(54)忘れていたこと
諸事情により、しばらく更新出来ませんでした。
また少しずつ更新していきます
それはずっと力を押さえつけられていた。元々小さな箱から生まれたのだが、その箱から出られなくなってしまった。出ようともがけばもがくほど、力を奪われることに気づいてからは、じっと機会をうかがっていた。
「いなくなればいい」
その一言が、それが自分を認識するきっかけだった。だからその言葉の通りにすることが、それの生きている目的だった。生まれたばかりの頃、その願いのままに力を振るった時の快感はまだ覚えている。だから今でも相手の気配を探し出しては、時折少しだけ力を放出し、その相手が狼狽えるのを感じては喜んでいた。
でもそれが精一杯。そのまま朽ち果てるのを待つだけか。そう思っていた時だった。
感じていた重さがふっと減った。体を覆っていた箱もなくなっている。球体だった自分の体を変えようと念じると、小さな四肢が生えた。今の力では、まだこれが限界だ。小さな鼠の姿になったそれは、岩の窪みに入り込む。
それはゆっくりと、力を蓄えはじめた。相手の気配を探して試しに今までよりも大きな力を放出してみる。大きな炎が生まれた。それをあちこちに飛ばせば今までよりも相手の動揺が伝わってきて、それは密かにほくそ笑んだ。
これなら、あの願いを終わりにすることができる。
私はその願いを叶えるために存在しているのだから。
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『人魚の涙』を持ち帰ってから数日がたった。リーズ達は村の冒険者ギルドで額をつきあわせていた。真ん中にあるのは、『人魚の涙』だ。かなり古いはずなのだが、白い玉はほんのりと光沢を帯びている。
「魔力を抑える力があるみたいだね、これは。」
箱ごと『人魚の涙』をもって観察しているペルーシャの言葉にアイネが頷く。
「ええ。私の魔法もこれが近くにあると威力が減ります。ひょっとすると魔力を吸い取っているのかもしれませんわね。」
そういうアイネの顔色はなんとなく悪い。リーズも『人魚の涙』が近くにあると、少し力が抜ける感覚がある。元々入っていた箱を閉じてもそれは変わらなかった。
アイネが持ってきたエマリアの花も白いままで、周りの魔力がほとんどなくなっていることを示している。
「箱はただの入れ物みたいだね。ボクは影響がないみたいだから、これは預かっておくよ。二人は少し離れた方がいい。」
人気のない場所に置かれていたのも、理由があったのかもしれない。アイネとリーズはペルーシャの提案をありがたく受け入れることにした。
ペルーシャが自分の部屋へ箱を持っていくと、感じていただるさが解消されていく。リーズとアイネはふうっと息をついた。
「かなりの力がありますね。あれは。」
「あれがあれば、クーラン王国へ入れるかもしれませんわね。作り方が分かればいいのですが。」
少し悔しげにアイネが呟く。
「元々人が作ったものではないので、難しいと思いますよ。それに、あれがあるとアイネは具合が悪くなってしまうのだから、無理じゃないですか。」
「そうですわね。」
恨めし気にペルーシャの部屋の方を見るアイネを見ながらリーズは温かいお茶を入れる。夏だというのに魔力を吸い取られるとひどく寒くなるのだ。アイネも寒いのか、腕を無意識にさすっている。温かいお茶で身体があたたまる頃、ペルーシャも戻ってきた。温かいお茶を見て眉をひそめると、自分は冷たい飲み物を持ってきた。
「ペルーシャのように魔力がない人にお願いして、クーラン王国の入口で試してもらいましょう。できれば同じものが作れたらいいのですが。」
魔力を吸いすぎて壊れることもあるかもしれない。ペルーシャは大きく頷く。
「すこし削って成分を調べてみたいね。薬のように調合できれば作れるかもしれない。ただ、硬いんだよねえ。ここじゃ機材が足りないよ。」
「それなら一度サイラスに戻ることも考えた方がよさそうですわね。薬草の調査もあらかた終わったのでしょう?」
元々『人魚の涙』が目的ではない。だからこの数日は村の周辺の調査を行っていた。アイネはあまり薬草に詳しくないため、宿に残っていたが。ペルーシャが首をすくめる。
「まあね。あまり珍しい薬草はなかったけれど、海沿いでしか取れない薬草が定期的に手に入るのはありがたい。できれば誰か常駐して薬草を送ってもらいたいね。……ところでリーズは何を考え込んでいるんだい?」
会話にも入らず何かを考えていたリーズははっとしたようにペルーシャを見た。
「いやね、何か大事なことを忘れている気がするんですよね。なんであんなところにリンドは『人魚の涙』をおいて行ったのか、妙に引っかかって。」
「埋めたままお亡くなりになった、とは考えられませんか?」
アイネの問いにリーズは首を振る。
「それなら別に埋める必要はないような気がするんですよ。わざわざ埋めて見つからないようにするなんて、まるで奪われるのを恐れてるみたいに……。」
奪われる、の自分の一言にリーズはがたりと椅子を倒して立ち上がる。そもそもなんで人魚の涙がリンドの手に渡ったのか。
「……魔物だ。魔物を防いでたんだ。」
リーズの一言に、アイネとペルーシャは顔を見合わせる。
「確かに魔物を防ぐ力はあるようですけれど……。」
「違います!人魚を襲った魔物が、まだあの洞窟の奥に!」
その時、雷が落ちるような地響きがした。3人が慌てて外に出ると、他の村人たちも外に出ているのが見えた。そして彼らが見ている先には、赤々と燃えるような色が見えた。
「洞窟の方だ!」
リーズが走りだすと、アイネもそれに続く。ペルーシャも何歩か駆け出したが、不意に止まって宿の方へと身体を向ける。
「後から行くから!」
それに返事をせず、リーズは洞窟の方へと全速力で走っていった。




