溶け歯
夜中に目が覚めて吐いた。
胃の中にでっかい板バネがあって暴れてるみたいで、僕は穏便に寝ていたかったのに、胃と食道とがビクビクけいれんを起こしてどうしようもなかった。
こういうときはさっさと吐いたほうが良いことはわかっていた。僕はしかたなく、洗面所より近い真っ暗なキッチンのシンクに、理想上の透明の液体を、ビシャビシャの液体を吐いた。
胃液かな?胃液は酸っぱくない。苦いのだ。たぶん黄色か透明なのだ。胃液は苦い。
夜中だから、食べ物は消化されてしまってそういう液しか出てこないのだ。
一度吐いてもおさまらず、また胃でバネが暴れる。もうおさえきれないから、またシンクに吐いた。少しどろどろした液体。これは何なのかわからない。でも吐いたら楽になった。眠れそうだ。ねむれるんだ。
寝ている間に、胃液が僕の歯を溶かすのだろう。どうでも良い。僕の歯を溶かして平らにして、家の前に敷くマットにでもすればいい。
ほんとうはそんなふうになりたくないし、夜中に目が覚めてほしくないし、すごい吐き気を感じたくないし、苦い液を吐きたくないし、眠りたいし、やりたいことをやりたいし、やりたくないことのすべてをこの世から焼き尽くしたいのに。
終わらせたい。眠っている間に、全てが終わればいいのに。