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調査報告書3:旧友と再会

エリナと一緒にいた少年は真っ直ぐに飛天を見つめる。


淡い緑色の瞳は暗く影を宿していた。


「坊主か。切り裂きジャックに身内を殺されたのは」


飛天はいきなり真相を訊いた。


エリナは少し批判的な眼差しで飛天を見つめたが、構わずに飛天は訊いた。


「答えは?」


「・・・お姉ちゃんを殺された」


少年は俯きながら飛天の質問に答えた。


「銃が欲しいらしいな」


「・・・・・うん」


「それで銃を手に入れたら、どうする?」


「お姉ちゃんの仇を取る」


俯かせていた顔を上げて少年は飛天を見た。


幼さは残っているが、瞳は復讐の炎で燃えていた。


「犯人の目星は解るのか?」


「分かんない。だけど、必ず見つけ出して・・・・・・・」


「貴方が見つける前に犯人は高跳びするか警察に捕まるわよ」


私は少年の言葉を最後まで聞かずに口を開いた。


「貴方の力じゃ犯人を見つけ出すのには時間が掛るわ。例え見つけても返り討ちに合うのが落ちよ」


非情とも言える言葉を少年に浴びせ続ける。


「・・・・・・・・・」


少年は俯いて身体を震わせた。


私に対する怒りか、または解っていた事を改めて言われて悲しいのか。


私には両方だと思った。


「・・・ネメシスの伝説を知っているか?」


唐突に飛天が口を開いた。


「ネメ、シス・・・・・?」


「この店の名前にもなっているギリシア神話に出てくる復讐を司る女神だ。お前が復讐したいって言うなら、俺がネメシスに代わって復讐してやる」


飛天の言葉に私は少し驚いた。


復讐者である飛天なら復讐は自分自身の手でやるべきだと思っていたのに、彼が復讐を肩代わりしてやると言ったのが信じられなかった。


「・・・・・・・・」


「どうする?復讐して欲しいか?」


「おじさんは、殺し屋なの?」


「当たらずとも遠からず、って所だ」


飛天は煙草を吸いながら答えて少年を見つめた。


「もしも、僕が殺しを依頼したら小父さんは代わりに復讐してくれるの?」


「あぁ。どうする?」


エリナとマスターは何も言わずに少年の言葉を待った。


「・・・本当にやってくれる?」


「死んだ奴でなければ、叶えてやる」


「・・・僕のお姉ちゃんの、仇を取って下さい」


何かを決意した眼で飛天を見上げる少年に飛天は頷いてみせた。


「分かった」


食事を済ませた後で私と飛天は少し酒を飲んで店を後にした。


「どうして復讐を請け負ったの?」


車を運転する飛天に私は気になっていた事を質問してみた。


「無人島の事もそうだけど、復讐って言うのは自分の手でやるものでしょ?」


誰かの手助けを借りるのは良いが、代わりに復讐をするのは頂けない。


「・・・お前の言う通りだ。復讐は自身の手でやるのが普通だ。しかし、それが出来ない者もいる。あの餓鬼は力がない。力が無いのに復讐なんて出来るか」


ジタンを吸いながら飛天は答えた。


私は飛天が何を考えているのか考えてみた。


恐らく彼は少年を自分と重ねていたのだ。


自身の大切な物を奪われながら復讐を遂げられなかった自分と少年を。


無人島の一件も恐らく同じだ。


「相変わらず無愛想な顔の割には優しいわね」


私は飛天の顔を見ながら笑った。


「・・・ふん」


飛天は軽く鼻を鳴らしただけで運転に集中したが私は別な言葉を投げた。


「ねぇ。切り裂きジャックの事だけど、犯人は人間だと思う?」


「・・・・恐らく人外の仕業だな」


「貴方もそう思う?私も人外の仕業だと思うわ」


少年の身体から放たれた微かな臭いに人外の臭いがした。


別に鼻が鋭い訳じゃないが、人外の物には人外の物だと解るのだ。


恐らく姉の遺体と対面した時に染み付いた臭いだ。


「犯人は何の為にやっているのかしらね」


「さぁな。それを調べるのも仕事の内だ」


「そうね」


私はイギリスで人外の物を狩っていた頃を思い出し再びスリルが味わえると感じて笑いが止まらなかった。


少年の願いを聞き入れてから翌日から私と飛天はイギリスへと車を走らせた。


先ずは被害者の身元を調査するのだ。


全員の被害者を調べる為にスコット・ヤードに赴き資料を調べてみた。


「・・・被害者、ハニー・チャルス。年齢は24歳。ロンドンの不動産店に勤める独身女か」


飛天は資料を見ながらプロフィールを音読し私は耳に入れながら煙草を蒸かした。


こういったまめな仕事は苦手だから飛天に任せている。


「死体の現状は?」


「ウエスト・コートに全裸で置かれていたらしい。頸動脈を切られ子宮と内臓を抉り出されて、だ」


「他の遺体は?」


「どれも似たような物だな」


次々と資料を見ながら何か相違点は無いか探す。


「相違点を上げると全員が20代で全ての遺体が子宮を抜き取られて腹を切られ内臓を何かしら取られている事だな」


一通り資料を見た飛天は相違点を上げた。


「確かに。どの女性も子宮と乳房を抉られているわね。それも乱暴に」


渡された写真を見ても乱暴に抉られている物ばかりだった。


「ナイフみたいな鋭利な刃物じゃないわね。鋸みたいに刃が乱雑な物で抉られている所を見ると・・・・・・・」


「女を憎んでいる奴だな」


「女にしかない子宮を抉るだけでなく乳房も抉るとは同じ女としては胸糞悪いわ」


「お前にそんな気持ちがあるとは思いもよらなかったぜ」


飛天は笑いながらセブンスターを吸った。


「失礼な男ね」


あまりの言い草に怒りながら私もフィリップモリスを吸った。


それから2時間ほど資料を読み漁ると新たな相違点が見つかった。


8人の被害者全員が妊娠の経験があったこと。


何人かは出産した者もいれば中絶をした者もいて更に全員が独身である事も分かった。


「これらを結んでみると、被害者の全員が過去に妊娠の経験があり結婚歴があるわね」


「その線を辿ると犯人は自ずと分かる」


ディムラー・ダブルシックスを運転しながら飛天は言った。


「・・・・犯人は天使って事ね」


「そうだ」


私は銜えていたフィリップモリスを吐き捨てそうになった。


「まったく。天使が猟奇殺人を犯すなんて世も末だわ」


「天使だって完璧じゃないって事だ」


極めて冷静な口調で喋る飛天。


本当は煮え滾る程の怒りが宿っているのに敢えて冷静な態度を取っているのを私は感じた。


「で、どうするの?天使が相手だと貴方の情報網では捕まらないわ」


「お前の情報網ならどうだ?」


「・・・・・ラファエルに聞けと?」


「あの女を頼るのは癪だが、餓鬼の願いを叶えない訳にはいかねぇだろ」


私は飛天の為に仕方ないと諦める事にした。


「それじゃ今夜にでもラファエルと会うわ」


「そうしてくれ。俺は行かないが」


賢明な判断ねと言ってフィリップモリスをフィリター一杯まで吸い紫煙を窓に向かって吐きだした。


スコット・ヤードで手伝わなかった報いが来たんだと思いながらマルセイユの家に帰るまで憂鬱だった。


家に帰ってから直ぐにラファエルに連絡を取りレストランで待ち合わせをする事に成功した。


私は6時半には家を出て黒のポルシュエ・ボクスター986型に乗りレストランへと向かいラファエルが来るのを待った。


ウエイターに赤ワインとサーロイン・ステーキを頼み一人で食事をしていると5分ほどしてラファエルが来た。


「久し振りね。ラファエル」


「貴方から会いたいって連絡が来た時は驚いたわ」


グレーのスーツ姿に身を包んだラファエルは向かい合うようにして椅子に座って私を見た。


男共はラファエルの姿に釘付けとなって食事をする手が止まっているのがチラホラ見えた。


「今回は特別よ」


「特別?」


「飛天に頼まれたから来たの」


飛天と聞いてラファエルは目を見張った。


「まさか貴方・・・・・・・」


「察しが良いわね。私は今、飛天と同棲中よ」


同棲などと良い言葉ではなく居候していると言った方が良いと思ったが、敢えて同棲と言った。


「・・・それで、何の用なの?」


さっきと違い低い声で聞いてくるラファエルに私は笑みを隠して聞きたい事を口にした。


「いまロンドンで起きている事件は知っている?」


「切り裂きジャックの事ね」


「えぇ。犯人は人外の物、しかも天使よ」


犯人が天使と聞いてラファエルは再び驚いた表情を浮かべた。


「色々と調べたら被害者の全員が妊娠を経験し出産もしくは中絶しているわ。それに加えて離婚歴もある」


キリスト教では人工中絶も夫婦の離婚も認められていない。


最もプロテスタントでは離婚は認められているけど、カトリックでは認められていないのが正確ね。


恐らく犯人は何らかの手段で8人の女性が妊娠中絶、離婚をした事を知り天罰と称して残酷に殺したに違いない。


「・・・・・・・・」


「貴方に聞きたいのは、人間界に頻繁に降りる天使はいるのかを調べて欲しいの」


「・・・もしも犯人を見つけたらどうするの?」


「私は受胎告知を司る天使でもあるけど、復讐を手助けする天使でもあるわ」


「・・・・・・・・」


ラファエルは悩んだ顔をした。


悩んだ顔も画になっていて男共を虜にしているのを見ながら私は赤ワインを飲んで答えを待った。


もっとも彼女が直ぐに承諾するとは思っていないけど。


暫く悩んだが、ラファエルは口を開いた。


「復讐は愚かな行為よ」


「答えになってないわ」


「貴方には悪いけど、力にはなれないわ」


「罪人を放って置くつもり?」


「何れ天が罰を与えるわ」


私は予想していた答えを聞いて笑った。


サーロイン・ステーキを食べて3杯目の赤ワインを飲み干す。


「頑固な女は健在ね。まぁ仕方ないわね」


肩を竦ませて椅子から立ち上がる。


「飛天には私から伝えておくわ。あの人も最初から貴方の協力が得られるとは思ってないだろうから、手は打ってあるかもね」


「・・・・・・・」


「じゃあね。ここの金は払ってあるから何か食べてから出て行ってね」


無言のラファエルに私は手を上げて店を後にした。


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