(7)ローズスパーダーの討伐をお願いします。
リーズはまず初心者向けの説明をアリサにすることにした。突然なろうと思ったのだから知らないことも多いはずだ。
「まずは、冒険者登録について説明します。最初に言っておくと、最初の半年は見習いね。一人で依頼は受けられません。」
アリサの目が大きく開かれる。
「え。じゃあお金は…。」
「大丈夫。一人で受けられないだけだから。ただ、研修料として一緒についていく人に依頼料の5割を渡すことになります。色々教えてもらったり、守ったりしてくれるからそのお金だと思って。最初のうちはついていく人はこちらで信頼のできる人を斡旋します。」
はじめたばかりの冒険者は危険度が高い。だから研修と言う名目で護衛がついていくのだが、逆に冒険者になった者が依頼を達成できずに逃げ出すことのないように、という意味もある。もちろんそんな話はしない。
「最初の2年間は色々な補助がでます。お金の貸し付けもするし、住む場所や食べ物、薬も格安で提供します。ただし、2年間続けられなかったら、冒険者の資格はなくなり、それまでにかかった経費を払ってもらいます。アリサさんは家はあるみたいだから、必要なら生活費の一部を借りるのもいいと思う。依頼をきちんと受けていればちゃんと冒険者を続けられるし、借りたお金も返せるから。」
「私、戦ったことなくて…。」
ほとんどの人はそうだ。リーズは安心させるためににっこり笑う。
「仕事は魔物の討伐だけじゃないですよ。パーティーを組んで自分の得意なところを生かす方法もあります。戦い方を知りたければ、格安で講習を受けることもできます。ギルドのメンバーと一緒にキャンプをしながら魔物の弱点や倒し方を教えてもらえるのでオススメですよ。」
アリサはどうしたらいいか一生懸命考えている。魔物と戦うのは今までやったことのない人には辛いだろうな、とは思う。使えるスキルがあれば道は増えるのだが。リーズはアリサの前に両手を広げたくらいの鉱石版をおいた。
「とりあえず、どんな方向がいいのか、スキルを見せてもらっていいですか?」
「は、はい。」
「ここで見たスキルについては、アリサさんの許可がない限り誰にも話さないから安心してください。じゃあ、両手をこの石版の上にぎゅっと押し付ける感じで。」
アリサが鉱石版に両手を押しつけると、リーズの持っている書類に木のような模様が表れる。書類の上にも小さくリングネル鉱石があり、それを通して表示される仕組みだ。一つの場所から枝分かれしている枝を辿ると、さらに枝分かれして広がっていく。そして枝分かれしたところ、枝分かれした先に文字が書いてある。これが「スキル」と言われている、その人が持つ技術である。はっきりと見えるのは習得済のもの、薄ぼんやりとしているのは、確率的に発生するが、未習得のものだ。
アリサは、縫製スキルを主にした枝が多い。その中に見たことのないスキルがあった。「糸使い」である。糸紡ぎスキルから派生しているようだが、条件をまだ満たしていないのか薄ぼんやりとしている。
「縫製関係のスキルが多いね。お母さんに教わっていたの?」
アリサはこくんと頷く。
「お母さんにも教えてもらったし、ここしばらくは家での繕い物も私がやってました。本当は服飾ギルドで働くつもりだったんだけど…。」
「待てなくなっちゃったのね。糸紡ぎもできるの?」
「お父さんの仕事場に遊びにいったことがあって、その時に教えてもらったんです。筋がいいってほめられて、時々家でもやってました。」
そういえば父親の職場は布を扱っていたのだったか。布織もやっているお店なのだろう。
「『糸使い』ってスキルに聞き覚えある?」
「『糸使い』ですか?あまりスキルの話ってしたことなくて。」
アリサは首をかしげる。
基本的にスキルを見る鉱石版〜スキルボードと呼ばれている〜は、冒険者ギルドしか使えない。そのためほとんどの人は自分の持っているスキルを知らない。ただし、手数料を払えば、誰でも自分のスキルは確認できる。貴族の婚姻や、明らかに才能があると分かる人が確認のために使うくらいだが。
リーズも多少縫製スキルがあるし、自分のスキルも確認したことがあるが、『糸使い』というスキルはどこにもなかった…と思う。
「私の方でも調べてみますね。冒険者として使えるスキルかもしれませんし。」
「本当ですか?よろしくお願いします。」
アリサはペコリと頭を下げる。素直ないい子だな、と思う。
糸紡ぎから派生しているなら、糸の仕事を探してみてはどうだろうか。思いを巡らせたリーズはある案件を思い出した。ずっと貼り出されたままの依頼だ。
「ローズスパーダーの糸は見たことありますか?」
ローズスパーダーは森にいる蜘蛛の魔物だ。繁殖能力が高いため、時々討伐依頼が出る。お尻から糸をだして獲物を絡めとるが、その糸が丈夫で綺麗なことから、かなりの値段で取引されている。ただ、糸を取るのが難しいのだ。アリサはぱっと顔を輝かせた。
「とっても綺麗な糸!気絶させたスパーダーのお尻からシューって引っ張り出すんです。そのままだとネバネバするんだけど、お湯に入れるとバラ色に変わって、くっつかなくなるの。」
「できる?」
「やったことはないけど…多分。」
最初は失敗するのもいい経験になるだろう。
「スパーダーは怖くない?」
「気絶してれば動かないし、おまじないも知ってる!束縛の糸よ、廻れ回れ…」
アリサが唱えながらリーズのほうに手を向けた。とたんにリーズの体は動けなくなる。声も出せない。
アリサはどうやら麻痺スキルをもっていたらしい。
(いやいやいや、ちょっと待って!誰か助けて!)
「あれ?お姉さん、どうしたんですか?」
アリサは不思議そうな顔をしてこちらを見ている。自分がしたことを分かっていないようだ。
麻痺を自分で解く方法はない。就職した時に状態異常を防ぐアミュレットを配られていたが、さすがに仕事場では必要ないと思ってしていなかった。
(お願いだから、その手を向けないで!)
リーズの必死の眼差しがアリサに通じたのか、アリサは自分の両手をしげしげとみる。
「あ、私…?」
首が動かせるなら大きく頷いているところだが、全く動かない。
「ご、ごめんなさい!誰か呼んできます!…すみませーん」
慌てたアリサの声を聞きながら、リーズはそこで助けてもらうのを待つしかなかった。
「まったくもう、何をやってるの。」
「全くだ!ボクが呼ばれるなんて何があったのかと思ったよ!」
シェリルとペルーシャに怒られながら、リーズはひたすら小さくなる。
「す、すみません…。」
リーズの様子を一目見てシェリルは救護課に連絡した。呼ばれたペルーシャに麻痺なおしの薬を注射され、リーズが動けるようになったのは、それから30分くらい経ってからだった。その間アリサはすみませんすみませんと謝っていたが、アリサのせいではない。
「何のためのスキルボードなの。先にちゃんと確認しなさい。それから仕事場だろうが何があるかわからないのよ。いつでもアミュレットは外さないこと。」
「そうだそうだ。ほら。持ってきたから付けておいて。」
リーズのロッカーに入っていたアミュレットをペルーシャが付けてくれた。
「はい、すみません…。」
穴があったら入りたいとはこのことだ。
「じゃあ、ボクは戻るよ。この麻痺なおしの注射も便利だから、ぜひギルドで取り扱って欲しいな。」
「ギルド長に話しておきます。今日はありがとうございました。」
シェリルがペルーシャに丁寧に礼を述べる。ペルーシャが帰ると、シェリルはリーズを見た。視線が冷たい。
「この後の説明は、私も隣で聞いてるから、続きをさっさとやりなさい。もう話せるのでしょう?」
「はい。」
リーズの隣にシェリルが座る。
「時間をとらせてしまったわね。続きをおねがいできるかしら。」
「は、はい。」
おどおどしていたアリサもリーズの様子を見て安心したようだ。しっかりと座り直す。
リーズはもう一度スキルボードを見直す。さっきは縫製スキルに気を取られて気付かなかったが、下の方に麻痺スキルがしっかりとついていた。
麻痺スキルは魔法スキルの一つであり、魔力があるのが最低条件だ。
「麻痺スキルが使えるということは、魔力があるんですね。」
「そうなんですか?糸を取るのを見た時にぶつぶつ言いながらやってたのを見たので、てっきり上手にできるおまじないなんだって思ってました。」
スキルの効力も人それぞれなので、人によっては使っていても気づかないこともある。
だれだれさんのお母さんに「いたいのいたいのとんでけ。」って言ってもらうと傷が治ると評判になっていたのを調べたら実際に弱い治癒魔法を持っていたなんてこともよくある話である。
魔力を持っているならもう一つ調べることがある。リーズは登録セットの中から魔石を取り出す。魔力測定ができる特別な魔石だ。
「これをちょっと握って、大きくなれってお願いしてみてくれる?」
リーズは持って来た魔石をアリサに渡す。
「??」
アリサはよく分からないまま魔石を握って目をつむる。しばらくするとぱっと目をあけてリーズを見上げる。
「なんか手の中がもぞもぞする!」
「手を開いてみて。」
手の中にはさっきまで小指の爪くらいの大きさしかなかった魔石が、二回りくらい大きくなっていた。
アリサの魔力を吸って大きくなったのだが、大きさからしてそれほど多くの魔力はないようだ。
時折魔石が大きくなりすぎて割れてしまうほど魔力を持った人がいる。そういう人は、魔法学院に行って無償で様々な魔法を学ぶことができる。ギルドの初級魔法コースでも受ければ、麻痺以外の魔法も使えるようになるかもしれない。ただ、これは有償になる。
とりあえず麻痺スキルは冒険者としても便利なスキルだ。強い人と組めばローズスパーダーの討伐くらいはできそうだ。シェリルにそう伝えると、シェリルは黙って頷いた。その方向でいいようだ。
「じゃあ、まずはローズスパーダーの糸を集めてもらおうと思います。討伐依頼で。」
確か依頼書が残っていたはずだ。ローズスパーダーはそれほど強くない割に探すのが大変で、討伐対象としては敬遠されがちなのだ。ただ、糸が取れれば高値で買い取れる。
リーズの言葉にアリサはこくんとうなずいた。
「はい。頑張ってみます。」
「そしたら、準備が必要ですね。必要なものはここに書いてあるので、これを見て揃えてください。下に書いてある店に行って初心者だと言えば、ほとんどの物は無料で手に入ります。糸を取る道具だけはなんとか自分で用意してください。」
防具と武器はギルドの登録証があれば初心者に限り店で無料でもらえる。ただ、見習いが作った物を支給されるので、出来に文句を言ってはいけない。いいのが欲しくなったら稼いで新しいものを買えばいいのだ。
「依頼の手続きに入ってもいいですか?ここから先は冒険者登録が必要になります。」
最終確認をすると、アリサは頷いた。
「自分の名前は書ける?」
「はい。」
王都に住んでいる子は読み書きができる子が多い。依頼書が読めないと話にならないので、読み書きができない冒険者は、まずその講習を受けてもらわないといけないのだが、その必要はなさそうだ。
「では、本人登録をしますので、ちょっと指先失礼します。」
尖ったペンの先でぷつりとアリサの指を刺すとぷくりと丸い血が出てくる。それをペンに吸わせた後、アリサに書類にサインをしてもらう。
その間に空の登録証を用意した。リングネル鉱石の小さい版だ。
サインの上に石板を押し付けると、サインが赤い字で写る。しばらく待つと、字が薄れてただの石版に戻った。これで登録完了だ。
「これが登録証。ただの石版に見えるけど、こういうのにくっつけると…」
スキルをみるために使った板に触れさせると、文字が表れる。今はリーズが持っているから文字が赤い。本人が持っている時は文字が黒くなる。なりすまし防止である。
「なくすと再登録とかすごく大変だから絶対になくさないで下さいね。簡単に加工できるから、持ちやすい形に変えておくといいですよ。」
「加工?」
「例えば…指輪とか。」
指輪の形をイメージしてぎゅっと握ると、板はグニュグニュと形を変えて指輪になった。
「ええっ、なんで?」
アリサが目を丸くしてみている。もう一度元に戻るようにイメージすると板は元の形に戻った。
「不思議だよねえ。金属なんだけど手でちぎることもできるし、硬くすることもできるし。こうやって
いろいろな情報を入れることもできるの。」
「ふうん…。」
アリサは受け取った板を持ってあれこれ考えていたが、とりあえず腕輪にすることにしたようだ。指輪は縫製の邪魔になるらしい。
「それじゃあ依頼の受け方です。普段は受けたい依頼を受付に持って行きます。依頼書は壁に貼ってあるので自分のランクと合っているかどうかよく見てください。アリサさんは初心者なのでGランクです。ポイントがたまるとFランクに上がれます。ランクが上がれば仕事も報酬も増えますので、まずは頑張ってFランクを目指しましょう。」
リーズはローズスパーダーの依頼書を取ってきてアリサに渡す。
「ローズスパーダーの討伐依頼です。一体につき50ライヒ。ローズスパーダーの眼を証拠に持ってきてください。糸が取れた場合については別途買い取りをします。」
「分かりました。」
「では、登録証を。」
いつものように登録証を押し、サインを貰えば依頼完了だ。その様子をみていたシェリルが口を開く。
「明後日の朝、ギルドの前に来て下さい。その時に一緒にいく冒険者を紹介します。こちらの不手際でアリサさんにはご迷惑をおかけしてしまったので、実力のある冒険者を責任を持ってつけさせていただきますわ。」
「本当にすみませんでした。登録証があれば薬なども格安で買えますので、ぜひ準備にも役立ててください。」
お父さんのポーションもこれで安く買うことができるのよ、と言外に伝える。
「はい!ありがとうございます。明後日までに準備をします。よろしくお願いします。」
アリサは深々とおじぎをして帰っていった。
この後延々とシェリルの説教が続き、解放されたのはギルドが閉まる少し前だった。ギルドの受付は9の鐘で終了だ。夜は非常用の窓口に一人だけ夜勤の職員が入る。
「『糸使い』かあ、気になるなあ…。」
「なんか言ったか?」
思っていたことが口から出てしまったらしい。後片付けをしながらアンドルーの言葉に首を振る。冒険者のスキルは極秘事項だ。
「ねえ、みたことないスキルとかってどこかで調べたりできるのかな?」
「さあ?研究してる奴に聞くとか?」
突然のリーズの問いにアンドルーも首をひねる。
「スキルの研究なら、王立研究院かしらね。でも一般人は入れないわよ。」
話を聞いていたのか、シェリルが近づいて来た。
「ですよね。スキルって多くてよくわからないから、説明しづらくて。」
「そうねえ。例えば『鑑定』スキルを持っていると、スキルの詳しい内容が見られるようになるわね。ただ、習熟度によってみられる範囲が変わってしまうけど。習得は進んでいるのかしら?」
シェリルがふふっと笑う。
「絶賛練習中です…。ひょっとしてリーダーはスキルの鑑定ができるんですか?」
「そこまでのスキルは持っていないわ。ギルドでもほとんどいないんじゃないかしら…。」
思ったより習得は難しそうだった。
「あなたが第一号になってくれていいのよ?リーズ。」
「いやいやいや! そんな期待をされてもこたえられないっていうか…。」
「期待してるわよ?」
笑顔の圧力がマックスになっている。聞くんじゃなかった…。そう思ってもあとの祭りだ。
とはいえ、今回の場合はリーズが鑑定スキルを覚えるよりも、アリサがスキルを習得する方が早いだろう。
「あとは…そうね。スキルをまとめた本がギルドの資料庫にあったような…。」
「それは私でも見られますか?」
思わず飛びついたリーズの顔を見てシェリルがふふふと笑う。何かを企んでいる顔だ。
「私が入室許可証を書けば、見られるわよ。でも、条件が一つあるわ。」
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次回は火曜日に更新となります。




