狂気乱舞
……サササ――サササ――――――ササ――――……………………
擦れるオトが聞こえる。それはおかしかった。この部屋には僕だけしかいないはずなのに、それなのにそれなのに、オトがササササササと聞こえていた。チョットだけ興奮して怖くなって、目を開いた。あった、目が目にあった。目に目が無かったらどうしよう、と思っていたのだ。チャンと見えない、という事はここに目があるという証拠だ。
視界に映る空間が揺らぎを見せてくれた。さっきの擦れるオトは何だろう、と思ってヨコを向くと、お母さんがイッパイいた。僕は悲しみナガラ笑ってそんなに要らないと伝えたけど、遠慮は要らないよ、とお母さんが言ってまた増殖した。僕は急に萎えた。遠慮しているから、またお母さんが増えてしまった。これ以上興奮するモノなんて要らないのに。要らないからとモウ一度伝えた。するとお母さんは頭位ある三個の目で僕を優しい眼差しで見てくれた。遠慮は要らないよ、遠慮は要らないよ、遠慮は要らないよと怒っているヨウな、喜んでいるヨウな、そんなコエを僕の頭の中に直接送り届けてくれた。
僕は怒ってアリガトウアリガトウとやんわりとしたコエで伝えた。その途端にお母さんが妹になった。嬉しかった。要らないお母さんがいなくなってクレタから。これで僕はユックリとしていられる。チラリと妹を見る。妹は可愛かった。僕の目の保養になってくれる。前々から可愛げのある少女だと思っていたが、成長するにつれて更に可愛くなった。
僕はまた目を瞑った。すると妹のコエがまた耳に入った。ニイサン、ニイサン、ニイサン、タスケテェ――――、タスけテェ――――。アイシテルカラ、アイシテル…………。
なぜか分からないけど、とても嬉しがっているヨウだ。こんなに嬉しそうに悲しんでいる妹のコエを久しぶりに聞いた。アイシテルカラ、アイシテルカラ、アイシテル――……。
……サササ――サササ――――――ササ――――……………………
また擦れるオトが聞こえた。モウ一度目を開くと、そこは黒い場所だった。違った、黒くなかった、明るい場所だった。擦れるオトは何だろうと思って、僕は体を起こした。
ヤサシクヤサシクヤサシクヤサシクヤサシクヤサシクヤサシクゥ――――。
ウルサイ。僕は辺りを見回した。そこには白い裸の女が部屋の中を縦横無尽に走っていた。走っているのに喋っていて、鬱陶しい程耳障りで、僕は腕をその女に振るった。すると力が弱かったからか、女は呆気なく倒れてしまった。女は淫らな目で僕を眺めていた。
ヤサシクシテ、ヤサシクゥゥウゥゥゥウゥゥゥゥウ。オネガイ、オネガイシマスゥゥ。
女は綺麗な薄い唇を揺らしていた。だけどよくよく見ると渇いていて、もったいないな、と心底思い、僕は人差し指を女の口に入れ回したアト、渇いたその指で女の目を抉った。
僕は優しい。だから僕は女の人を打ってしまった事に後悔した。せめて打った部分を撫でてやろうと思って、その部分を殴った。すると女は笑った。ヤサシクヤサシクヤサシクヤサシクゥ――――――。もっと撫でるよと言った。僕は優しい。だから僕は女の人を打ってしまった事に後悔した。せめて打った部分を撫でてやろうと思って、その健気な女を撫でてやった。すると女は不満気な表情になって、途端に消えた。ハハハ――――――。
僕は嬉しくなった。だから僕は踊った。あんなに優しい顔をした女を打ったなんて、皆打ちたくなるはずだ。絶対打ちたくなるはずだ。大声で歌った。撫でて幸せだと感じた。
――――――サン。――――――サン。――――――サン。――――――サン。
誰かに呼ばれている気がする。誰だろう。僕を呼ぶ人はイッパイいて誰が呼んでいるのか分からないから、一人一人消していって、遂に一人だけのコエが聞こえるようになった。
――――――サン。――――――サン。――――――サン。――――――サン。
そのコエは知っていた。僕の友達であるマアさんだ。マアさんは僕にとても親切にしてくれたからずっと無視をしている。親切にしてくれて僕はアリガトウと言った事があって、いえいえとマアさんが返したのを、僕は聞いていない振りをした。ハハハ――――――。
何度も思うケド、ヤッパリ僕は優しい人なのだ。だからこんなに優しい人が僕の所に集まって来ているんだ。ア、そうだマアさんだ。マアさんが僕を何度も呼んでいる。無視しなくては。無視しないと、前みたいにまたマアさんを悲しくしてしまうから――――。
するとマアさんはどこかへ行ってしまった。ああ、またマアさんはあの人を呼んでくるのかな。あの人というのはマアさんの友達であるココさんだ。ココさんはいつも僕を虐めてくる。例えば僕を引っ張ったり、ベタベタ触ってきたり、僕を蔑んだ目で見てきたり。僕は何もしていないのに、そんな事をしてくるのだ。アア、キモチワルイィ――。
だけど僕は優しい。キライなココさんの友達のマアさんの事をキライにならないからだ。僕が感じた話だと、自身の友達の友達がキライな人だと、自身の友達の事をキライになってしまうのだ。だけど僕は決してそんな事は無い。むしろ優しく接する事が出来る。
一秒位経った。忽然と目の前にココさんが出現した。僕はワッとコエを上げて腰からコロリと転んでしまった。僕は腰を擦りながらイテテと小さく呟きながら立とうとしたけど、その時ココさんが腕をコチラに向けてきた。僕はココさんの事がとてもキライなので、その腕を思いっ切り引っ叩いて自らの力で立ち上がった。だけど、ヤッパリ僕は優しかった。その赤く染まったココさんの腕を叩いてあげたのだ。これで痛くない。これで痛くない。引っ叩いた痛みを消してあげた。するとココさんはワアワア叫ぶモノだからイライラしてしまって頬を叩いてしまった。でも、僕はとても優しい。僕はココさんの頬を撫でてあげた。痛いね、痛いね、ダイジョウブだよ、と心地よいコエで言ってあげた。フフッ――。
すると親切なマアさんが僕の手を握った。ナンダロウ、と思ってマアさんの顔を見ると、マアさんは笑っている表情をしていた。ヤッパリ、僕は良い事をしたんだ。笑ったマアさんはココさんと一緒にこの部屋から出ていった。僕はとても心地よい思いをした。僕はヤッパリ優しくて、だから皆僕を優しくしてくれる。良い事をすると、ヤッパリ嬉しいのだ。心がポカポカ温かくナッテイクのを感じていた。モウ一度僕は踊った。楽しい。
……ザ――ザザザ――――ザザザザザザ――――…………
……サササ――サササ――――――ササ――――……………………
擦れる音が聞こえる。それはおかしかった。この部屋には私だけしかいないはずなのに、音がサササと聞こえていた。怖くなっているけど、その音が何なのか知りたくなって目を開いた。そこは暗い空間だった。暗い空間にいるのにもかかわらず、視界に映る全てがはっきりと見えていた。まだサササという音が聞こえる。体を起こして耳を澄ますと、どうやらその音は外から聞こえてくるものだと解った。辺りを見回していると、部屋の端辺りに白い何かがあるのを見つけた。私は立ち上がりその白いものまで歩いていく。行く内にその正体が明瞭に見え始めた――――ところであった。
部屋の扉がギギギと勝手に開いた。私は頗る怖くなっていった。扉が開いたのに、そこには何も無いのだ。突然私に何かが触れた。キャッと甲高い声を上げてしまい、危うく腰から転びそうになってしまった。全身が戦きに包まれて寒気が生じ、次第に全身から冷え切った汗が多量に噴き出していき、遂には極寒の冬の中真っ裸でいる感覚を持った。
すると隅にあった白いものが宙に上がる。アアアアアと声を荒らげてしまい、その光景を見たくない余りに目を手で覆い隠した。頭の中がグチャグチャになっていく。周りで異常現象が起こっている。何で私の周りにはいつもこんな事が起こる?
私は手探りで壁を探す。壁に手を触れて頭を着けて頭で壁を打ち付けた。アアアア怖い怖い怖い――。何度も何度も打ち付けた。誰かが私を押さえつけようとする。私は抵抗して、その誰かを思いっ切り殴って、もう一度頭を壁に打ち続けた。でも誰かが私の邪魔をする。忘れたい。忘れたい。怖い。怖い。記憶が無くなるまで私は壁に頭を打ち続ける。あ。あ。あ。あ。あ。意識が朦朧とする。今すぐにでもこの意識を手放したい。
……サササ――サササ――――――ササ――――……………………
擦れるオトが聞こえる。擦れるオトが聞こえる。この部屋にはこの部屋にはわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ――――――――…………。
私は体を起こした。目をバッチリと開いたまま辺りを見回した。やや狭く暗い部屋であった。壁には黒い跡がベチャリと付いており、部屋の端には白い何かが落ちていた。私はその正体を調べるべく、立ち上がり、それに向かって走り出した。思いっきり壁にぶつかって顔を壁に何度も擦りつけた。そして全身を隈なく擦りつけ、次第に痛みが生じ、遂に痛みなど無くなった。あ。あ。あ。キモチイィ――――。キモチイィヨォ――――。
頭部を擦りつけて頭髪が削げ落ち、落ちた髪の毛を貪り食い、壁に擦りながら両手で髪の毛を毟り取り、取った髪の毛を頬張った。ウマイウマイウマイウマイウマイウマイ。
ニイサン――ニイサン――ニイサン――――コッチヲミテエェェ――――――。
床に落ちている白いモノを食った。ウマイ。あ。あ。あ。あ。あ。キモチイイィ――あ。あ。あ。あ。あ。ニイサン――ニイサン――ニイサン――コッチヲミテエェェ――――。
口の中イッパイにオイシイ味。何喰った。何を喰ったな。わたしは手に握り締めているモノを見た。それは白い何かであった。食ってなかった。食ったと思ったのに食ってなかった。それは何だ。白い。小さい。赤い。小動物。鼠。あ。あ。あ……。アア、カワイソウ。眼が抉られている。アア、カワイソウ。潰されている。アア、カワイソウ二。カワイソウだから食べてあげよう。わたしはそれを口の中に入れた。しっかりと咀嚼する。口の中はパサパサと乾いていき、ゴリゴリとオトが鳴って、ゴクリと咽喉を鳴らして飲みこんだ。おいしくてまずかった。口の中は甘い味が広がっている。蟲を噛んだような感触。わたしは口の中に手を入れて噛み砕く。ウマイ。一つ一つ丁寧に切り取って、口内で舐め回しながら吸い上げ、ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ噛み砕いて――あ。あ。あ。あ。キモチイイィ――――。キモチイイィ――――。指は真っ赤っ赤になった。真っ赤になったブブンをシッカリと舐め取って、シッカリと舐め取って、お口の中イッパイにおいしくておいしい味が目イッパイに広がった。ワタシは頭を壁に擦りつける。ゴシゴシゴシゴシ入念に汚れを落としていく。ニイサン――ニイサン――――コッチヲミテエェェ――――。そんなコエが耳の中から聞こえてきたから、急いで耳を取り外して、口の中に投げ入れ舐め回してやった。おいしいです。ゴリゴリゴリっとオトがする。ゴクリゴクリと飲み下す。
……ザ――ザザザ――――ザザザザザザ――――…………
……サササ――サササ――――――ササ――――……………………
擦れるオトが聞こえる。それはおかしかった。この部屋にはワタシだけしかいないはずなのに、オトがササササササと聞こえていた。ワタシは目を開く。眼だけで辺りを見回す。
ワタシは身体を起こした。異常に全身が冷え切っていた。右手で顔を触れてみると、ジットリと湿っていることが解った。これは汗だ、キット汗だと頭の中で信じ込ませた。
頭を抱えながら考える。アレは一体何なのか。ワタシには到底理解できないアレは現実なのか、はたまた夢なのだろうか。夢であれば悪夢。現実であれば地獄。どちらにしても気が狂ったセカイを揺蕩っていたのに変わりはない。アレは夢である、とワタシは頭の中でシッカリと確信している。気はマッタク狂っていない。正常であるワタシがアノ夢を現実で引き起こすとは到底思えない。それなのに正常なワタシがこの狭い空間に存在していて、暗く衛生面的に劣っている場所で生活を営まなくてはならないなどということは、今ならハッキリと否定が出来た。
汗のせいで冷えて、寒いと肌が感じ取る。サッサとこの部屋から出ていきたかった。だから立ち上がったのだが、しかし部屋が仄暗いせいで、目が暗闇に慣れているのにもかかわらず、歩くことさえも恐怖と感じるようになっていた。頭の中でアノ記憶が過る。ワタシが奇行に走り狂気に身を呑まれた、またアノ者となることを非常に戦いていた。それ程までに身にアノ夢が染み込んでいるようだハハハ――――。どこからともなく笑いゴエが聞こえた。コエの方に目をやったが、そこにはやはり何者もいなかった。ハハハ――――。
この部屋を包み込んでいた閑静が、収束的に消え失せた。ハハハ――――。そのコエは脳を大いに響かせ、ワタシに頭痛を引き起こさせた。ハハハ――――。ハハハ――――。笑いゴエは増殖する。声が脳裏に響くごとに、更なる頭痛がワタシを襲った。ヤサシクヤサシクヤサシクヤサシクゥ――――。新たなコエが聞こえた。キーンと耳鳴りがする。ワタシは素早く耳の中に人指し指を入れ込んだ。がしかし、ヤサシクヤサシクヤサシクヤサシクゥ――――。まだコエが聞こえる。いや、感じ取ってしまう。これは耳で聞こえていないのだ。脳に直接響させられているのだ。だから耳を塞いでもこの笑いゴエと奇妙なコエを感じ取ってしまうのだ。ハハハ――――。ハハハ――――。
ヤサシクシテ、ヤサシクゥゥウゥゥゥウゥゥゥゥウ。オネガイ、オネガイシマスゥゥ。
コエが犇めき合っている。そのせいか、コエが増大しているように感じてしまう。ハハハ――――。ハハハ――――。また増えた。複数もの笑いゴエに耐えられなくなってきた。やめてくれと呟いた。しかし誰も笑いゴエをやめてはくれない。ハハハ――――。ハハハ――――。やめろと叫んだ。やめろやめろやめろやめろやめろ。何度も何度も叫んだ。だが急に体が思うように動かなくなった。誰かがワタシを拘束しているのだ。ワタシは暴れた。この身を自由にするために、全身を荒ぶらせ、拘束から逃れようとした。しかしワタシ以上の力が身にかかっているためか、体は全く自由に動かない。ハハハ――――。ハハハ――――。心が壊れてしまいそうであった。見えないモノに幾度笑われ、見えないモノに奇妙なコエで脅かされ、見えないモノに強い力でワタシを押さえつける。やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。
急に全身の力が抜け落ちた。急速的な睡魔が襲う。視界に靄が映った。靄は黒かった。ヒトのような形をしている。ワタシはユックリと堕ちていく――――――…………。
……サササ――サササ――――――ササ――――……………………