(43)ミルの訪問
「はああ、疲れた……。」
宿のカウンターにリーズは突っ伏していた。
あの後海岸沿いの岩場を歩いて洞窟を見に行ったが、満潮と重なり、洞窟はほぼ水没していた。あれでは陸の魔物は住めない。水鳥が旋回している様子はあったが、この辺は村が近いせいか、巣はないようだった。
「このままだと、薬草以外なにもない村になってしまう……。いいえ、リーズ、あきらめちゃダメよ。きっと何かいい方法があるはず。」
独り言でなんとか気持ちを奮い立たせると、リーズは通信用の魔法石を取り出す。練習はしたが、実際に使うのは初めてだ。
「ええっと、まずぎゅっと握って『サイラス冒険者ギルド シェリル様」
それだけ言って手を開くと、魔法石が赤く光る。言葉を記録出来るようになった合図だ。
「お疲れ様です。リーズです。昨日無事シプランに到着しました。宿屋が廃業していたのでその建物を借りてギルド窓口にさせてもらっています……。」
村の周りは草原ばかりで薬草以外とれそうにないこと、村の人達が近くの町に働きに出ていることを話す。ついでに釣りで魚が手に入ることも付け加えた。
「できれば薬草に詳しい冒険者の派遣をお願いします。魔物も見当たらないので、多少腕に自信がなくても大丈夫です。よろしくお願いします。」
言い終わると石をもう一度ぎゅっと握る。手を開けばほんのり魔石はほんのり青く光っていた。
リーズは窓を開けた。空は赤く染まっている。もうすぐ日暮れだ。腕を伸ばして青く光る魔法石を窓の外へ出すと、蝶をイメージする。魔法石は青い光の粒になったかと思うと蝶に姿を変え、ヒラヒラと飛んでいった。魔力がある人であれば鳥に変化させることもできるらしいが、リーズだと蝶が限界だった。
窓を閉めると宿の中を見回す。扉とカウンターがあるだけなので、どこかがらんとしている。
「壁に依頼を貼れるようなボードをつけようかな。それから薬とかが売れるように棚もつけて……。」
想像をふくらませるのは楽しいのだが、どうしても最大の問題が待ち構えている。冒険者に依頼する仕事が見当たらないのだ。
魔物の討伐があればよかったのだが、村の近くの草原には魔物がいそうにない。
海には魔物が多くいるが、海の魔物は群れて生息し、攻撃されようものなら集団で襲ってくる。何人かで討伐できるようなものではない。ちなみに群れではなく単独で生息する魔物もいるが、それは巨大化した危険な魔物である。船で近づくだけで船ごと葬り去られてしまう。トップレベルの冒険者でなければ、逃げるのも難しいだろう。
「地道に魚を釣って干物を作る?でもそれって冒険者の仕事じゃないような……。」
むしろ村の人達にやってもらいたいが、干物の作り方を教えたら、ギルドのやることはなくなってしまう。
依頼を増やす方法を思いあぐねていると、扉を叩く音がした。
「ミルだ。注文のものを届けに来たぞ。」
扉を開くと見上げるほどの大男が立っていた。白髪混じりというよりはほぼ白髪になりかけているが、腕の筋肉は太くたくましい。その腕で持ち上げているものは、書物机だ。今のリーズの部屋にはベッド以外何もない。せめて机は欲しいと頼んでおいたのだ。
「ありがとうございます。中にお願いできますか?」
扉をいっぱいに開けて横にどくと、ミルは机を持ったまま中に入る。先ほどは見えなかったが、そこに椅子も置いてあった。
「ひょっとしてこの椅子も?」
「机だけじゃ困るだろうが。それからこれはここに置くつもりなのか?」
「いえ、2階の部屋に置くつもりです。」
「それならそこまで持っていく。ぶつけて傷でもできたら大変だからな。椅子は持ってきてもらえるとありがたい。」
それだけ言うとミルは奥の階段へと歩き出す。慌ててリーズは椅子を持ち、ミルの後をついていった。
部屋に机を置くと、サイラスの宿屋の部屋に近い雰囲気になってきた。今は荷物が少ないが、何日かすればサイラスから荷物が届くはずだ。リーズはミルに頭を下げる。
「ありがとうございました。急ぎで仕事を頼んでしまってすみません。お忙しくはなかったですか?」
雨漏りしそうな場所を探しているのか天井あたりを見ていたミルは、リーズへと視線を向ける。
「いや、この村で今家具や家が必要な奴はいないから、仕事ができて助かった。他の部屋にもベッドを置くんだよな?少し材料を仕入れにいかないと作れんな。」
材料と言えば、木材か。
「どこから木材を?」
「ああ、自分で取りに行くんだ。最近行ってなかったから森の手入れもしなきゃならん。」
リーズは首を傾げる。草原ばかりだと村長は言っていたような。
「森があるんですか?」
「ある。ここからだと馬車で半日ほどだな。木を切って、手入れすると野営して帰ってこなきゃ無理だが。」
「魔物はいないんですか?」
リーズの問いにミルは腕を組む。
「そうだなあ。最近木を切りに行ったのがかれこれ1年前か?その時には出ては来なかったな。それほど大きな森じゃないから、獣も小さいのばっかりだ。なんだ、護衛にでも来てくれるのか?」
最後の言葉は冗談だったようで、ミルは言った後にハハハと笑う。リーズにとっては冗談ではなく渡に船だ。
「ええ、ぜひ一緒に行かせてください。依頼ではないので護衛料はいただきません。むしろ森の中を案内していただけると!」
リーズが思わずつめよると、ミルは慌てて半歩下がる。
「わ、わかった。野営に必要な物はあるから、自分の食料と寝袋なんかは用意してくれ。こっちは3人。男ばかりだ。明後日の朝には出ようと思っていたんだが、それでいいか?」
今のところ何の予定もないのでいつでも大歓迎だ。
「はい。ミルさんはお客さんに悪さをする方ではないと信じてますから。」
リーズはにっこりと笑った。
女性の冒険者なんて少ないから、周りが男ばかりというのもよくある話だ。危険な目にあいかけたこともあるが、対処するだけの道具もしっかり持っている。というか、冒険者ギルドでこっそり配布している。護身術は女性冒険者の必須研修なのだ。
読んでくださりありがとうございます。
2話ほど前に近くに森がある、というのを書いたのをうっかり忘れておりました。近いんですよ、ええ。田舎では。
次回も日曜更新になりそうです。
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