(61) 調査の結果
朝日も昇っていない砂浜には、多くの漁師達が集まっていた。海からは海鳥の鳴き声が聞こえてくる。
船には網が積み込まれ、いつでも始められる準備が整っていた。
「じゃあ、私とアイネが船に乗るとして、網を下ろしてくれる方はいますか?少し危険かも知れませんが。」
「俺が行くよ。」
リーズの声に手を挙げて近づいてきたのは、見覚えがある男だった。筋肉質で褐色の肌。灰色の髪……。リーズの視線に気付いたのか、男はニカっと笑った。その笑顔でリーズははっと思い出した。村に来てすぐの頃、釣りをした時に会った男だ。
「前に海岸でお会いしましたよね?干物の!」
「ああ。ヤシオだ。あの干物は旨かった。」
「魔物も出る可能性がありますけど、そちらは大丈夫ですの?鍛えていらっしゃるのは見てわかりますが。」
アイネの言葉にヤシオは力こぶを作る。
「時々カーセルに行って伐採を手伝ってる。魔物もその時に戦ったことがあるぜ。海の魔物も見たことがないわけじゃない。足手まといにはならないと思うがな。」
この様子なら、魔物が出てきてもなんとかなるだろう。リーズとアイネは頷きあった。
「分かりました。ではお願いします。」
「ボクは浜にいるよ。魔物がいないとも限らないし、毒のある生き物もいるからね。」
むしろ毒のある生き物を期待しているんじゃないかと思うようなうきうきとした声を出しているのはペルーシャだ。
「ええ。お願いしますわ。」
リーズ達も簡単な打ち合わせをすると、それぞれの場所に向かった。
アイネも今日はスカートではなく、パンツ姿である。髪も後ろで一つに束ねている。
船に乗り込むと、男達が沖へと船を押し出した。沖へと船を漕ぎながら、網を少しずつ海へと落としていく。
それと同時に、リーズは探査スキルを使った。青い点が無数に点滅している。その合間に赤い点も見える。赤は魔物だ。
「結構魚がいますね。期待できそうです。」
「海鳥も集まっているからな。魔物はどうだ?」
ヤシオの指さす方を見ると、海鳥が急降下を繰り返している場所があった。リーズも父親から「海鳥の動きをよく見ろ」と言われたことを思い出す。魚がいると海鳥が獲物を探しにやってくるのだ。
リーズがさらに沖の方へ視線をやると、青よりも赤の点が多くなっていく。ある場所を境に、赤の点が少なくなっている。人魚の涙のせいなのか、それともこの辺は水深が浅いせいで近寄ってこられないのか。どちらにしても沖に行きすぎなければ大丈夫なようだ。
「沖の方は魔物だらけですね。海鳥のいる方へ旋回して、海岸へと戻りましょう。」
「よしきた!」
ヤシオが張り切って舳先を海鳥の方へ向け、漕ぎ出した。リーズは網を少しずつ海へと投げ入れている。
「私の出番はなさそうですわね。」
一人だけ仕事のないアイネがつぶやく。確かに魔物が出てきた時の討伐要員ではあるのだが、海に慣れていない者の手助けはかえって危険なこともある。
「いいじゃないですか。魔物が出たらお願いします。」
「出ないでほしいけどな。」
ヤシオがぼそっとつぶやいた。
海岸へと旋回した後、海の中で待っていた男に、リーズは網の端を投げた。男はそれを持って海岸へとざぶざぶと海水をかき分けて走っていく。とりあえずリーズ達の仕事は終わりなのだが、万が一に備えて、船を脇に寄せて待機する。特に魔物の様子に変化はないようだ。
「引くぞ!」
掛け声とともに、海岸へと網が引き寄せられていく。海鳥がそれに誘われるように海岸へと近づき、鳴き声もやかましいほどだ。
「へえ、あの姉ちゃん、力持ちだな。」
ヤシオが感心したようにつぶやく視線の先を見ると、ペルーシャが漁師に混じって網を引っ張っているのが見えた。ぐいぐいと引っ張るその姿に周りの漁師が驚いている。見ているだけでは退屈だったのだろう。
「ええ、女性一人くらいなら持ち上げて運べてしまいますからね。」
飲みに行っては面倒をかけているリーズとしては、あまり思い出したくないことである。
「すごいなそりゃ。スキル持ちなのか?」
言われてみれば、ペルーシャのスキルについて聞いたことはない。『剛腕』など、力の上がるスキルはあるが、力仕事を一定量するなど、薬を作っているペルーシャとはかけ離れた訓練が必要になる。それよりは。
「自分を実験台にして、色々な薬を試した結果ああなったとか……。」
「ありえそうですわね。詮索はやめましょう。」
アイネがぶるりと身を震わせた。
聞いたら最後、とてもいい笑顔で薬を勧められる未来しか思い浮かばない。疑問は海の彼方に放り出して忘れることにした。
網が砂浜に上がると、ぴちぴちと跳ねる魚が見える。漁師達の嬉しそうな顔を見るに、大漁だったようだ。その中、何人かの漁師とペルーシャはナイフを取り出すと魚たちに向けて刃物を振り下ろし始めた。
「魔物がいたみたいですね。」
「あのくらいの魔物なら、前からいるよ。前は魚と一緒に魔石も売れたんだがなあ。クーランの事件の後は、やたら強い魔物が出るようになったから、船は出せなかったな。船底をかじられちまうんだ。」
「そうなんですよね。転覆させられることもありました。」
リーズの村でも同じようなことが起こっていた。リーズの村は周りが深い海だったから、大きな魔物も増えた。海岸に近づくなと言われたほどだ。今日の様子だとそんな魔物は出なかった。
「魔物が減っているんでしょうか。」
「事件の頃は、魔物も様子がおかしかった。猪も怒ると突進するだろう?あんな感じじゃないか。」
魔物と獣を一緒にしていいものか分からないが、そういうこともあるのかもしれない。砂浜では手袋をした漁師がぽいぽいと何かを海に投げ捨てている。
「海藻か何かですかね?」
「いや、毒のある魚がいたんだろう。食えないし、砂浜にあっても危ないからな。海に帰すことにしてるんだ。」
ペルーシャがそれに気づいたのか、手袋をした漁師に何やら話をしている。しぶしぶという感じでいくつか砂浜に投げられたものを見て、ペルーシャは嬉しそうだ。後で持って帰るつもりなのだろう。
リーズ達が砂浜に戻るころには、魚が箱に詰められた状態になっていた。それから魔石が小さな山を作っている。これは査定が必要だ。明日のリーズの仕事は魔石の鑑定になりそうだ。ペルーシャは箱をもらって毒のある魚を入れ、大事そうに抱えている。漁師達は固唾をのんで、調査の結果の報告を待っている。リーズはコホンと空咳をした。
「皆さん、お疲れさまでした。今日のような漁でしたら、冒険者が一人つけばできそうです。ギルドに掛け合って、探査のできる冒険者を常駐できるようにしたいと思います。とりあえず、次の漁は保冷箱が手に入ったらやりましょう。今日の魚は報酬として、各自持って帰ってください。」
おおおおっと、漁師達から雄たけびがあがる。抱き合っている者までいた。よっぽど嬉しかったらしい。
「冒険者が来るまでは、お前さんが船に乗ってくれるかい?」
ヤシオが期待をこめた目でリーズを見る。
「本部から帰れ、と言われるまでは、手伝いますよ。保冷箱に入れてどの程度魚が持つのか調べないといけないですし。」
まずは、カーセルまで運ぶのが目標だ。人が多い場所であれば、需要があるはずだ。




