(93)雷帝の髭
リーズとアイネが宿兼ギルド出張所に戻ると、ジュドーはもうおらず、ペルーシャが1人のんびりご飯を食べていた。
早速魔法石の伝言を聞くと、「雷帝の鬣」という冒険者パーティが洞窟調査に来るという。直接カーセルではなく、シプランに一度寄るので、洞窟までの案内も頼みたいと最後は締めくくられていた。
「らいていのたてがみねえ……」
ペルーシャが首をかしげる。どうやらペルーシャは聞いた事がなかったらしい。リーズは名前は知っていたものの、会ったことはない。Bランクの冒険者は受付に並ばずとも仕事が束で来るからだ。
「リーダーのレオンは私と同じクーランの出身ですから、会ったこともありますわ。困った同胞のために支援もしてくださっていたはず。」
確か、と記憶を手繰り寄せながら、アイネはメンバーを数え上げる。
「魔法剣士のレオン、双剣のクリシュナ、弓使いのミカサ、それに錬金術士のストリペアだったと思いますわ。」
聞いただけで強そうなメンバーだ。
「錬金術士がいるんだ。」
ペルーシャはそこが気になったらしい。
「同業者みたいなものだものね。」
そうリーズが言うと、ペルーシャは嫌な顔をする。
「ボクはあくまでも薬師だよ。薬が関係するものしか作らない。この前の盗賊だって、ボクは薬しか使ってない。」
「あれは見ていて可哀想でしたわね。」
アイネが遠い目をする。
一瞬麻痺をさせた後、笑いが止まらなくなるという薬を投げられ、盗賊達は戦うだけの気力も体力も失われて息も絶え絶えだった。ペルーシャはその横でじっと観察していた。新しい薬の良い結果が得られたと満足そうにしていたので、リーズもさすがに可哀想に思ったものだ。
「とりあえずシプランに来るということで、一応宿の準備をしないといけないですかね。新しい宿に準備をお願いしましょう。」
ギルド支部として使っているこの建物も、冒険者が増えたのでら部屋もほとんど空いていない。ただ、商人向けに空き家を一軒最近宿屋に建て替えたところだった。コルダはこちらで手一杯なので、ジェーンがそちらの手伝いに行っている。シプランに来てからジェーンは智識に貪欲で、部屋の掃除などもコルダに教わってできるようになっていた。元貴族なので、立ち居振る舞いが美しいと、泊まる商人達からの評判も上々だ。
「洞窟までの案内も頼まれてるけど、どうする?ボクが行こうか?」
魔物の声に立ちすくんだリーズを気遣ってペルーシャが提案してくる。正直リーズのしなくてはならない事務仕事も溜まりつつあるので、ペルーシャに行ってもらう方が助かるのだが、やはり躊躇いを覚えてしまう。
「リーズ、遠慮は要らなくてよ。」
アイネの言葉に、リーズも心を決めた。自分の出来ないことは人を頼ってもいいのだ。
「うん、お願いしようかな。」
「任された!となれば荷物を作らないと。」
急いで部屋に戻るペルーシャの様子にリーズは首を傾げる。そんなリーズをちらりと見て、アイネが真相を告げる。
「カーセルで売りたい薬があるそうですわ。」
なんて事は無い。自分の用事も済ませたかったのだ。リーズは思わず吹き出した。
「雷帝の鬣」のメンバーがシプランに着いたのは、伝言が届いてから5日後の昼頃だった。
銀灰色の髪を持ち、腰には大剣を差したすらりとした男は、レオンと名乗った。
「王都のギルドからここに寄るように言われたのだが。君がリーズさんかな。」
「あ、はい。シプランでギルド出張所の受付をしていますリーズです。よろしくお願いします。」
ぺこりとお辞儀をして顔を上げると、レオンが小さく口を開けたまま固まっている。
「リュゼライン? いや、それならリッテルが黙っていないか。」
「リュゼライン、ですか?」
聞いたことのない名前だ。リーズも首を傾げると、レオンは苦笑した。
「すまない。昔世話になった知り合いに似ていたものだからね。まあ、彼女がこんなに若い訳がない。」
「レオン様、良くいらっしゃいました。」
優雅にカーテシーで挨拶したアイネに、レオンは右手を胸に当てて挨拶をする。
「アイネ様もご健勝で何よりです。」
「同胞のために、また多大なご寄付をいただいたとセバスチャンから聞いております。感謝してもしきれませんわ。」
セバスチャンはアイネの元執事だが、今は王都でクーラン王国出身の人達の取り纏めを仕切っている。
「私にできることをしたまでのこと。クーラン王国に近づけるのであれば、助力は惜しみませんよ。」
アイネと話をしているレオンの横に黒髪の女性が立つ。髪は柔らかくうねり、まとめることなく肩まで垂らしている。短い上着にふわりとしたパンツは見たことのない衣装だが、艶やかで目を引く。両腰に刀身の曲がった剣を差している。
「レオン。私たちのことも紹介しちゃくれないかね。」
「そうですよ。美しい女性とお知り合いになるチャンスなのですから。」
「ミカサはその一言を言わなければいいのに。」
口々に主張を始めるメンバーに、レオンは苦笑する。
「堪え性のないメンバーで申し訳ない。挨拶をさせてもらっていいだろうか。」
「ええ、もちろんですわ。」
アイネの言葉をきっかけに、黒髪の女性が一歩前に出る。
「初めてお目にかかります。クリシュナです。よろしくお願いします。」
次に出てきたのは黒髪の男性だ。クリシュナと違って髪は真っ直ぐで、少し長めに切り揃えている。リーズとアイネの手を取ると、恭しく額につけ、にこりと笑う。
「ミカサと申します。美しい皆様に会えたこの日に感謝を。」
その手をパシッと払った後、恥ずかしそうにしている小柄な女性はもじもじとしながらお辞儀をする。
「ストリペア……です。うちのメンバーがすみません。その、お怒りでしたらこの男の手を切っていただいても構いませんので。」
口調と話していることの差が大きすぎる。ミカサはシュッと手を引っ込めて後ろに隠した。笑ってしまいそうなのを堪えて、リーズは口を開く。
「リーズです。この度は依頼を受けてくださってありがとうございます。依頼の内容について説明は必要ですか?」
「魔物を倒さず調査をする必要がある、と聞いているが、それほど詳しい内容は聞いていない。できれば詳しく教えてもらいたい。」
「分かりました。そうしましたら、これから宿に案内させていただき、少し休まれた後、依頼内容をお話しする、と言うことでよろしいですか?出発は明日ということで。」
リーズの言葉にクリシュナが嬉しそうに笑う。
「ありがたいねえ。ここまで歩き通しだったから少し休みたかったところだよ。」
「歩き、ですか?」
王都からシプランまでは馬車で7日かかる。それを5日で歩いてきたのだろうか。リーズが驚いているとレオンが笑う。
「そのくらいの芸当ができないと、Bランク冒険者にはなれないからな。シプランには珍しい魚介料理があると聞いている。楽しみだ。」
どうやら、説明の前に、アマトリーさんのところに行って、料理を頼む必要がありそうだ。
「なんか騒がしいけど、誰かきたの?」
のんびりした声が頭上から降ってくる。お昼時だとペルーシャが部屋から出てきたのだ。
「『雷帝の鬣』の皆さんがお着きです。」
ペルーシャは慌てて下りてくる。
「ペルーシャです。ボクが洞窟まで案内することになってます。よろしくお願いします。あ、足りない薬があったら言ってください。薬師なので。」
ターバンを巻いた頭をペルーシャが下げる。
「薬師のペルーシャ? ペルーシャ・イズラウト?イズラウト商会の?」
ストリペアが目を丸くして呆然としたように呟く。
「あ、錬金術士の方ですかね。イズラウト商会は父がやってます。」
ペルーシャがそういうとストリペアは無言で腰に下げた袋から丸いものを取り出す。それを見てレオン達は息を呑み、ギョッとしたように一歩下がる。
「おま、それはやめろ!それをここで投げたら宿屋ごと吹っ飛ぶぞ!」
ストリペアは淡々とした口調で答える。
「こんな機会そうそうないから、好きにさせて。大丈夫。調査は私一人でもちゃんとやるから。」
「俺たちを巻き込むことは確定なんだな?」
大騒ぎしているレオン達を見て、ペルーシャも自分の危機を察した。
「えーと、良くわからないけど、一度大人しくさせたほうがいいってことだよね?」
ペルーシャも不気味な笑みを浮かべながら、何やら出そうとしている。ペルーシャの出すものもかなり危険だ。
「いや、ペルーシャ!冒険者に怪我をさせたら責任問題だから!」
「怪我をしなければいいんだね?」
どちらも引かない様子を見て、アイネが手を前に出す。
「二人とも一旦凍らせて頭を冷やしましょうか。」
「アイネさんもやめてください!」
騒ぎを聞きつけたセレネが険しい表情で現れた。
「何ですかこれは、騒々しい!」
聞いた事のないセレネの厳しい言葉に全員がピタリと固まる。
皆の様子を一瞥して、何があったのか大体想像がついたのか、セレネはため息をつく。
「この件を私から王都の本部に報告させていただいてよろしいですか?どちらも査問会議にかけられることになるかと思います。『雷帝の鬣』の皆様はランク降格、リーズさん、アイネさん、ペルーシャさんはギルドから処分があるでしょう。その覚悟がおありなら、ぜひ外で続けて下さいませ。」
雷帝の髭はもっと落ち着いたパーティだったはずなのが、キャラが暴走しています。
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