(8)初めての冒険です。
アリサはドキドキしながらギルドの前に立っていた。王都の外に出て、ローズスパーダーを倒して糸を取るのだ。お父さんには危ないことをしなくてもいい、と止められたけど、登録証でお金も借りられて、ポーションも買えた。スパーダーの糸を取って売ればお金になるし、少し糸をもらって何かを作ってみてもいい。糸を取る道具も装備もちゃんとあるのはさっきから何度も確認している。
「アリサさんね。お待たせしたかしら。」
声をかけられて振り向くと、ギルドのドアが開いて長い髪の綺麗なお姉さんがでてきた。赤いタイをしている。確かこの前も見た気がする。
今日一緒に行ってくれる人だろうか。
「アリサです。今日はよろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げると、お姉さんはくすりと笑った。
「私はここのギルドの受付リーダーを務めているシェリルよ。これからよろしくお願いします。今日一緒に行ってくれる人もそろそろ来るはずだけど…。ああ、来たわね。」
シェリルさんの見ている方を振り向くと、男の人が歩いてくるのが見えた。お父さんよりちょっと若い感じがする人だ。赤銅色の髪は短く整えてあってひげもちゃんと剃っている。赤茶色の革鎧と黒いボトムが似合っている。アリサとシェリルさんの顔を交互に見てニコッと笑う。
「シェリル、久しぶり。まさか新人教育に呼ばれるとは思わなかったよ。」
「忙しい人が多いのよ。あなたの予定が空いていて良かったわ。彼女が今日一緒に行ってもらうアリサよ。アリサ、こちらがエドワルドさん。色々教えてもらいなさいね。」
急に自分に話をふられ、慌ててアリサも挨拶をする。
「アリサです。今日はよろしくおねがいします!」
「はじめまして。エドワルドです。まだ小さいのに冒険者志望とはすごいね。」
丁寧に挨拶してくれたけれど、「小さい」の一言にちょっとムッときた。
「小さくないです!もう13歳です。」
同じ年頃の女の子と比べると小さいとよく言われてしまうけど、もう見習いで働ける歳なのだ。ふくれた顔のアリサを見て、エドワルドさんはアリサの正面を向いた。かなり上の方にあった顔が近くまで降りてきて、アリサはどきりとする。緑色の目がすまなそうに揺れていた。
「ああ、ごめんね。もう一人前も近いのに小さいは失礼だったね。うちの妹が同じくらいだからつい…。」
「あら、エドワルドに妹がいたのね。知らなかったわ。」
「一緒に暮らしているわけじゃないからね。村から出たこともない子だから、冒険者になりたいなんて考えてもないだろうなあ。帰ると土産をせがまれて困る。」
妹の話をしているエドワルドさんは、お兄さんという感じの顔をしていた。悪い人ではないみたいだ。
「ただなあ…。さすがに二人で行くのはどうなんだろう?俺の妹が同じ状態だったら、絶対止めるぞ。」
エドワルドさんが腕を組んで首をかしげる。何かいけないことがあるのだろうか?そういえばお父さんが「冒険者は男の人が多いから危ない」とかなんとか言っていた気がする。
シェリルさんはそんなエドワルドさんを見てふふっと笑う。
「そういう風に考えてくれるから、エドワルドを選んだのよ。でも安心して。うちの職員もつけるから。」
シェリルさんがドアをあけると、この前話を聞いてくれたお姉さんがでてきた。今日は青いタイはしていない。アリサと似たような冒険に行く服を着ている。
「あ、リーズさん! ひょっとして一緒に行ってくれる人って…」
「うん。まあ、そういうことになりました。よろしくお願いします。」
知っている人がいるだけで、なんとなく心強い。アリサはなんだか嬉しくなった。
「リーズさん、よろしく。エドワルドだ。得意なものは?」
「よろしくお願いします。私のことはリーズと呼んで下さい。短剣と探査スキルが得意です。」
「わかった。じゃあ、リーズが先頭で、探査スキルをながら進む感じでいいかな。」
リーズさんとエドワルドさんが打ち合わせをしているのをなんとなく聞いていると、シェリアさんが近づいてきた。
「二人とも冒険には慣れているから大丈夫。今日の目標は怪我をしないで帰ってくることよ。いい?」
「はい!」
張り切りすぎて、大きな声が出てしまった。
ローズスパーダーのいる森は木漏れ日の森と言うらしい。王都の門を出て鐘一つ分くらい歩いたところにあるとリーズさんが教えてくれた。隣の街へと続く道の途中にあるので、歩いている最中も馬車が時々アリサ達を抜かしていく。
「街道には魔物は出ないんですか?」
アリサ達だけでなく、歩いている人もそこそこいる。これなら確かにお父さんでも隣町まで一人で行けそうな気がする。
「この辺はまだ王都が近いから、魔物も警戒してよっぽどのことがない限り近づかない。山の中の道なんかには出るけどね。ただ、魔物がいない分、盗賊が出やすくなるんだよね…」
エドワルドさんの言葉にアリサの体がすこしこわばる。盗賊に襲われ、帰ってきたお父さんはひどい有様だった。馬車の荷台から落ち、気絶していたのが良かったらしい。
「今は大丈夫。王都の騎士団もギルドも見張りを交代で置いているから。」
フォローするようにリーズさんが声をかけてくれる。もし強くなれれば、とアリサはつい考える。もし強くなれたらお父さんにひどいことをした盗賊達を捕まえることもできるんだろうか。そしたらお金もたくさんもらえたりとかして、冒険者としてだけじゃなくて服を作ったりする仕事もできたりして…
「アリサちゃん、着いたよ。」
声をかけられて我にかえる。上の空で歩いているうちに森に着いたようだ。大きな木が鬱蒼と茂っているが、人もよく通るのかずっと奥まで道が続いている。
「ここからは魔物も出るけど、襲ってくるような魔物は少ないから無理して戦わなくていい。」
「は、はい。」
戦わなくていいとエドワルドさんには言われたけれど、少し怖いので短剣を鞘から抜いて構える。
「アリサさん、まだ剣はしまっておいていいですよ。必要な時には声をかけるので。」
見るとエドワルドさんもリーズさんもまだ剣は出していない。
「と、突然出てきたりしないですか?」
「大丈夫ですよ。探査スキルを使うので。でも、スキルがない人と組むこともこれからあると思うので、警戒しながら歩くことは覚えた方がいいですね。」
周りの音や葉の動きなど、気をつけた方がいいことを教わりながら歩く。喋っていると弱い魔物は人間がいるのが分かって寄ってこないらしい。ガサっと音がしたのでそちらを見ると小さなウサギみたいな生き物がぴょんと跳ねて逃げていった。速すぎて魔物か動物か分からない。
魔物と動物は似たような形をしているものがあるけど、違いがある。動物はつがいを作れば増やせるけど、魔物の増やし方はわからない。魔物からは魔石が取れるけど、動物からは取れない。どっちも食べられるし、皮や毛は使い道がたくさんあるけれども。
「魔物は飼えないんですか?」
「魔物と仲良くなれるスキルを持ってる人はいるみたい。そういう人は一緒に行動してるけど、飼ってる…のとは違うんじゃないかな。見たことはないけど。」
リーズさんは首を傾げながら答える。アリサも魔物を王都の中で見たことがないから、珍しいスキルなのかもしれない。
「俺は見たことがある。鳥の魔物を肩に乗せてたな。飼っているというよりは、仲間に近いらしい。」
エドワルドさんはあちこちに冒険に行っているようで、いろんな人と知り合いみたいだった。前を歩いているリーズさんが振り返ってアリサを見る。
「アリサちゃんはどこでローズスパーダーの糸取りを見たの?それこそ珍しいよね。」
「一度だけお父さんと一緒に隣町まで行ったことがあるんです。」
アリサが9歳位の頃だった。隣町まで仕入れに行くのにどうしてもアリサを預けられなくて、一緒に行くことになったのだ。お父さんは途中で何かあったらと心配していたけど、アリサは行ったことがないところにいけるので、馬車の中からワクワクしながら外をみていた。
「ん?何かあったのか?」
お父さんが馬車の速度を下げる。前をみると馬車が止まっていた。乗っていた人も降りているようだ。
「どうした? 車輪でも壊れたか?」
お父さんが声をかけると、一人の男がふりむいた。
「森の中を走っている間に、馬車にローズスパーダーが落ちてきてね。ここなら危なくないからとりあえず糸を取っちまおうってことになっただけだ。護衛もいるから大丈夫だよ。」
「ローズスパーダーの糸?」
アリサがお父さんに尋ねると、お父さんは糸取りの様子をみせてもらえるようお願いしてくれたのだった。馬車の中からだったけど。
ローズスパーダーはひっくり返った状態のまま、ぴくりとも動かない。その横で火をおこし、鍋にお湯をグラグラするまで沸かし始めた。
「ねえ、なんでお湯を沸かすの?」
お父さんに小さな声で聞く。
「ローズスパーダーの糸はそのままだとあまり強くないし、色も白い。だけど、お湯にくぐらせて紡ぐと、とても強くなるんだ。色も変わるんだよ。見ててごらん。」
準備ができたのか、女の人がローズスパーダーのおしりのあたりをごそごそしている。やがて白い糸がそこからしゅるしゅると出てきた。
女の人は出てきた糸を鍋の中に入れていく。ある程度入れると、鍋に棒を差し入れ、くるくると回す。棒を引っ張り出すと、薔薇色の糸がキラキラと光りながら棒に巻かれて出てきた。
「うわあ、きれい…。」
何度か繰り返していると、スパーダーがみじろぎした。女の人は慌てることなく歌うような拍子で言葉を唱える。そうするとキラキラとしたものが見えて、またスパーダーは動かなくなった。
あの歌は動かなくするおまじないなんだ。アリサも使えるようになりたい。そう思ったアリサは、必死でその歌を覚えたのだった。
「それで麻痺スキルを覚えちゃったんだから、アリサちゃんはすごいよね。」
リーズさんに褒められて、なんだかくすぐったくなる。ふっとさっきから気になってたことを聞いてみたくなった。
「リーズさんはいつから冒険者をやってたんですか?」
「私?アリサちゃんと同じ13歳からだよ。」
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