(85)事前調査
氷石の取れる洞窟の調査依頼を受けたリーズ。
リーズとペルーシャは、氷石のある洞窟を目指して案内人と一緒に山を登っていた。洞窟内では寒いからと長袖を着てきたが、あまりの暑さに袖は捲ってしまった。夏の名残が恋しい季節だが、長袖で動き回るにはまだ早い。リーズは額の汗を拭った。
「ここが採掘場だ。」
案内人の鉱夫が指差した場所には、小さな小屋と、山の内部へと続く坑道があった。岩を四角くくり抜いたような入り口からは、ひんやりとした空気が流れてくる。
「ここから先は、ちゃんと着てないと冷えるぞ。」
案内人はそう言いながら、背嚢に入っていた上着を出して着る。
まだ汗がひいてないのに、と思いながら、リーズも同じように上着を羽織る。ペルーシャも同じように上着を着た。頭のターバンはそのままだ。
「もっと土っぽいところを掘るのかと思っていたよ。」
ペルーシャの言葉に、案内人は首を振る。
「いやいや、氷石は岩の間にしか咲かねえのよ。」
「石が咲く?」
不思議な言葉に、リーズは首を傾げた。
「見てみりゃ分かる。行くぞ。」
松明の準備をした案内人は、坑道へとズンズン入っていく。リーズとペルーシャは慌てて後を追いかけた。
坑道内は、広々とした空間になっていた。切り出した石の壁が垂直にそそり立ち、遥か上を見上げると、四角い穴がいくつも空いている。そこから光が差し込み、薄暗いながらも周りの容子は見て取れた。頭上には、採掘用のローブが何本もぶら下がっていた。
「うわぁ……。」
リーズは思わず声を上げた。
その一角で、案内人は何やら探している。やがて目当てのものを見つけたのか、壁に向かって松明を高く掲げた。
「ほら、これだ。」
呼ばれて近づくと、岩の隙間から透き通った平べったいものが、岩の間から顔を覗かせていた。いくつも重なり合っているそれは、確かに花びらに見えなくもないが、リーズは別のものを連想した。
「キノコみたいだな。」
ペルーシャが遠慮なく言う。
「あれが氷石だ。詳しいことは知らねえが、岩の間の水を吸い上げて大きくなるんだと。大きくなる時に冷たい空気を出すから、この中はいつも寒いんだ。ただ、この辺は取りすぎたから、育つまでは触らないように言われてる。」
案内人はそう言いながら、さらに奥へと進んでいく。通路はなだらかな坂道になっているようだ。奥から冷気がふうっと流れこんできて、リーズは思わず上着の前をぎゅっと握りしめた。
進むほど、闇は深くなっていく。ふと振り返れば、入り口だけがぼんやりと明るい。やがて目が慣れてくると、壁にはりついた氷石がキラキラと松明の炎を反射して光っているのが見えた。
「太陽の光がない方が、氷石は育つらしい。だからこの辺は暗いんだ。」
案内人が教えてくれる。
「こんなに暗いと、氷石を取るのも大変じゃないですか?」
リーズの問いに案内人は首を振る。
「せっかくだから、氷石を取るところを見せてやろう。」
案内人は壁に向かっていくと、何かに手を伸ばした。た。金属製の輪が、壁にいくつも取り付けられている。案内人はその一つに松明を差して安定させた。なるほどこれなら両手が空く。案内人は慣れた手つきで腰から小さなツルハシを抜き取ると、氷石の付け根にそれを差し込んだ。
「氷石はそんなに固くないから、石と岩の間の部分をちょいと叩いてやれば取れる。ただ、素手で触ったらダメだ。手の皮がごっそり持って行かれるぞ。」
こんこん、とツルハシで根元を叩くと、氷石が一枚、ぽろりと剥がれ落ちてくる。それを分厚い手袋をした手で受け止めると、案内人はほら、と氷石を差し出した。
手袋をしたペルーシャが、氷石を手に取る。手のひらに入る大きさだが、強い冷気を出している。
「氷石が大きな塊になることはないんですか?」
リーダーの問いに、案内人は大きく頷く。
「ああ。氷石同士はくっつかない性質があってな。ただ表面が滑りやすいから、扱いには注意が必要だ。衝撃を与えると割れちまうからな。」
「ふうん。採取作業も楽じゃなさそうだ。」
手に取って眺めていたペルーシャが案内人に氷石を戻すと、案内人は腰にぶら下げた袋にそっと石をしまった。
「ああ。一歩間違えば凍死する場所だからな。獣もそれが分かってるのか、ここには入ってこない。今日案内する場所はもっと奥だ。ついてこい。」
案内人は再び松明を手に取ると、歩き始めた。
だらだらとした坂道が終わり、平坦になった。リーズとペルーシャがやっと並べる程度だった通路も、徐々に広くなっていく。ぼんやりと前に明かりが見えてきた。
「あれ、明るい。」
リーズは呟いた。
光の方へ吸い寄せられるように足を進めると、不意に案内人が立ち止まった。
よろめいたリーズは慌てて足を止める。
案内人の前には鉄格子が立ちはだかり、その先には進めないようになっていた。
「あの光の先が洞窟だ。前はあそこまで行けてたんだが、最近変な唸り声が聞こえるようになってな。立ち入り禁止になってるんだ。行くなら開けてやるが、どうする?」
そういうと案内人は腰に下げた鍵を見せた。リーズは鉄格子の向こうに目を凝らす。
(元々今日は場所の確認だけだから、無理に進む必要はないんだけど……。)
奥の様子が気になり、隣にいるペルーシャに視線を向けた。ペルーシャもまた、同じことを考えていたようだ。
「鍵開けてくれる?もう少し近づいてみたい。」
ペルーシャは案内人に言った。
「気をつけるんだぞ。」
案内人は鍵を開け、松明から火を分けてくれた。リーズとペルーシャは小さな明かりを手に、光の射す方へと向かう。
光の向こう側には、横に広がった入り口が大きく口を開けていた。中は暗くて見えない。冷たい空気が流れ出しており、奥に氷石があるのは間違いなさそうだ。試しに探査スキルを使ってみると、複数の赤い点が見えた。ゆっくりと動いている。
「魔物はいるみたいだけど……。」
「けど?」
リーズの言葉にペルーシャが問いかける。
「山の中にいるのか、洞窟の中にいるのか分からない。とりあえず近くにはいない事だけは分かる。」
洞窟の大きさが分からないと、調査の計画が立てられない。しかし、リーズの探査スキルでは把握出来ない。リーズは途方にくれた。
「こんな寒いところにいる魔物となると、雪狼か氷蛇、フロストもいるかなあ。」
ペルーシャは呟く。
どれも洞窟を根城にする魔物で、危険ランクとしてはBからCだ。フロストは単体であれば問題ないが、群れに遭遇すると、冷気攻撃で凍りついてしまうこともある。
「ボクは寒いところは苦手なんだよ。」
ペルーシャは洞窟に近づき、持っていた火で奥の方を照らそうとするが、光は届かない。
唸り声が聞こえたというが、今は耳を澄ましてみても聞こえなかった。
「一応、偵察用の明かり玉は持ってきてる。」
リーズがそう言いながら、小さい魔石を取り出した。明かりの魔法が込められており、投げるとしばらくの間光ってくれる。囮にも使える便利な道具だ。
「ボクが投げてみる。」
腕力のあるペルーシャが明かり玉を手に取った。明かりの魔法を発動させると、ペルーシャは思い切り洞窟の奥へと投げ込んだ。ひゅっと光の筋が洞窟の奥へと吸いこまれていく。からん、という音の後、光は見えなくなってしまった。
「奥に入りすぎたかな。」
「いや、多分ここからまた、下り坂になってるんじゃないかな。」
リーズが近づいて洞窟の奥を覗き込むと、下の方に小さな光が見えた。点滅する時にキラッと光るのは、氷石だろうか。
思わず2、3歩洞窟へと踏み出しかけた時、小さな唸り声が聞こえた。それはあっという間に近づいてくる。明かり玉の光が届かない場所に、何かがいる。目だけが光った。大きい。
「ひっ」
リーズは硬直した。大きな魔物が空を埋め尽くすほどやってきて。狭い地下室で、ひたすら耐えて。出てきたらお父さんはいなくて。幼い頃の記憶が、走馬灯のように頭を駆け巡る。
「リーズ!」
ペルーシャがリーズを抱え上げると、鉄格子まで駆け戻る。
「おじさん!鍵を閉めて!奥へ!」
「あ、ああ。」
案内人は慌てて鍵を閉めた。
魔物は明るいところが苦手なのか、洞窟から出てくることはなかった。
読んでくださりありがとうございます。
2話前の番号が重複してましたので、直します。
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