(4)受付に入ります
読んでくださりありがとうございます。次は金曜日の更新です。
リーズが依頼課に配属されて1週間が経った。
紺のジャケットを着て青いタイをしているのが受付の印だ。リーダーだけはすぐにわかるよう赤のタイである。それ以外は私服で構わないので、服装はバラエティ豊かだ。女性が多く、見た感じ華やかである。リーズは白のブラウスに紺のパンツとかなり無難な服装をしている。お洒落に気を回せるだけの余裕がお財布にないのだから仕方ない。
受付担当は当番制で、2日に1度仕事が回ってくる。依頼の受注、依頼終了、採取品買取の3つの窓口にそれぞれ二人ずつ、計6人。
依頼受付は、新人の定位置だ。依頼終了も買取も鑑定スキルが必要なので、スキル習得までは許可がおりない。昨日までは先輩と二人組で対応していたが、今日からは同期のアンドルーと二人である。今までのようにはフォローがないのだ、と思うと不安になるが、アンドルーはそうでもないらしく、あくびばかりしている。
「アンドルー、なんだか余裕だね。」
「そんなことはないけど、おれの家、飯屋なんだよ。だから接客はそんなに苦手じゃない。昨日の夜も手伝わされてさ…。」
冒険者ギルドは朝4の鐘(午前8時)の鐘と同時に開く。その前に準備があるので、どうしても受付の仕事は朝早くなってしまう。
窓の外には冒険者が列を作って、鐘が鳴るのを今か今かと待っている。暖かくなってきたせいか、のんびり話しながら待っている人が増えたような気がする。あの8割は依頼受付にやってくる。受付がモタモタしようものならすぐに怒鳴られるのだ。初めて受付に立った時はそれは恐ろしかった。
依頼はギルドを入ったすぐ右の壁に貼ってある。リーズ達は期限が切れているもの、他のギルドで依頼終了しているものがないかを確認し、あればはずした。そして新しく依頼されたものを貼り出した。
あっという間に壁が依頼書でいっぱいになる。
「これが昼にはほとんどなくなるんだからなあ…。」
アンドルーの言葉にリーズもげんなりする。ちなみに王都には冒険者が約1万人いると言われている。毎日全員が来るわけはないのだが、それなりの人数をアンドルーと二人で対応しなければならないのだ。
(どうかトラブルが起こりませんように…!)
リーズの祈りも仕方のないことだった。
「そろそろ鐘がなるわよ。」
リーダーの声がかかった。リーダーの名前はシェリルさん。紅く濡れたような唇とネイルが印象的な美人だ。しかし、彼女を甘く見ると冒険者ギルドから追い出される羽目になるともっぱらの噂だ。リーズもアンドルーも背中を伸ばして臨戦態勢に入った。
鐘がなった。
途端に入ってくる冒険者達。ほとんどは依頼書の前に向かい、一つ一つ確認している。その中から自分ができそうな依頼を見つけると、依頼書を壁から剥がし、受付に並ぶ。簡単で実入りの良い仕事は取り合いになるが、依頼書を破損したり、ギルド内で喧嘩をしたりするとその日の依頼は受けられなくなるので、あちこちで話し合う人達が増えてきた。依頼の内容について質問がある人は、近くにいるアンドルーに尋ねている。
リーズ達は冒険者達が持ってきた依頼書と冒険者達のステータスを見比べ、条件に合っていたら細かい説明を行う。場合によっては別室で説明を行うこともある。
「おう姉ちゃん。これを頼む。」
依頼書と一緒にぬっと手が差し出される。がっしりした体格のおじさんだ。指にはめているリングネル鉱石をギルドの鉱石版と触れ合わせると、鉱石版が黄色に光る。黄色はGランクだ。依頼書の推奨ランクもGなので問題はなさそうだ。
「えーと。ラージマウスの退治ですね。日数は三日。こちらは倒した数で報酬が変わります。よろしいですか?」
このセリフが最近やっとつっかえずに言えるようになった。
「ああ。何度もやってるから大丈夫だ。」
「ありがとうございます。ではこちらを承認いたします。」
依頼書についているリングネル鉱石をはがし、鉱石版につけると吸収される。その後リーズの持っているギルド証を鉱石版と触れ合わせれば、依頼受付完了だ。依頼書は念の為サインをもらい、依頼完了棚に入れる。時々鉱石をはがして違う依頼と取り替えようとする人がいるので防止用だ。
気づけば列は長くなっている。
(大丈夫、一つ一つ。)
リーズは自分に言い聞かせながら、次の冒険者を呼んだ。ランクはC。商人の護衛だ。
「あ、これについては別室で説明しますね。」
依頼によっては大きな声で説明できないものもある。護衛関係は情報が漏れると盗賊に狙われてしまうので、特に注意が必要だ。
リーズが立ち上がると、アンドルーがすぐに座り次の冒険者の応対をはじめた。最初の頃は上手く交代出来ずに周りを見ろと怒鳴られていたのが嘘のようだ。
受付から少し離れたところに、いくつかの部屋がある。とはいえ扉はなく、中の様子はギルド職員からは良く見える。安全対策である。
部屋に冒険者を通すと、リーズは依頼についての話をはじめた。年は20代だろうか。少し落ち着いた感じのある、頼りがいのありそうな人だ。ルーワンと言うらしい。
「今回の依頼は、イルーシャ国境近くのアザリスまでの往復護衛になります。向こうまでついて半金、無事に帰ってきて全額の報酬が支払われます。パーティーは組んでらっしゃいますか?」
護衛の任務は複数人必要になる。今回は20名欲しいと言われているが、パーティーを組んでいる場合、メンバーを優先的に斡旋できる。ルーワンは首を縦にふる。
「ああ。俺を含めて六人だ。全員Cランク。」
「分かりました。ではこちらの板にもう一度触れてください。」
パーティーのメンバーの情報も確認する。
「今回20名の募集ということで、まだ人数が揃っていません。揃い次第ご連絡するという形でよろしいでしょうか。」
「ああ。それにしても20人とは多いな。」
普通の商人護衛であれば、3〜6人で事足りる。リーズは受付用の依頼書を確認した。
「何人かの商人で隊商を組んででかけるそうなので、それなりの人数になるようです。その間に準備をお願いします。アザリスに行かれたことはありますか?」
ルーワンはにこりと笑う。
「何度か護衛で行ったことがあるから大丈夫だ。俺の方でも知り合いに一緒に行けないか声をかけてみるよ。」
「ありがとうございます。ではこちらにサインをお願いします。」
別室での説明を終えたリーズが戻ると、受付がもめていた。冒険者の顔を見て、納得する。実入りの良い仕事ばかり独占している奴だ。どうやらレベルの低い冒険者達を使って依頼書をあつめ、その中から自分達に都合の良い仕事を選んでいるらしい、と注意されたばかりだった。
リーダーを呼ばなきゃと思ったら姿が見当たらない。それもあるのか、ニヤニヤしながらアンドルーにからんでいる。
「だからなんでこの依頼を受けられないんだよ!」
「この依頼はランクFです。ランクEになられた方にはできればご遠慮いただきたく…」
アンドルーが営業スマイルで丁寧に話しているが、内心は怒っているのだろう。口の端がヒクヒクしている。
ランクが上がった冒険者はなるべく自分と同じランクの依頼を受ける。これは全員にお願いしていることである。そうしないと新人冒険者には仕事が回ってこなくなるからだ。ただ、あくまでも「お願い」でしかない。
新人なのは冒険者にも知られているのだ。
「自分のランクより下の依頼を受けちゃいけないって決まりがあったか?」
「それはありませんが、ここしばらくランクFの仕事を立て続けに受けていますよね。この前いらした時に、次はランクEの仕事を受けると…。」
前にもアンドルーはあの冒険者の依頼を受けたことがあったようだ。その時は先輩がついていたから大人しく交渉したのだろう。他の受付の先輩達もちらちら見てはいるが、それぞれ仕事中だ。フォローーは期待できそうにない。
「そんなこと言った覚えはないなあ!」
大声で威嚇しながらアンドルーをにらむ。
「おう、兄ちゃん。そんな奴に時間かけないっでさっさと次の依頼受けてくれよ。」
後ろで並んでいる冒険者達も騒ぎ始める。おそらく仲間もいるのだろう。
「すまねえなあ。この前の依頼で武器を壊しちまってよ。なるべく早く金を手に入れたいんだ。」
にやりと笑いながら後ろの冒険者達に説明するように言う。
窓口をもう一つ開けよう。リーズが動こうとした時だった。
「ふーん。新しい武器が欲しいの?」
のんびりした声がかかる。
「ああ。でも金がかかるだろ?だからさ…」
そこまで話した男が硬直する。後ろにいるのは鍛冶屋の一人娘、マリンである。日に焼けた健康そうな顔は整っていてなかなかの美少女だが、腰にあてがわれた腕はがっしりと太い。父親に仕込まれた鍛治の腕は一流ともっぱらの噂だ。ただ、彼女に鍛冶を頼むには一つ条件があった。
「じゃあ、一緒に素材取りに行こう!いい素材がとれたら無料で打ったげる!ちょうど一緒に行く人を探しにきたんだよね〜ランクEならいけるいける!」
「い、いや、マリンさんに鍛治を頼むなんてまだ俺には」
「いいからいいから!あ、ギルドを通したほうがいいのかな?」
マリンの目がきょろきょろと辺りを見回す。ちょうどリーダーが戻って来たところだった。男はマリンに掴まれた手を振りほどこうとしているが、ガッチリ掴まれた手は取れそうにない。鍛冶屋の腕力は馬鹿に出来ないのだ。
「あ、ねえねえ!この人に素材採集依頼をお願いしたいんだけど!」
リーダーは周りの様子を見て何があったか察したようだった。
「指名依頼ですね。分かりましたわ。別室で詳細をつめましょう。こちらへどうぞ。」
「はーい。」
マリンは男の手から依頼書を取り上げると、受付においてウインクをする。男は抵抗するそぶりをみせていたが、そのまま引きずるようにしてリーダーの後について行った。その背中に同情と羨望の視線が注がれる。
「あいつ、しばらく帰ってこないな…。」
「ああ。でも俺が受けたかった。」
マリンの指名依頼は有名である。娘を溺愛している父親が、一人で素材を取りに行くのを禁止しているため、必ず護衛になる冒険者を雇うことになっている。一緒に鉱山に行き、自分が気に入った素材が出るまでひたすら掘るのだ。彼女だけではなく、一緒に行った冒険者も、である。指名依頼という契約を結ぶため、途中で逃げ帰ることはできない。逃げればその場で冒険者の資格を失うし、そもそももう武器を手に入れられなくなる。マリンに危害を加えても同様である。ただ、帰ってきた後に作ってくれる武器は一級品で、指名依頼を受けてでも欲しいと思う冒険者も多い。彼がこれからどうなるのか、気になるところだった。
「おい、早くしてくれよ!」
イライラした声が冒険者から飛んできてハッとする。
「お待たせしました!」
アンドルーの隣に立ち、もう一つ受付をあける。結局行列がなくなったのは、お昼を少し過ぎた頃だった。