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(70) ジェーンの身の上

 差しさわりがあるから、どちらの家名も出せないけれど。と断りを入れてからセレネは話をはじめた。

 丁度良く戻ってきたアイネとペルーシャも一緒に話を聞いている。


「ジェーンは子爵家の3番目の令嬢でした。父親は王宮勤めをしていたので、ジェーンも王都から出たことはなく、貴族院に通っていました。」

「貴族の教育をする場所ですわね。」


 領主のキャセリンドも通っていたと言っていた。


「ええ。将来の相手を見つける場でもあるのですが。ただ、ジェーンは婚約者がだいぶ前から決まっていたのです。父親が仕えている方からの指示で。」

「お父様は上の方からの信頼が厚かったのですね。」


 どういうことだか分からないとリーズの顔に書いてあったのに気づき、アイネがリーズの方を向く。


「自分の部下を他の信頼する部下と結婚させることで、地盤を固めているのですわ。どうでもいい部下なら、そんなことをわざわざしませんから。」

「なるほど。政略結婚というやつだな。」

 

 うんうんとペルーシャが頷く。偉い人ほど自分で相手を見つけて結婚するのは難しいらしい。カーセルの領主はかなりの幸運の持ち主だったようだ。


「相手の方も貴族院に通われていたのですが、そこでどうやら他の方と恋仲になってしまったそうなのです。」

「まあ、よくある話ですわね。」

「よくあるの?」

 

 アイネの相槌に思わずリーズは突っ込んでしまう。


「将来の相手を見つける場だとセレネさんもおっしゃっていたでしょう。優良物件なら周りの方も放っておきませんわ。」

  

 リーズにはそういう相手がいなかったので良く分からないが、ギルドの先輩も、「いい男は早い者勝ちよ!」と酔っぱらって言っていた。


「いやでも、人の婚約者はまずいんじゃないの?」

「貴族は一夫多妻も認められていますからね。妾として囲われることもありますわ。」

 

 何かを思い出したのか、アイネがとても苦い物でも飲み込んだような顔をする。そういえば結婚を迫られたとか言っていた気がする。


「問題はその相手の方が身分が上だったのです。そうなると、本人の気持ちもあるので断れない。けれども入り婿になるにせよ、上司からの指示がある結婚話を断れば大変なことになります。そこでジェーンに問題があるとして婚約破棄をしようと考えたようで。ジェーンをその、知らない殿方と部屋で二人きりに……。」

 

 セレネが言い淀むと、アイネの眉がきっと上がる。


「なんて酷いことを。」

「え、何でひどいの?」


 ギルドで知らない冒険者と話をすることもあるリーズとしては、何がいけないことなのか良く分からない。知らない人と二人なんて嫌だろうな、とは思うけれど。


「うん。リーズがお子様なのは分かった。後で話す。それでその場にふみこんだわけ?」


 ペルーシャがリーズの疑問を放り投げて先を促す。


「はい。それでふしだらな女とは結婚できない。婚約破棄だと……。その話を聞いた父親も信じてしまったようで、ギルドに冒険者登録をしに来たのです。」


 冒険者登録をするということは、貴族籍から抜くということだ。今まで何の仕事もしていなかった令嬢が生きていくには辛すぎる。


「普通であれば領地に戻されるくらいでしょうけれど。上司がよっぽど怖い方なのかしらね。」

「そこまでは分かりません。登録をした次の日にはかばん一つでギルドの前に放り出されていたので。」

「うわあ。それはひどい。」


 身の回りのことも全て侍女がやっていただろうに、一人で生きて行けと言われても何をどうすればいいのかすら分からないだろう。ジェシーも死にそうな顔で佇んでいたので、ギルドでとりあえず保護をしたという。そこまで話したセレネがアイネの方を向く。


「ギルドの上にも王都から出してほしいと話が回ってきたようで、話し合いの結果、人目のつかない場所で一人で生きていけるだけのスキルを身に着けようということになったのです。そこで、アイネさんがシプランにいるから話し相手としても教育にしても丁度いいのではないか、と。」


 貴族の話も知っていて、冒険者として自分のこともできるアイネなら、確かに今後のことを考える相談相手としてはぴったりだ。


「つまり、これはギルドから私に対しての依頼、ということになるのかしら。」


 アイネがひどく真面目な顔でつぶやいた。上司命令、というやつである。ただ、アイネはやる気のようだ。

 事情が分かったところで、これからのことだ。ペルーシャが首をひねる。


「冒険者になるにしても、何かスキルはあるのかな?アイネみたいに魔法が使えるとか。」


 セレネは首を振る。


「残念ながら魔力はほとんどありません。特別なスキルもなかったと聞いています。貴族としての嗜みは身に着けていますけれど。」

「貴族の嗜みって何?」

「マナーにダンス、音楽に裁縫といったところかしら。」


 アイネが言うとセレネが同意する。


「ええ。作ったものを見せてもらいましたけど、ジェーンは刺繍が上手です。後は薬草の知識が少しあるくらいでしょうか」

「刺繍ねえ。この村で需要があるかなあ。それともペルーシャの薬づくりを手伝ってもらうとか。」


 リーズがうーんと考えていると、ペルーシャが何かを思いついたように言った。


「元貴族ってことは、貴族の家で働くこともできるのかな?」


 急な質問にセレネが瞬きをする。


「え?そうですね。見習いでどこかで働くことができれば。立ち居振る舞いに関しては問題ないと思いますので。ただ、雇ってもらえるかどうか……。」


「どういうこと?」


 話が見えない様子のリーズにペルーシャが焦れたように机を叩く。


「ほら!カーセルの領主だよ。この村に屋敷を建てるって言ってた。」

「ああ!」


 こちらに屋敷を建てれば、新しく使用人が必要になるだろう。屋敷が建つにはまだかなり時間がかかる。シプランで働く使用人ということで、今から仕事を教えてもらえばいいのではないか。


「こんな村で働いてくれる人なんて少ないんだから、紹介してみても損はないんじゃないかな。」


 話を聞いたセレネも大きく頷いた。


「確かに、冒険者としてやっていくよりは、その方がうまく行きそうな気がしますね。」


 ギルドで受ける仕事は多種多様だ。そのなかに侍女の仕事があっても問題はない。多分。


「護身術も教えましょう。このままにはしておけませんわ。」


 ジェーンの身の上話を聞いて、アイネの何かに火がついてしまったようだった。


お読みいただきありがとうございます。

アイネもペルーシャも結婚には興味があまりないので、コイバナをほぼしたことがないのです。

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