのプレッシャーになりかねない。赤ちゃんが泣いていることと、ある乗客が隣の車輌へ移動したこととの間には、はっきりとした因果関係が存在する。
しかも、そのあとさらに他の乗客たちが迷惑そうな顔で、ぞろぞろと隣の車輌へ移ったりしたら・・・・・・。
母親はなおも、赤ちゃんをなだめようとしていた。その努力は認める。ぜひとも応援したい。
とはいえ、この車輌にいる全員が、同じように考えているとは限らなかった。
誰かがこの空気を悪い方に突き破るのでは、という不安がある。
そんな時だ。
一人のおっさんが立ち上がった。
そして、母親と赤ちゃんの方へと近づいていく。
車内に強い緊張が走った。このおっさん、まさか怒鳴るつもりじゃ・・・・・・。
ところが、そうではなかった。
おっさんは母親と赤ちゃんの前に立つと、
「いないいない、ばぁ~」
よほど面白い顔をしているらしい。それを見ることができる位置にいる乗客たちが、一斉に吹き出した。
しかも、赤ちゃんが泣き止んだ!
が、それはほんの一瞬だけだった。再び泣き出す赤ちゃん。
おっさんは申しわけなさそうに、母親に「ごめんなさいね~」と頭を下げた。
さらに、車内の他の乗客たちに対しても、ユーモラスな立ち振る舞いで、「ちょっくら、ごめんなさいね~」と頭を下げながら、隣の車輌へと歩いていく。その行動からは嫌みな感じがしなかった。
あのおっさん、何だったんだ?
ぽかんとする選手。
他の乗客たちも呆気にとられている。あのおっさんに続いて自分も隣の車輌へ、そんなことを考える者は一人もいないようだ。
このあと、ある変化に選手は気づく。車内の雰囲気が、先ほどよりも和やかになっているような・・・・・・。
また、赤ちゃんの泣き声も、いくらか小さくなっている気がする。
もしかして、こうなるのを狙って? ・・・・・・いや、まさかね。
数秒後、赤ちゃんの泣き声が止んだ。ほっとする母親に対して、乗客たちが「おつかれさま」「大変ですよね」と優しい視線を向けている。
電車は走り続けていた。
女子プロ野球の選手が自分のブログに、「電車の中で見たおっさん」のことを書いて数日後。
リーグ戦の試合前に、あのおっさんに再会した。
本日の始球式で投げる落語家さん、その付き人として球場に来ていたのだ。で、本人も落語家さんだとか。
選手は電車内での出来事を思い出す。落語家さんなら、あのユーモラスな立ち振る舞いも納得だ。
そういうわけで、今日の再会についてもブログに書く。
――先日のおっさん、その正体が判明!
なかなかの反響があった。
そして、これが師匠の落語家の耳にも入る。
師匠はすぐさま弟子を呼ぶと、問題のブログを一緒に見ながら、その真偽を確認する。
それが事実だとわかると、少し無言になってから、
「笑わせる商売の者が、赤ちゃんを笑わせることができんでどうする。あかんがな。おまえ、落語家失格やで」
軽く注意した。
しかし、そのあとすぐに、
「でも、人としては、ようやった。えらいで、本当にようやった」
自慢の弟子に顔を緩める。先ほどの注意、もちろん本心からのものではない。
赤ちゃんは繊細な生き物なので、周囲の雰囲気には敏感だ。
あの時、あの場のピリピリした空気では、赤ちゃんが泣き続けるのは当たり前だろう。
そんな空気を何とか変えようと動いた落語家、その機転に対して、座布団一枚っ!
次回は「アフリカ」のお話です。




