(52)カーセルの領主
アマンダの甥っ子は名前をミルドと言った。護衛の仕事を終え、帰りの時間までは訓練をする予定だったのが連れてこられたらしい。
「お仕事中に呼ぶ形になってしまい、申し訳ない。」
「いえ、おばさんはいつも突然なんです。店の手伝いが足りないとかすぐ呼ぶんだから。」
口をとがらすミルドに、アマンダは肩をすくめる。
「その代わり、吟遊詩人になりたいって言っても反対しないでやったじゃないか。誰のおかげで楽器を買えたんだい?」
アマンダの言葉にミルドは頭をわしゃわしゃと両手でかき乱す。アマンダには逆らえないようだ。普段から仲の良い親戚なのだろう。
「ああ、もう!わかったよ。それよりなんで僕はここに呼ばれたの?」
イルがこの町の昔話を知りたいと話すと、ミルドは目を輝かせる。
「うん。いくつか知ってて、曲もつけてあるんだ。聞いてくれる?」
「アンタは少し丁寧にしゃべれないのかい?」
アマンダがため息交じりにそういうが、ミルドはどこ吹く風だ。
吟遊詩人としてやっていくためには、まず聞いた話に自分で曲をつけることが必要なのだが、聞いてもらえないとその良しあしがわからないらしい。
「楽器はないけど勘弁してね。では、この町を作った一人の男のお話を。」
ミルドは息を吸い込むと歌い始める。それほど低くないが艶のある歌声が町に流れていく。思わず足を止め、聞き入る者もいる。
かつてこの町は荒地だった。そこに一人の男が現れた。
彼は光り輝く腕輪を持ち、魔物は彼の周りに近寄ることができなかった。
彼は家を作り、この場所を開拓し始めた。やがて噂を聞きつけた人々がここに移り住むようになった。
ところが、そこにこの辺の土地を治める貴族が軍を率いて現れた。彼は川ができるほどの水魔法で、軍を海まで押し流した。貴族は震えあがったが、彼はこの近辺の土地を要求しただけで、他には何もしなかった。貴族はこの町の領主に彼を任命すると、自分の城へと帰っていった。
彼の名前はカーセル。この町の初代領主である。
ミルドが歌い終わると、周りから拍手が起こった。チップの代わりか、ミルドに硬貨を渡して立ち去る者もいる。拍手をもらってミルドは顔を紅潮させている。
「うまいじゃないですか。王都に行ってもきっと人気がでますよ。」
イルの言葉にミルドは照れる様子を見せた。少し頼りなげな甘いマスクは女性たちに受けるだろう。
「まだまだだよ。戦う場面をもっと迫力のでる感じにしたくって今考え中なんだけどね。」
「へえ。楽しみですね。ところでここの領主はかなり実力のある魔法使いだったんですねえ。軍隊を押し流しちゃうなんてよっぽどですよ。」
海まで流したというのはかなり誇張されているのだろうが、大勢を戦闘不能に持ち込んでしまうとは、ただ事ではない。冒険者ギルドとしても手に入れたくなる人材だ。
「うん。ただ水を使うせいか、炎が嫌いだったという話もあるんだよね。あとは、魚が食べられなかったとか。ただ、さすがに歌には入れられないけどね。」
吟遊詩人を目指しているというだけあって、色々な情報を仕入れているようだ。自警団に入っているのも、旅に出るための訓練なのかもしれない。
「それが貴族にばれていたら、この町はなかったかもしれませんねえ。いや、楽しかったです。他の歌もまた今度聞かせてくださいね。なんならお酒をおごりますよ。」
「ありがとう。今度王都のことも教えてね。ええっと。」
そういえばまだ名乗っていなかった。イルは右手を差し出す。
「イルです。こちらには時々寄りますので、アマンダさんに伝言を頼んでおきますね。」
ぎゅっと握られた手は、緊張のせいか少し汗ばんでいたが、力がこもっていた。
夕方、イルは屋台の準備をしながら考え込む。領主の目に留まるために、少し噂になるような商品を並べたい。とはいえ、商品を買ってくれる女性たちが好むのは、あまり高価でないものだ。客寄せとして、一つだけ出すことにして、イルは商品の入った鞄の中をみる。大きな蒼い宝石がふと目に入った。水の力を宿した魔石で、火事を防ぐと言われている。
「これにしましょうかね。」
イルはその宝石を取り出すと、普段は出さない透明なケースにその宝石を入れる。
案の定、その日はその宝石を見に来る客で賑わった。
火事を防ぐと言われて興味を持つ者は多かったが、金額を聞いて諦めて帰る客がほとんどだ。代わりに小さめの水の守護があるというネックレスがよく売れた。
そして粘ること一週間。イルの屋台に領主からの手紙を預かった男がやってきた。
「領主様はそちらの宝石が見たいので、屋敷に呼びたいと仰せです。明日の昼にでもいかがでしょうか。」
「喜んでお伺いさせていただきます。」
イルはうやうやしく礼を返しながら、隠した顔を綻ばせた。
明日が楽しみだ。
読んでくださりありがとうございます。
イル編があと1つ。それでまたリーズに戻ります。




