(71) 意外な出来事
カーセルに向かう馬車は混んでいた。
若い男の子達による送迎はやめたようだが、それでもカーセルで仕事をしたいと思う女性は多かった。
セレネと二人、はじっこの方にひっそりと座ると、いつもとちがう客に気づいた女性たちが声をかけてくる。
「あら、あんた確か冒険者ギルドの子じゃなかったかい?」
「あ、はい。リーズと言います。お世話になってます。」
思わずぺこりとお辞儀をすると、大きな身体をゆすりながらその女性は笑った。
「お世話になってるのはこっちだよう。あの怠け者達を働くようにしてくれたんだからね。」
「そうそう。酒飲んで管を巻いてるばかりだったのが、最近は漁の話ばかりだからねえ。『明日は漁があるから、酒はやめとこう』とか言っちゃってさ。」
夫の口癖を真似たような口調に、あはははっと大きな笑い声が起こる。
「こっちが稼いできてもむすっとしてるばかりだったからねえ。喧嘩も減ったし、良いことづくめさ。」
「あのターバンの子が売ってくれる薬も助かってるんだよ。いろいろとね。」
きゃあっと先程とは違った歓声が起こる。額を突き合わせて何やらひそひそと話す姿が楽しそうだ。
「ギルドが村に受け入れられているのは何よりですね。」
セレネがにこやかに笑う。リーズは大きく頷いた。
馬車は舗装されていない道をがたごとと走っていく。時折轍に車輪を取られると、乗っている全員で馬車を戻してまた進む。
いつもそうしているのか、それに文句をいう客は誰もいなかった。
「もう少し舗装が進むといいですね。」
「舗装にもお金がかかりますから。でも、今後の投資ということで進言することはできそうですね。」
リーズの言葉にセレネもすぐに頷いた。セレネにも馬車の乗り心地が堪えたらしい。
お昼前に、馬車はカーセルについた。
カーセルは大きな町だった。山にむかってなだらかに上がっていく形で町が作られている。町の周りは城壁で囲まれ、魔物や盗賊などへの備えもしっかりしているようだ。
石造りの大きな建物が町の奥へ行くほど多くなっている。がやがやと女達はその町の奥へと向かっていった。これから仕事をして夕方にはまた戻るのだ。移動の方が時間がかかるだろうが、それでもここで働けるのは魅力的なのだろう。セレネとリーズもつられるように町の奥へと進んでいく。
「あの女性達も工場では貴重な人材なのでしょうね。だから、領主様は村に工場を移転することも考えて、屋敷を村に建てることを考えた。屋敷を建てるとなれば、道も舗装する必要が出てくる。なかなかどうして先を見通した領主のようですね。」
セレネが感心したようにつぶやいている。実際の領主に少しばかり迷惑をかけられた気もするリーズとしては、あまり同意はできないが、町のにぎやかさは領主の力の賜物なのだろう。
「ここまではクーランの事件の影響はなかったみたいですね。」
「海から離れていたのが幸いしたのでしょうね。あとは、『人魚の涙』。あれには魔物よけの力があるとか。」
セレネも大体の話は聞いてきたようだ。
「魔力を吸い取る力があるので、魔物には嫌な感じがするのだと思います。人間でも影響を受けてしまうので。」
「なるほど。あちらが商業ギルドですね。」
セレネが立ち止まって左手を見る。王都でも見慣れた商業ギルドの看板が目に入った。誰にも道を問うことをせず、迷うことなく商業ギルドへと向かうセレネの様子に、リーズは首をかしげた。
「セレネさん、カーセルには来たことがあるんですか?ずいぶん詳しいような。」
リーズの言葉に、セレネはあ、という顔をした後、はにかんだ。
「カーセルの商業ギルドで働いてたことがあるのです。その後王都へ行って、冒険者ギルドの仕事をするようになったものですから。」
リーズは驚いた。てっきり王都育ちだと思っていたからだ。
「え。それならカーセルにご実家があるんですか?」
「いえ。私の両親は5年位前に亡くなりまして。それもあって冒険者ギルドへ。」
言いにくそうに話すセレネに、リーズは慌てて頭を下げる。
「そういうことだったんですか。話しにくいことを聞いてしまって申し訳ありません。」
「過ぎたことですから。では行きましょうか。」
セレネが商業ギルドの扉をあけると、もう一つ扉があり、その前には一人の男が立っていた。
「いらっしゃいませ。ギルドにどのようなご用件でしょうか。」
「久しぶりね、トーラム。今日は冒険者ギルドの用事できたの。今のここの責任者にセレネが来たと話を通してもらえるかしら。」
名前を呼ばれた男は最初戸惑った顔をしたが、セレネの名前を聞いて、笑顔を浮かべた。
「セレネさん?え、王都に行かれたと聞いてましたけど、またこちらに戻るんですか?」
「違うわ。冒険者ギルドの用事だと言ったでしょう?こちらでも冒険者ギルドの仕事が請け負えるように準備に来たのよ。」
それだけで、トーラムと呼ばれた男は内容を察したようで、扉を開ける。
「なるほど。送金などの手続きが必要になりますね。では、確認してまりますので、こちらでお待ちください。」
そう言われて階段を上がると、上品な部屋に通された。リーズとしてはこんな部屋は落ち着かないのだ。汚さないようにソファに小さくなって座っていると、お茶が運ばれてきた。
セレネは当然のように手に取るが、リーズはさすがに取る勇気がでない。そうしていると、お茶を運んできた女の人が話しかけてきた。
「セレネさんが来たって、下は大騒ぎです。もしよかったら後で声をかけてあげてください。皆喜んでますから。」
「あら、お局が来たって怖がってるの間違いじゃないのかしら。」
「そんなことないです!むしろ新人研修を見てもらいたいくらいです。」
「あの、セレネさんって、ここではどんなお仕事を?」
思わずリーズが口をはさむと、よく聞いてくれたとばかりに、女の人は手を組んで言う。
「セレネさんは、私たちの希望の星だったんです。女はなかなか出世できなかったんですけど、セレネさんは副ギルド長で、もう少しでギルド長に……。」
「昔話はその辺にしてね。そろそろギルド長がお見えになる頃だと思うわよ。」
セレネの言葉にはっとしたように女の人は口をつぐむと、一礼して部屋を出ていった。リーズはちらりとセレネを見るが、何もなかったようにお茶を飲んでいる。
そのうちバタバタと足音がすると、扉がばたんと開けられた。仕立ての良い服を着た恰幅の良い男だ。セレネを忌々しそうに睨んでいる。
「セレネ、お前何をしにきた。」
「仕事だといったでしょう?ダミアン。お客に大してその態度はどうなのかしら。」
確かここには給料をもらう手続きと馬車を借りる話を来ただけではなかったか。
リーズは話がややこしくなりそうな予感に顔をひきつらせた。
先週は体調不良により、あげられませんでした。
3連休で書き溜めたかったのですが……




