(99)調査報告
「……というわけで、おそらくあの洞窟にいるのはクーラン王国にいた氷狼であると推察されるのです。聞いてますか!」
興奮冷めやらぬ様子で、延々とまくし立てていたのはヒューイである。レオン達は疲れ果てた表情で、商業ギルドの椅子に座っている。ヒューイに会った途端、自己紹介もないままギルド内に連れ込まれ、洞窟の魔物についての調査報告を聞かされていたのだ。シプランについた頃には頭上にあった太陽も、今や西の空へと傾きかけている。
ヒューイは氷石と魔物の関係について書かれた文献を手当たり次第に探し、クーラン王国の古い文書の中にそれを見つけたらしい。リーズは長い報告を頭の中で整理する。
「ええっと、氷狼は洞窟の中に生息していて、体全体から冷気を発していると。で、氷狼の吐く息から氷石が生み出されている、ということですかね。」
ヒューイは満足そうに頷いた。
「その通り!クーランでは氷石を取るために氷狼と共存できる方法を探していたようです。とはいえ相手は魔物。鎖でつなぐことも柵で囲うこともできなかった。」
「それは共存っていうのかなあ。」
ストリペアの小さなつぶやきは、ヒューイの耳には届かなかったようだ。
「ただ、氷狼には弱点があった。暑さと陽の光に弱いのです。そこで、氷狼のいる洞窟に陽が射し込むよう穴をあけ、それより先には出られないようにしていたようですね。」
「氷狼は人を襲わないのか?」
レオンの問いに、ヒューイは神妙な顔で答える。
「氷狼の怒りに触れた村が、猛吹雪にあって壊滅したという記録がありますね。」
あまりの被害の大きさに、レオンがのけぞる。
「おいおい。調査なんてしたら、シプランも危ないんじゃないのか。」
「ええ、まあ。僕も一応この記録を見た時に、ギルド長にお伺いを立てたわけですよ。領主様にもね。ただ、氷狼であるという確証が今の時点ではないので、できれば確認して欲しいということでした。」
「まあ、誰も姿は見ていないわけだからなあ。どうしたものか。」
「そうしたら、今回の調査は洞窟内に入って、魔物の姿を確認するということにしましょうか?」
場合によっては魔物と戦ってみることも考えてはいたが、危険が大きすぎる。リーズの提案にレオン達も同意した。
「ちなみに、氷狼の怒りの原因ってなんだったんです?」
リーズの何気なく聞いた質問に、ヒューイは表情をなくし、かけていた眼鏡を落ち着きなく触る。
「文献によると、氷狼の子供を斃したら、親が怒ったと。ただ、魔物は子供を作らないんですよね。なので、何かの間違いかもしれません。」
「魔物の子供……。それは確かにおかしいですね。」
リーズの言葉にレオンは首を振る。
「いや、子供じゃないんだろう。おそらく大きいのは“上位種“だ。村が壊滅するのも頷ける。」
魔物は群れができると、突然変異で上位種が生まれることがある。
「そんなのがいたら、大変なことになりますね。」
ミカサが首をすくめる。
「ああ。まあ、今回は姿の確認だけだから、大丈夫だろう。…後で氷狼の詳細な大きさがわかったら教えて欲しい。」
レオンの言葉に、ヒューイは頷いた。
調査の方向が決まったところで、レオン達は洞窟内の調査方法についてヒューイと相談を始めた。
「松明は使っても大丈夫か?」
「そうですね。ただ、攻撃されて消されてしまう可能性もあります。」
氷狼は吹雪を起こせるらしく、それで火も消してしまうという。自分の弱点でもあるから、間違い無く狙ってくるだろう。
「明かりがないと辛いところだなあ。」
「夜光草のランタンならあるよ。あれなら消えないからいいんじゃない?」
リーズの聞いたことのないアイテムの名前が出てくる。
夜光草は暗闇でぼんやりと光る草だ。夜の目印として使えると冒険者ギルドでも取り扱いはしているが、松明ほど明るくはない。
「暗くはないんですか?」
リーズの質問にストリペアは実際にランタンを出してくる。下の部分をくるりと回し、ガラスで覆われた中心部分をコンコンと叩くと、薄緑色に光り始める。思ったよりも明るい。ストリペアが下の部分を反対に回すと、すうっと光は消えていく。
「光る部分だけ抽出して、明るさを増したからね。大丈夫。ただ、夜光草を大量に使うから、あまり多くは作れないんだけど。」
「これは、冒険者達が知ったら欲しがりますね。」
毎回火を使わずにつけられる明かりがあれば、みんな助かるだろう。冒険者ギルドでも常備しておきたいくらいだ。
「うん。売れるようにしてもいいんだけど、何しろ高価になっちゃうからね。自分達の分しか作ってないんだ。あ、設計図だけなら売れるかな。」
「ストリペアは不便だと思うとすぐに何かを作ろうとするからな。おかげで依頼が捗るから助かってる。」
レオンに褒められ、ストリペアは嬉しそうにヘヘヘと笑ってランタンをしまった。
「設計図だけでも、売ってもらえるとありがたいです。あとでここのギルド長を紹介しますので。」
「ええっと、そういうのはめんどくさい。リーズさんに渡すから、交渉してもらえると。」
そういえば、さっきの馬車の改良でも交渉を嫌がっていた。
「分かりました。では話だけしておきますね。」
話が一段落するのを待っていたのか、ヒューイが切り出す。
「そうそう、氷狼の周囲は凍るほど寒いから、耐寒防具が必要になるが、持っているかい?」
レオンは頷く。
「氷石の話は聞いていたからな。大丈夫だ。むしろ君はあるのか?一緒に行くのだろう?」
レオンに逆に聞かれ、ヒューイは胸を張る。
「もちろんだとも!そもそも氷石を見つけたのはこの僕なのだからな!」
「準備は万端というわけだな。では、明日の朝出かけよう。宿に来てもらってもいいだろうか。ヒューイ殿。」
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