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母君の記憶

掲載日:2021/06/17

彼の者の母君は最後の時まで願い続けた。彼の者の幸せを、彼の者を隠すことを―――。








彼の者の話をするには、彼の者の母君の話をしなければならない。彼の者の母君は孤児院の出身だった。そんな環境のせいか、当時陽の国では義務付けされていなかった、魔力有無の検査を行わなかったせいか、彼の者の母君--レイーーは、己の魔力の大きさに気づいていなかった。しかし、それでも日常に支障をきたすことなく、日々を幸せに過ごしていた。ただ、母君が「強く願う」と不思議と願いはかなった。通常のアカデミーで魔力について習った母君はそれでも己の「願う力」が「魔力」だとは気づかず、そして周りも「覚醒」していない母君の魔力に気づかず、母君は育てられた。




母君が孤児院に預けられたとき、それはそれはきれいなレイの花が咲き乱れていた。そんなことから名付けられた母君は、その名のとおり大変花に興味を持ち、やがて独り立ちするようになると花師として日々を暮らすようになった。母君が花師の師としていた者は王城の庭も任されており、母君も時折師について王城の庭の花々を世話していた。




数年すると母君もいち花師として王城の庭を任された。そんなある日のことだった。彼と母君が出会ったのは。良く晴れた昼下がり、一仕事終えた母君は木陰に寝転がる彼を見つけた。顔色は悪く、目の下にはクマがある。母君の気配に気づいたのか、彼は起き上がると「ここは心地が良い…。」そう言って、母君に話しかけた。彼は「ヴァン」と名乗り、王城に使える身だといった。それから何度か母君と彼は他愛ないやり取りをつづけた。そんな二人はやがて恋に落ちた。しかし、城に使える高級官僚のヴァンと一介の花師のレイ。身分の差は明らかであり、終わりしかない恋だということは母君が一番理解していた。








そんなある日のことであった。終わりは突然であった。ヴァンとレイが逢瀬を重ねるのは王城の庭か王城の一角に建つ西の館であった。館がつかえたのもヴァンの力であった。普段は、これまでは一度として西宮に人が訪れたことはなかった。しかし、その日は違った。




「ルイス王子!」




怒号とともに現れたのは高級そうな生地に身を包んだ、身なりの良い男だった。彼は手で印を結び、よくわからない言葉ーーーたぶんスペルーーーを唱えた。あっけにとられていたレイであったが彼の言葉が終わると、激しい火花が横ーーヴァンーーで起こった。




あたりが静まると、母君の横にヴァンはいなかった。そこには陽の国の第一皇子、ルイスがいた。




それはそれは見目の麗しいものであった。平凡な容姿のヴァンとは似ても似つかない、しかし困ったような、怒ったような表情はヴァンそのものである。母君は直感的にヴァンと目の前の君が同一人物だということを感じ取った。




たぶんそれは魔法だったのであろう。身分を偽るための。もし、もし仮に母君が魔法専門アカデミーで魔法を、魔力の使い方を学んでいたら気づいていたかもしれない。随一の魔力を持つ王族にとっての戯れ程度の魔法であれば、膨大な魔力をもつ母君であれば、「正規の方法」をもってすれば敗れた魔法。しかし、それは仮定の話であり、実際に魔法を解いたのは、目の前の男であった。




母君はわけもなく、ただ「逃げたい」と願った。母君の強い願いは形となり、次に目を開けたとき、母君は育ちの園である孤児院の前にいた。それまでのことがすべてウソだったかのように・・・・。




慌てたのは第一皇子であった。国で最も強いとされる魔力を持つ自分が、後れを取るほどの魔力。しかし、それは操りきれておらず、危険なものであった。一歩間違えば、すべてを亡き者にしてしまうほどの…。




そして第一皇子の願いもむなしく、いくら母君の気配を探ろうにも母君の願いーーー魔力ーーーが強いのか、一向に母君は見つからなかった。






三か月がたち母君はひっそりとした、それでいて暖かい生活に慣れてきた。そんな中母君はあることに気づいていた。母君の体に宿るもう一つの命。まぎれもなく、第一皇子の子である。男児であるならば順当に行くと、後の王である。身元の明らかでない自分ー母君ーから生まれた子が様々な思惑に巻き込まれるのは目に見えている。しかし生まれてくる子に罪はない。たとえその子が王族の血を引いていようとも、母君は守り通すと決めた。




生まれたのは男の子であった。彼の者はラークと名付けられた。ラークは母と同じく大きな「願う力」を持っていた。そして、その身には王族のみに現れるという龍の証が刻まれており、まぎれもなく第一皇子の子であることは確かであった。母君はラークの背にある龍の証が見えなくなることを強く願ったがそれが達成されることはなかった。母君はラークの背の証が人に見えぬように細心の注意を払い、ラークには何度も何度も言い聞かせた。そして、親子は貧しくもつつましく生活を送った。




ラークが四つになる年のことであった。その年は悪夢の3年の始まりの年でもあった。平和な9年と悪夢の3年。繰り返される殺戮。前の悪夢のとき、母君は孤児院で守られる存在であった。そのため「ソト」での惨状は聞いただけであった。




魔力はその悪夢の三年を耐えるために与えられたものである。誰にでも宿っている魔力だが、その大きさには大きな差があり、ある一定を超えると、魔法専門のアカデミーで学び、戦場の第一線で人々を魔物から守る。




母君はここにきて、魔法専門のアカデミーに行かなかったことを、深く後悔した。戦況が悪化するにつれ、町に運ばれてくる負傷者が増えた。母君はそこでただ「治って」ほしいと、「死なないで」ほしいと強く願っていた。そんなとき、ある負傷者が母君の願う力が魔力であることに気づいた。覚醒していないとはいえ、幼いころの微弱な魔力ではなく、成長するにつれて増えていった魔力。普段から戦場で魔力とともにある者が気づいたのは当たり前でもあった。母君は己の「願う力」が「魔力」であることに初めて気づき、これまでに起こった不思議な現象に納得がいった。そして、魔法を知らないために、効率が悪く、生きられたかもしれない命を落としてしまったことを深く悔やんだ。




あと少しで悪夢の三年は終わる。疲弊しきっていた者たちの中にわずかな光が見え始めたころ、母君は倒れた。多くの魔力を使いすぎたことと、悪夢の3年で引き起こされた凶作による栄養不足であった。なすすべはなかった。もしかしたら、あったのかもしれないが、母君はそれを望まなかった。ぎりぎりまで母君は人々を助けた。




そして最後の力を振り絞り、その命からがら願った。息子の幸せを、そのために血の秘密を隠し通すことを。

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