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(89)策謀

 

 ギルド本部長のカルダンは、宰相であるヴィットリオに呼び出され、王城の一部屋にいた。貴族向けとはい言い難いその小さな部屋は、石壁に囲われており、国旗を模したタペストリーが掲げられている。勧められて椅子に座ったカルダンは、お茶を持ってきた侍女が下がるのを見守った。扉には護衛騎士が一人立っている。剣も預けてきたので、襲われたら逃げ切れるか自信はない。


(そんなことにはならないと思うけどねえ)


 ヴィットリオとの付き合いはギルド長に就任してからだが、貴族だからと特権を振りかざすこともなく、淡々と用件を話すだけの男に、カルダンは嫌な気はしない。それでも長いこと宰相の座にいるところを見ると、裏では色々とやっているのだろう。大分白いものが混じってきた灰色の髪と黒い目の宰相は、重々しく口を開く。


「クーランの事件から20年が経った。復興も大分進んだ。そろそろ、クーランに向けて軍を出す準備をしたいと思う。ギルドの準備はどうか。」



「まずはミラルディ辺境伯領都にもう一度冒険者ギルド支部を建てたいと思います。また、海沿いの魔物が減少しているのではないかという報告が上がっていますので、引き続き調査を続けます。」


「そうか。20年……長かったな。」

 感慨深げなヴィットリオの声に、カルダンの記憶が蘇る。



 クーランが崩壊し、一気に溢れ出た魔物の群れは、辺境伯領都であるトレンタに押し寄せてきた。内海を挟んだイルーファンとクーランとの海上貿易で栄えていた都は、大きな船が行き交う港町だった。その都にあの日、魔物が海と空から押し寄せてきた。ミラルディ辺境伯家の軍は、なす術もなく、魔物によって壊滅させられた。辺境伯も幼い子供を残して命を散らした。王宮では軍の派遣について、意見が真っ二つに割れた。王都を何としても守るべきだ、という者と、トレンタに向かわせるべきだ、という者。南部の領主達は自分の土地にくる魔物の撃退でいっぱいいっぱいだった。

 それから20年.。ひたすらトレンタの立て直しに時間をかけた。軍の派遣が遅れた事に後ろめたさもあったのだろう。トレンタ復興には多くの国家予算が組まれた。辺境伯家の幼い跡取りには宰相と祖父が後見人となり、お家騒動が起こらぬようにした。とはいえ問題だらけの領地で領主になろうという者はさすがにいなかった。魔物の溢れる海から逃げるように、都自体が後退し、魔物対策として高い城壁が周りを囲む都市へと変化した。

 しかし、20年が経ち、北部の領主達からは南部での税の軽減について不満が出始めている。

 元々温暖な気候で農作物は南部の方がよく取れる。陸路はどうしても時間がかかるため、農作物の値段にそれが反映され、物価は高止まりだ。それで儲けている南部の領主もいるようだ。



 一方、冒険者ギルドも混迷を極めていた。


 急報を聞いた冒険者ギルドでもすぐに冒険者を集め、トレンタへと向かわせた。王都に魔物の群れを近寄らせないべく、戦いながら南へと向かった。ギルド本部長のカルダンもその頃は冒険者だった。辺境伯家領地までたどり着いた時、都のシンボルだった美しい港は瓦礫の山と化し、冒険者ギルドの建物も崩壊していた。その壊滅的な様子に膝から崩れ落ちそうになったことは今でも脳裏に焼きついている。後悔したのは、船で行かせてしまった高ランク冒険者グループがあったこと。彼らはトレンタにも王都にも戻って来ることはなかった。


 魔物の再来を警戒し、トレンタ付近で復興の手伝いや、魔物の残党狩りをしていたカルダン達だったが、被害が大きすぎた。トレンタの冒険者ギルドの所属だった冒険者と職員を合わせて残っているのは2割程度。このまま継続するのは難しいと、トレンタの冒険者ギルドは閉鎖されることになった。


 責任を感じた当時のギルド長が辞任し、カルダンが後を継いだ。何よりも重要視されたのは、高ランク冒険者の育成だ。各国の冒険者ギルドと連携し、Bランクへと昇級できそうな冒険者をグループにし、高難度の依頼や貴族向けの依頼を回した。高ランクに上がるためには礼儀作法も必要になってくるのだ。それが嫌でギルド長になった冒険者もいるが。


 今やギルド公認のBランク冒険者は200名を超える。Aランクを超えると、国からの引き抜きが多くなってしまう。苦肉の策だ。

 これでも魔物の群れに対抗するには戦力は足りないが、クーランの様子を伺うには十分だろう。

「ところで、クーランへはやはり船でいきますか?」

 カルダンの言葉にヴィットリオは顎を撫でる。

「船はまだ不安がある。全員海の藻屑となるのは、後味が悪すぎる。」

「では?」

 空を飛ぶ手段はかつてあったときくが、今は無い。

「うむ。クーランとランテッソの海峡に、不思議な塔があるのは知っているな。」

「はい。」


 クーラン王国とランテッソは、実はかなり近い。ランテッソの最南端からは、クーランが見える。

 そして、その海峡には不思議な石の塔がいくつも並んでいた。はるか昔、クーランとランテッソが地続きであった名残だとも言われている。


「あの塔を橋で繋げば、渡れるのではないか、と意見が出てな。」


 カルダンはヴィットリオの顔色を伺ったが、本気がどうか分からない。


「クーラン王国の近くは魔力が濃すぎて、魔法使いには危険です。誰が橋をかけるのですか。」


 ランテッソにも魔力溜まりと言われることが場所が複数存在し、魔物はそこから湧いてくる。そのため時折冒険者ギルドでも魔力溜まり周辺を確認し、魔物を掃討する依頼がくる。その際一番影響を受けやすいのが魔法使いである。

 魔力が濃すぎる場合、動けなくなり、最悪の場合、石化症を発症する。これは、魔力が強い者ほど魔力の影響を受けやすいためではないか、と言われているが、まだ石化症の治療法は確立していない。


「魔法使いでなくとも橋はかけられるだろう。川にかける橋は誰が作ってるんだ?」


「それは。」


 ヴィットリオの言わんとしていることが分かり、カルダンは口をつぐむ。職人を連れて行き、海に橋をかける。それがランテッソの貴族達の意見だと。


「魔物の出る危険区域には平民を出さないはずでは?」


 この質問は首を絞めることになるかもしれないと思いながらも、聞かずにいられなかった。自分たちが戦っているからこそ、平民達は安全に暮らしているのだ、と言う自負もある。


「もちろん騎士団も出そう。冒険者ギルドにも護衛依頼を出す。それなら大丈夫だろう?」


 沈黙するカルダンにヴィットリオは微かに苦々しい表情を浮かべる。


「これは、南部への税。賦役なのだよ。」


読んでいただき、ありがとうございます。

ちょっと説明の多い回です。

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