(6)冒険者になれるのは13歳からです。
イルが帰った後は依頼を見にくる人も途絶え、リーズとアンドルーはギルド内の掃除に励んでいた。
買取窓口に持ってくるものによっては、かなり汚れることがある。少し前にククロックという鳥の魔物を持ってきた人がいて、小さな羽根が床に散っている。きちんと解体してから持ってくるようにと怒られていた。解体が苦手な人は解体屋に持っていけば代わりに捌いてくれるのだが、手数料を取られる。それを惜しんだのだろうが、これでは買取料金が下がるだけである。
さすがにこの羽根は買取できるようなものではないので、片付けるしかない。リーズが羽根を拾い、アンドルーがぶつぶつ言いながら床をふいていく。
「あの鳥、ちゃんと解体処理すりゃ値段も味もいいのに…。あれじゃ台無しだよ。」
床拭きが面倒なのかと思ったら、解体の仕方に怒っていた。
「アンドルーは解体できるの?」
「食べ物を扱う店だからな。一通りは小さい頃からやらされてるよ。リーズは?」
「村の猟師さんが教えてくれたから、大体はできるかな…。」
熊のような大きな獲物は獲ったことがないのでやったことがないが。
ふっと村のことを思い出す。みんな元気にやってるだろうか。一度村長さんあてに手紙でもだしてみようか…。
ドアが開く。そちらを見ると、少女が一人入ってくるのが見えた。リーズは思わず瞬きをした。幼いころの自分が見えたのかと思ったのだ。
「あ、あの。冒険者っていくつからなれますか?」
『あの。13歳になってます。冒険者になりたいです!』
年は12、3歳くらいだろうか。よく見ればリーズの黒い髪とは違って青い髪を肩先で切り揃えている。服も王都でよく見かけるチュニックにスカートだが、つぎをあてたりしているところを見ると、あまり裕福な家の子ではないようだ。なんだかおどおどと両手を体の前で握りしめている。アンドルーが目線で行け、と合図を送ってくる。
拾っていた羽根を廃棄用の袋につめると、リーズは少女のところに向かった。少女はおどおどとした視線をリーズに向ける。
「13歳からですけど…冒険者になりたいの?」
「仕事が欲しいんです。私でもできますか?」
必死な眼差しで見る少女はリーズの幼い頃と同じだった。
王都で就職できるのは、15歳からである。13歳になると見習いとして自分の希望する職場に入ることはできるが、収入はない。とはいえ、家族をなくしたり、金銭的に困っている家の子どもは15歳まで待っていられない。孤児であれば孤児院もあるが、そこに行って生活するよりは自分で稼ぎたいと思う子も多いし、親がいるなら入れない。そういう子どもたちにとって、希望の道になるのが冒険者だったりする。
「とりあえず、話を聞くからこっちに来てね。冒険者になるのには登録しないといけないし。」
リーズの言葉に少女はこくんとうなずいた。
依頼受付はアンドルーに任せて、奥にある部屋に先に通す。
冒険者登録の手続きは初めてだ。棚にまとめて入っている登録用の道具を確認する。登録マニュアル、書類、ペン、インク、スキル確認用の鉱石版、魔力測定用の魔石、登録用鉱石…全部揃っているようだ。
ついでに水を用意して部屋に入ると、少女は座ったままじっと手を握ったり開いたりしていた。水のコップを少女の前に置く。
「はい、これどうぞ。」
少女はコップを両手で取ると水を飲んではあっと息をはく。緊張していたのだろう。無理もない。
「まず名前を教えてくれる?私はリーズ。よろしくね。」
「アリサです…。」
「アリサちゃんね。アリサちゃんはどうして冒険者になろうと思ったの?」
アリサはつっかえつっかえ話しはじめた。
アリサの家は父親と二人暮らしだった。二年前に他界した母親は、服を作る仕事をしていて腕もよかったようだ。アリサにも良く服を作ってくれていて、今日来ているのはお気に入りらしい。
父親は布を扱う商店で働いている。働き者で店主にも認められており、二人で食べて行くには困っていなかった。今までは。
一か月前、父親は隣街へと馬車で仕入れに行き、その帰り道、盗賊に襲われた。命は助かったものの商品は持ち去られ、本人も怪我をして帰ってきた。そんなに遠くないからと護衛をつけなかったのがいけなかった、怪我が治ったらまた働いて欲しいと店主直々に謝りにきてくれたのだが、元々そんなに大きな店ではないのでやりくりに困ってしまったらしい。それを知っている父親も無理は言えず、怪我が治るまでの収入が途絶えてしまった。
蓄えは少しはあるけれども、いつまでもつか分からない。冒険者なら13歳からなれるらしい、と聞いたアリサは、いてもたってもいられずここに来た…ということだった。
「お父さんに話はしたの?」
「…反対されました。私は街からほとんど出たことがないから。でも、家を出てでも冒険者になるって言ったら、しぶしぶ認めてくれました。」
家を出てしまったら冒険者になる意味がよく分からなくなるんじゃないか、と思いながら親のところにチェックを入れる。
親がいない子もいるので、許可がなくても冒険者にはなれるのだが、トラブルになりやすいのも事実である。
親と喧嘩して家出の勢いでギルドの扉を叩くなんてことはよくあることである。そういう場合は1週間くらい考えてから来るようにと追い出すことになっているが。
アリサの話を書類の志望動機にまとめて書きながらリーズは尋ねる。
「お父さんの怪我はどのくらいで治りそうなの?」
アリサは首をかしげる。
「あまり高いポーションを買えなかったから…1ヶ月くらいってお医者さんが言ってた。今もまだ起き上がるのがやっとなんです。」
ポーションはちょっとした怪我や病気なら治すことができる。ただ、骨折などのひどい怪我や重い病気の時は上級ポーションでないと全快しない。そして上級ポーションは庶民の買える金額ではない。おそらくアリサの父親の怪我はかなり酷かったのだろう。中級ポーションなら少しは安いが、それでも蓄えが吹っ飛ぶぐらいの金額はする。命の値段だと言われれば仕方ないが。ポーションをさらに買うお金のあてもなく、冒険者ギルドに来たのだろう。手っ取り早く稼ぐ方法も女の子ならあるが、そちらを思いつく前にこちらに来てくれてよかったと思う。
リーズの脳裏にはずっと自分の幼い頃の姿があった。
父親を亡くした後、リーズを育ててくれたのは村の人々だった。庇護するのではなく、ひとりで生きていけるようにと、生きる方法を教えてくれた。
猟師のおじさんは、獲物の狩り方、解体の仕方を。
薬屋のおばあちゃんは、薬草の見分け方を。
酒場のおばさんは、料理の仕方を。
村長さんは文字の読み書きを。
おかげで13歳になる頃には、だいたいのことができるようになっていた。
村に冒険者ギルドを作るために王都に行く!と言った時は反対されたが、最後は笑って許してくれた。
王都まで村長さんが頼んでくれた行商人の人と一緒に旅をして、王都についてすぐに冒険者ギルドに向かった。
「13歳になってます! 冒険者になりたいです!」
と言った自分を周りの冒険者達は笑ったが、ギルドの人は笑わずに登録をしてくれた。
あの時登録してくれた人は誰だったのだろう。記憶が薄れてしまって思い出せない。
でも、自分がしてもらったことを、今度はこの子に返したい。リーズは強くそう思った。
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