(41)干物作りは依頼ですか?
早朝、リーズは釣り竿を持って浜辺に立っていた。
昨晩、アマトリーの店には多くの村人が集まっていた。新しく村に来た人物に興味があったようだ。自己紹介がてら自分が漁師の娘であること、魚釣りがしたいことを話したら、お古で良ければ、と快く釣り竿を貸してもらえた。旅の疲れもなんのその。しっかり朝日が昇る前に目が覚め、今に至る。
まだ暗いため、うっすらとしか海の様子は見えないが、荒れてはいない。リーズはてきぱきと釣り竿の準備をし、海に向かってまずは餌を投げる。これで魚の群れをおびきよせるのだ。
「うふふ。お魚さん、いらっしゃい〜。」
リーズは糸を垂らしてしばらく待つ。釣りは待つのも大事である。父親と漁に行くときは探査スキルを使っていたが、今日はやめた。釣れるか釣れないか分からない、そわそわした気持ちを久しぶりに味わいたくなったのだ。
「お、朝から精が出るな。」
リーズに声をかけてくる男がいる。全身褐色に日焼けをした逞しい身体の男だ。髪は潮風にやられたのか色が褪せて灰色になっている。釣り竿を肩にかけているところを見ると、魚を釣りにきたようだ。
「おはようございます。仕事の前にどうしても釣りたくなりまして。」
「本当に好きなんだなあ。この辺は結構釣れる場所だよ。いい目をしてるぜ。」
「ありがとうございます……っと来たあ!」
釣り竿に何かがかかった感覚がある。タイミングを図ってぐいっと引くと、バシャンと海面を叩く魚が見えた。マクレットだ。
白々と夜が明けかける中、銀色の鱗がきらりと光る。やがてリーズの手元に引き寄せられた魚は魚籠の中に落とされた。
「今日は潮目がいいらしい。どんどん釣れるぞ。」
男も魚がかかったらしい。2人は次々とマクレットを釣り上げた。太陽が丸い姿を表す頃には、魚籠の中には10匹程のマクレットが入っていた。
「そんなにたくさん食べられるのかい?」
ひょいと魚籠の中をのぞきこんだ男が尋ねる。
リーズが住む予定の場所は以前宿だっただけあって、大きな台所もついていた。料理をする場所には困らないが、1人で食べる量としては確かに多い。
「うーん、半分はアマトリーさんに渡して、食べた残りは干物にしようかなと。」
干しておけば好きな時に食べられる。毎日釣れるとも限らないから保存食として取っておくほうがいいだろう。リーズの言葉を聞いて男は目を輝かせる。
「干物かあ、いいねえ。最近母ちゃんが作ってくれなくってな。良かったら俺のマクレットも干物にしちゃもらえないか?」
「え、ええ、いいですけど。宿のところにいますので、明日にでも取りにきてもらえれば。」
増えてもそれほど手間は変わらないし、村の人とも仲良くできる。男は魚籠に入っているマクレットを半分リーズに渡すと嬉しそうに戻っていった。
村長が案内に来る前に戻ろうとするリーズの前をがやがやと女達が話しながら通り過ぎていく。村の前には大きな馬車が2台止まっていた。その様子を見てリーズは首を傾げる。
王都の周りもそうだが、村や町の外には盗賊や魔物が出る。金目の物がなさそうだとは言え、女だけが乗っている馬車なんてものは、盗賊にとっては宝の山だ。毎日同じような時間に馬車で街道を走っていると知られれば、狙われてもおかしくない。
さりげなく女達の列の最後尾に混じり、馬車の方へと近づくと、馬に乗った男達が何人かいるのが見えた。その姿をみて思わずリーズの口が開く。
(なるほど。これは通いたくもなる……)
男達は綺麗な鎧を身につけ、整った顔立ちの者ばかりだった。お話に出てくる騎士のように。馬車に乗る時手を差し出され、ほんのり顔を赤くしながら彼女達は馬車に乗り込む。
「我々が今日もお守りいたします。」
最後尾のリーズの方へと視線を向けられそうになり、慌ててリーズは物陰に隠れる。
「なんだい、一緒に行かないのかい?」
突然後ろから声をかけられ、リーズは飛び上がる。
振り向くとアマトリーが腕組みをして立っていた。眉はひそめられ、馬車を睨んでいるようにも見える。
「私は仕事がありますから……気にはなりますけど。」
「そりゃね。腕に覚えがあるなら別に構わないさ。でもあんたらが村を出るのは兎が群れで猟師の前に出てくようなもんだよって言ってやったんだけど、誰も聞きゃしない。うかれちまってるのさ。」
アマトリーはため息をつく。
「でもこの村に金になるようなことがないのも、楽しいことがないのも確かだ。いい暮らしがしたいと思えば、町に行くのも仕方ないけどね。」
「アマトリーさんは町に行かないんですか?」
アマトリーはふんと鼻をならした。
「私は店があるからね。これから冒険者の連中が来て、ウチの店を利用してくれるんだろう?3食準備なんて嬉しくて涙がでるね。一人じゃ手が回りゃしない。」
これは本当に喜んでいるのか嫌味を言われているのか。とりあえずリーズは釣ってきた魚をアマトリーに差し出す。
「今日の食材に使って下さい。あ、半分は干物にするので全部じゃないですけど。」
アマトリーの目が見開かれる。
「あんた、干物作れるのかい?」
「え?はい。漁に出た時たくさん釣れると魚が傷むからからと父に教わって……。皆さんそうじゃないんですか?」
「王都の近くの港に直接持っていってたからね。海の道ならここから王都までは3日ぐらいさ。生の魚は貴重だからその方が高く売れたんだよ。」
リーズは王国の地図を頭に思い浮かべて納得した。この国は海岸線が大きく弧を描いている。湾曲した陸路よりも真っ直ぐいける海路はこの辺なら確かに早い。
「今はほとんどとれないから、干物にする手間をかけるより、さっさと食べてしまうのさ。でも売り物として売れば、買うやつはいるよ。」
「干物を作ってギルドで保存食として売り出すと……。」
釣りをして干物を作るのは冒険者の仕事として果たしてありなのか。多少悩んだがリーズはしばらく干物作りをすることを引き受けた。
何しろ引き受ければまた釣りができるのだから。
読んでくださりありがとうございます。
なぜか魚の話で1回分。そのつもりはなかったのにリーズが暴走しています。
次回も日曜日更新予定ですが、早まるかもしれません。そろそろ週2に戻したいと思っています。