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(57)  告白

 空は少しずつ明るくなってきている。その光に薄ぼんやりと見える領主の顔は酷く疲れて見えた。考えて見れば、イルと年齢もそれほど変わらない。領主としては若い。町を守り、屋敷の不可解な出来事と向き合う毎日は、胃が痛くなるほど大変だったろう。


 そこにこの火事だ。話すことで今までの重圧から解放されたくなったのかも知れない。それには通りすがりの自分が適任なのだろう。そう思ってイルは懐から小さな瓶を取り出す。


「これをどうぞ。温まりますよ。」


 瓶の中身は少し強めの蒸留酒だ。自分でも一口飲んでみせると、領主に渡す。一口試しに飲んだ領主が軽くむせた。


「これはなかなか強いな。しかし、確かに温まる。」


「少しずつお飲み下さい。」


「ああ。そういえば、シプラン村の話を聞いたのも、酒を初めて飲んだ日だったな。」


 小瓶を手でゆっくり動かしながら領主は話をはじめた。


「私の父親は生まれつき病弱でね。自分が長くないと分かっていたからか、私が成人した時に領主になるよう言われた。そして、この腕輪を渡されたんだ。」


 領主が腕をあげると、腕輪が見えた。シンプルな銀の台座に白い玉が一つだけついている。先程から少し何かが吸い取られるように感じていたが、これが腕輪の力だったのか。魔力を吸い取ると聞いていたが、本当のようた。


「魔物を遠ざける腕輪だとか。」


「ああ。この町を作った初代の持ち物だ。初代はこれを持ちながら水魔法が使えたらしい。私は水魔法どころか魔力すらないが。それを渡された時に、シプラン村のことを聞いた。私達の先祖はその村にいて、追われてこの地に来たのだと。そして時折、災いが起こると。『シプラン村から目を離すな。そしてこの腕輪を手放すな。火には気をつけろ。』これが私の代までずっと続いている家訓でね。」


 領主はちらりと焼けてしまった家を見やる。まさか自分の代でその災いが降ってくるとは思っていなかったのだろう。


「魔物が増えたあたりから、シプラン村は少しずつ人が減っていた。それを知った父が、シプラン村をいっそのことなくしてはと考えたんだが。」


「村をなくす……。」


 それは随分と思い切ったことを考えたものだ。


「村をなくしたら、災いがなくなるんじゃないかと考えたんだな。多分まだ若かった私を慮ったんだろうね。最初はこちらに引っ越さないかと村人の引き抜きをしたらしいんだがね。それはうまくいかなかった。」


「それでシプラン村から出稼ぎを?」


「ああ。出稼ぎを考えたのは私でね。こちらの方が住みやすいと分かれば、村を捨てるだろうと思ってね。女性が動けば漁にでられない男達はついてくるしかない。冒険者ギルドがあの村に支部を作ると聞いた時は、失敗したなと思ったが。」


 領主はその時のことを思い出したのか、苦く笑う。


「ギルドをこちらに誘致すれば良かったのでは?」


「実は一度断ってしまっていてね。腕輪があるから魔物の恐れはあまりない。それから、多少……後ろめたかったのだろうな。」


 ふうっと息を吐いた領主がイルを見る。


「今回のことがシプラン村にしたことの報復なら、私の屋敷だけではなく、町もなくなるかもしれない。そうはならないようにしたいのだよ。だから、シプラン村のことを調べて来てくれないか。」

 

領主の話はこちらがメインだったようだ。ただ……とイルは気を引き締める。ただの商人に頼むことではない。


「なぜ、私に?」


「君は商人でもあるが、冒険者ギルドとも繋がりがあるのだろう?」

 

 なぜ分かったのか。内心の焦りを顔に出さないようにして、イルはとぼける。


「確かに冒険者ギルドを通しての商品も引き受けておりますが。」


「うちの商業ギルドの職員は優秀でね。ギルド本部で君のことをちょっと聞いたら、慌てて冒険者ギルドに駆け込んだ職員がいたそうだよ。」


「……商業ギルド本部の職員が無能すぎますね。」


 思わず呆れた声でイルがつぶやくと、領主はにやっと笑った。いつもの調子を取り戻しつつあるらしい。


「なに。保冷庫の進呈をほのめかしてみただけだよ。なんなら冒険者ギルドにも進呈しよう。素材の保管に使えるのではないかと問い合わせが来ていてね。」


 若くして領主になっただけのことはあるようだ。人の動かし方を心得ている。

 イルは負けを認めて手を上げた。


「仕方ないですね。シプラン村に行ってみましょう。私の保冷庫も早目にいただきたいものですね。」


「なに、渡そうと思えばすぐに渡せたんだよ。時間が欲しかっただけさ。」


 どこまでも踊らされていたようだ。内偵の仕事も潮時なのかもしれないとイルは思った。

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