(78)食用可
宿屋の外は嵐が吹き荒れている。窓も全て打ち付けてあり、昼間と思えないほど暗い。明りの光だけが頼りだ。
その中、リーズ達は木箱を囲んでいた。昨日の夜は適当に箱に投げ込んでしまっただけで終わりにしていた。
商業ギルドに納入するには、魚の種類と数を申請するべきだろう。そう思って調べてみたら、とんでもないものが混じっていたのに気づいたからだ。
それは魚の魔物。魔魚と呼ぶべきだろうか。外見的には他の魚と見分けがつかない。平べったい形で皮は黒くて固く、つやつやしている。
普段は砂の中に潜っているフラウダに似ている。
しかし鑑定してみると、魔物であり、しかも「食用可」だった。
「まあ、コッコも魔物だけど食べるからね。」
ペルーシャがこともなげに言う。
「今まで食べられる魚の魔物はいなかったのかしら。」
アイネの問いにリーズも首を傾げる。
「魔物だって分かった時点で捨ててましたから。良く見る魔物は魚の形してないです。」
この前の地引網の時の魔物も、スライムに近い物やクラゲのようなものだった。たいてい毒があるので海に戻すか埋めてしまう。
さすがに水揚げされた時点で生きてはいない。
「これ、どうやって食べるのかしら。」
セレネが思わずといった様子でつぶやく。皆の視線を感じて、セレネは慌てて言い訳をはじめた。
「おいしいんだったら、評判になるかもしれないでしょう?冒険者ギルドへの依頼も来るかもしれない。」
「冒険者でもない人が海に出て漁をしようとしてしまうかもしれませんけれどね。」
リーズの言葉にセレネはしゅんとなる。
リーズもまた漁ができるようになるのは嬉しいのだ。しかし、経験的に海の魔物は危険だという思いがある。
冒険者がついていることが条件として漁をする。それが理想だ。しかし、魚がお金になるとわかれば、無理をしてでも海に出ようとする人が出てくるだろう。
「でもさあ。食べてみるのは大事だと思うんだよ。コッコだって誰かが食べてみたから今は皆食べられるんだし。」
この嵐ではアマトリーも宿屋に来ない。つまり、皆お腹が空いているのだ。
とはいえ、魚は商業ギルドに納める物だから、食べるわけにはいかない。
「……さばくのならできます。」
リーズは折れた。食べてみるのも大事だし、やはりリーズもお腹がすいていた。
「こういう魚はどうやって食べたらおいしいのかな。」
「分かりませんが、焼いてみましょうか。というか、他の方法がないので。」
調理器具はあるが、誰も調理をしないので、調味料がほとんどないのだ。
干物を作るために、塩だけはいつも豊富にもっている。そして、リーズでもできる。
「じゃあ、よろしく。一応部屋から薬を持ってくるよ。」
ペルーシャは一旦部屋に戻った。
「昔の方は偉大ですわよね。命をかけて食べることに挑戦してきたのですから。ちょっとジェーンさんの様子を見てきますわ。」
リーズ達がカーセルにいっている間に、交流を深めていたらしい。アイネはジェーンの様子を見に行った。
リーズは調理場に魔魚を持っていくと、丁寧に洗う。皮は固くて食べられそうにない。ただ、皮を剥ぐと崩れてしまうかもしれない。
鱗を取り、腹を切り裂くと、小さな魔石が転がり落ちた。
「やっぱり、魔物なんですね。」
一緒についてきたセレネがつぶやくと、魔石を取る。
「この大きさだと、ほとんど値段はつきませんね。」
「そうですね。クズ魔石扱いかと。」
クズ魔石は集められ、魔力を吸いだす装置を使って魔力だけ抽出されるらしい。
国が行っている事業なので、詳しいことは分からないが、それが王都を守る障壁に使われていると聞いたことがある。
それも冒険者ギルドの大事な収入源だ。
小さめの頭部を取り、皮に切れ目を入れると白い身があらわれる。つやつやとしておいしそうだ。
念のため、切れ目の近くの身をすこし切って口に入れる。セレネがぎょっとして身体をひいた。
「リーズさん!生は危険では?」
「このくらいなら大丈夫です。それにしても……。」
おいしい。脂がほどよくのった切り身は柔らかく、噛むと旨味が感じられる。
生の魚を食べるのは漁師の特権だが、時折虫がいて腹を下すことがあることもリーズは知っていた。
「リーズさん?」
黙ったままのリーズにセレネはいぶかしげに声をかけてくる。
「ああ、焼く以外の食べ方もあるかなと考えていました。今日は試しに焼いてみましょう。」
魚に塩を振り、あたためたフライパンにのせると、じゅっという音がして、香ばしい匂いが調理場にたちこめた。
「あら、いい匂い。」
「ええ。ただ。この宿には6人いますから、少しずつしか食べられませんよ。」
「それは仕方ありませんわね。他には何かないのかしら。なければ非常食を出してくるしかないのだけれど……。」
セレネはごそごそと調理場の棚を漁り始めた。ほどなくして戻ってきたセレネは嬉しそうに芋と人参を抱えていた。。
「魚を食べた後に、スープでも作りますかね。」
「干し肉なら荷物にあるはずよ。」
汁物は腹にたまりやすいので、干し肉のスープは冒険者の定番メニューだ。
「ついでにこの魚の頭も入れてみましょう。」
さっそくリーズは鍋に水を入れて火にかける。野菜を切っているうちに、セレネが干し肉を部屋から持ってきた。
「すみませんが、ペルーシャの部屋にいって、香草を少し分けてもらってください。スープに入れると言えば、喜んで出してくれますから。」
ペルーシャの香草が入ると、一味も二味も味が変わる。
「それは、入れて大丈夫な草なのかしら。」
セレネもペルーシャのことが分かってきたようだ。不安な様子でリーズに聞いてくる。
「まあ、多分。自分も食べますからね。」
時々身体が熱くなりすぎたりとか、やたら食べた後にお腹が空くとかいうこともあるが、健康には問題ないとペルーシャは言っていた。
だから、大丈夫だ……多分。
リーズは残りの材料を鍋に入れると大きくかき回した。
てきぱきした女性のはずのセレネさんが崩れてきています……
食べるところまで書くつもりでしたが長くなってしまったので次回に。




