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(90)無理難題

「リッテルを大至急呼び出してくれ。」

 カルダンはギルド本部に戻って職員にそれだけ伝えると、本に埋もれかけている自分の椅子に座る。少し乱暴だったのか、足が本に当たってしまい、積んであった本が倒れてしまった。しかし、それを直す気分にもならない。


 クーラン王国から、魔物を掃討する。それは冒険者ギルドとしても悲願だが、今回ばかりは本当に気分が悪くなる。イライラと足をぶらぶらさせていると、職員が部屋に入ってきた。

 崩れている本を見てため息をつく。が、直してくれる気はないようだ。


「本は自分で片付けてくださいね。サイラス本部長のリッテルが来ています。」


 カルダンは瞬きをした。頼んでまだ少ししか経っていない。

「ずいぶん早いね。」

「知らせる前にいらしたので。通してよろしいですか?」

「ああ。お茶も頼む。」


 しばらくすると、リッテルがやってきた。右目眼帯でつるりとした頭。鍛えられた筋肉でできた体を無理矢理白いシャツに押し込んで、職員の証であるタイをしている。そして手には書類だろうか、紙を握りしめていた。


「突然の訪問、申し訳ありません。少し相談したい案件がありまして、まかり越しました。」


 かしこまったリッテルの言葉に我慢しきれず、カルダンはとうとう笑い出した。


「なにそれ。新しい拷問か何かなの?笑ったら鞭打ちとか?」

 カルダンの言葉に、リッテルは不機嫌な顔になった。


「うるせえ。一応立場が立場だからちゃんとしてやったんじゃねえか。」


 あっという間にいつものリッテルに戻り、近くにあった椅子にどっかりと座る。そこに職員がやってきて、ヒイヒイと笑い続けるカルダンを冷たい目で見ると、リッテルだけにお茶を出してさっさと下がっていった。


「ぼ、僕のお茶は……。」

「出す価値もねえと思われてるんじゃないか。よく教育されてるな。」


 笑いの発作がやっと収まり、カルダンは自分の椅子から立ち上がると、リッテルの前の椅子へと移動する。


「さて、僕も話があるんだけど、どっちからがいいかねえ。」

「ここは、カルダン本部長からでいいですよ。」

「そうかい?気分の悪くなる話だよ?」

「今一番気分が悪いんでちょうどいい。」


 大笑いしたことをまだ怒っているらしい。


「国からの依頼が出たよ。クーラン王国への護衛依頼だ。」

 リッテルは眉を寄せる。

「意味がわからん。王国に入る手立てでも、国は見つけたのか?」

「橋をかけるんだってさ。」

 カルダンは机の上に地図を広げる。その中、ランテッソ王国南端の場所をカルダンは指さした。一番クーラン王国に近い場所だ。

「これからここでクーラン王国へと橋をかける作業が行われる。その作業が無事終わり、誰かがクーラン王国に入るまで、警護をするのが僕達の仕事。」

「期限は?」

「一応5年。それを過ぎたら他の案に変えるって。でもその場合は報酬なし。」

「は?」

 呆れ顔から怒りで顔が赤くなるリッテルを見て、カルダンは自分も感じた怒りがおかしいわけではないことを確認した。

 そう、無茶苦茶すぎるのだ。

 貰えるか分からない報酬目当てに誰が依頼を受けてくれると言うのか。ただ、残念ながら依頼を断るのは難しい。

「王命だって言うからねえ。断れないんだよ。」

「ギルドを潰す気か?」

 リッテルが怒りのあまり拳で机を叩くと、置いてあったお茶が飛び跳ねて、地図を濡らした。

「ああ、また怒られる。」

 カルダンが持っていたハンカチで地図の上のお茶を拭いていると、リッテルがふうっと息を吐く。

「すまん。」

「いや、怒ってくれてよかった。そう思うのが普通だよね。」

 さも受けるのが当然だというように、命令書を出してくる辺り、ヴィットリオもやはり貴族の一員だ。そして強かに次の手を打ってくる。

「その代わり、トレンタのギルド支部再建については、国で負担してくれるってさ。土地の権利も100年ギルド持ちで。」

 冒険者は国民ではないので土地が買えない。王都のギルドも土地を借りているという状態だ。その土地代を100年払わなくてよくなる。

「南部の民を賦役に回して橋を作るんだけど、その前にギルドの建物を作らせてやろうと有難いご慈悲だよ。」

「ギルドの建物は練習台かよ。」

 リッテルは吐き捨てるように言ったが、ギルドとしてもこれは悪い条件ではないのだ。なにしろトレンタのギルド支部再建のための予算がまるまる浮くのだから。国からの報酬がなくとも、そこから冒険者達への依頼料を出すことができる。


 そして北部の領主は南部に賦役が課されることで溜飲を下げ、南部の領主は冒険者により民の安全が手に入る。トレンタとしても冒険者ギルドがあった方が有難い。その分守備に回す騎士団の数を減らすことができるのだから。


 いい采配だと思わざるを得ないのだが、ヴィットリオの手のひらで踊らされているのが何よりも気分が悪い。


 リッテルもよく考えてこの依頼を受ける気になったらしい。


「警護ってのは、どの辺まで入るんだ。建築中に高いところから落ちて死んでも俺たちの責任になるのか?」


 死んだら失敗であれば、リスクが高すぎる。自分たちで高所作業をした方がマシだ。


「いい質問だね。建築中の事故、魔力の濃さによる病なんかは

 入らない。あと、自分だちで喧嘩をしたり、脱走したりしても僕たちが責任を取らなくていい。まあ、脱走したらどうせ処刑されるんだけど。」


 賦役に耐えられず、逃げ出そうする民はいるのだ。そして見せしめのためにそれは必ず処刑される。


「南方の民とはどこで合流だ?」

「トレンタだね。あちこちの領地から来るから、集まってくるまでは自領の騎士団で送ってくれるだろう。ただ、僕たちは、王都から他の護衛任務がある。護衛というよりは見張りかな。」


「王都から見張りって一体誰を。」

「そりゃもちろん、犯罪奴隷たちさ。こっちの脱走は流石にペナルティがある。」


 王都内で罪を犯した犯罪者は収容所へと入れられ、犯罪奴隷として身体に印を付けられる。その後、鉱山や開拓地、場合によっては兵士として、過酷な労働に従事する。そんな犯罪奴隷達にまずは橋を架けさせてみるのだ。成功したら奴隷から解放されるという条件付きで。喜んで参加するだろう。


「つまり、犯罪奴隷達をトレンタまで護衛すればいいのか?」

「いや、まず真っ直ぐ橋を架ける場所まで行く。ここだね。」


 カルダンが地図上で指差した場所は、ランテッソの南端。そこからつつっとカルダンは指を東へとずらす。そこには、ミシュリ村の文字があった。


 クーラン王国に一番近く、魔物が溢れた日に酷い被害を受け、子供と老人以外はいなくなってしまった村。それでも今でも細々と暮らしているという。


「ついでにミシュリ村で冒険者を受け入れられる準備をする。護衛にも交代や休憩が必要だからね。ほら、この前の子、リーズって言ったっけ。彼女は確かミシュリ村出身だよね。」


 ミシュリ村にギルドを作りたいと職員になった彼女だ。行けと言えば喜んで行くだろうが。


「はあ、まあそうなんだが。タイミングが悪いというかなんというか。」


 リッテルの歯切れが悪い。そして握り締めていた書類を差し出す。


「実はこれ、そのリーズからの依頼書でな。カーセルの町近くの洞窟に、大きな魔物がいるから、高ランク冒険者グループに調査を依頼したいんだと。カーセルは氷石を使った保冷箱を最近売り出しただろう?どうやら氷石と魔物は関係がありそうでな。氷石が取れなくなるかもしれないから、魔物はなるべく倒して欲しくないそうだ。……どうする?」


「なんだい、その、難易度が高そうな依頼は。」


「カルダン本部長の依頼よりはマシですがね。」


 どちらにせよ困難しか待っていない未来に、2人は揃ってため息をついた。


 今年は冒険者ギルドにとって災厄の年なのかもしれない。


ギルド本部が2つになってしまってわかりづらいですね。カルダンは冒険者ギルドの総本部長で、リッテルはランテッソ王国の冒険者ギルドの本部長になります。国からの依頼は総本部が全て受けています。他の国の冒険者ギルドと総本部も転移紋章で繋がってます。使えるのは上層部だけです。

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